第226話 トーナメント戦⑥
祐人の第8試合が10分とかからず終了し、観覧席から驚きの声が上がっている中、四天寺の重鎮たちが陣取っている席ではそれ以上の衝撃を受けたようにざわついていた。
その主催者席の中央では朱音が手放しで喜び、瑞穂の手を握っている。
「瑞穂見た!? 祐人君、やっぱり強いわ! 瑞穂のためよ! これは瑞穂のために戦っているのよ! キャー、素敵」
「ちょ、ちょっと! お母さん、騒がないでよ!」
「だって、あんなに真剣に戦ってくれているのよ? 瑞穂のために」
「わわわ、私たちは主催者なのよ、お母さん! 一部の人の勝利に喜んだら失礼よ!?」
「もう……本当は嬉しいくせに。瑞穂、祐人君が帰ってきたら話しかけにいきなさいね。友人なんだから、それぐらいはいいでしょう?」
「そ、それは……」
このような朱音と瑞穂の母娘のやりとりの横で、特に四天寺家の分家の当主である神前左馬之助と大峰早雲の顔には、一際の緩みはないどころか、緊張感すら感じられた。
「あれは一体……早雲。観覧している連中は騒いでいるが、これをどれぐらい理解しているのか」
「はい、左馬之助様。これは……あの少年はそもそもの強さの土俵が違います。まるであれでは……いえ、申し訳ありません……私もすぐには、なんと評して良いのか」
二人の間に重苦しいほどの沈黙が生まれた。
「闇夜之豹……死鳥とのことは聞いてはおったが……まさか」
ある一定レベルを超えた、また様々な戦闘において経験値の高い者には分かるのだ。
もちろん、結果をそのまま見ても祐人の戦闘能力は規格外であることは理解できる。
だが、二人が愕然としているのはそこではない。
祐人のこの勝利は、目に映っていたところではない別のところで示しているものが、二人の重鎮の言葉を失わせた。
それは、あの十代の若い少年が身をおいているレベルが、自分たちですら測れないことを知らしめられたのだ。
「明良!」
「はい、何でしょう? お爺様」
「お爺様はよせと言っているだろう。いや、そうではない、何故、これを言わなかったのだ!」
後ろに控えている明良に左馬之助の声が若干、荒ぶる。主語がないが誰のことを左馬之助が聞いているのか、明良は既に承知していた。
このような質問がくることをまるで先に知っていたかのように明良は動じることもなく笑みを浮かべながら答える。
「はい、今の祐人君の戦いを見ずに私から説明されて、左馬之助様はご納得していたでしょうか?」
「……」
明良の言葉に左馬之助も黙ってしまう。
そして、横にいる早雲も明良の言うことに内心、同意せざるをえなかった。
「堂杜君でしたか……。朱音様はこの少年の戦う姿は見ているのですか? 明良君」
「いえ、朱音様は見たことはないと思います。ですが、朱音様は祐人君のことを知るや、とてもご興味を持たれていたようでした。それは私も驚くほどに、です」
「……そうですか。まさか、それも精霊の巫女としての能力なのでしょうか?」
「いえ、私もそこまでは……」
早雲が考え込むような仕草を見せると、突然、朱音が陽気で大きな声を上げた。
「あらあら、いらっしゃい! 日紗枝さん」
「朱音様、お邪魔させていただきます」
「何を仰っているの! あなたも四天寺の人間なのですから、さあ、こちらへ」
「ありがとうございます」
朱音が笑顔で四天寺家の主催者席の裏から姿を現した日紗枝に手招きをする。瑞穂も日紗枝の登場に驚く。
日紗枝は朱音に頭を下げると父である早雲に顔を向けた。
「日紗枝、お前も来たのか。機関の仕事はいいのかい?」
「はい、お父様。それに機関にとって四天寺家の動向は重要ですし、私も気になるところもありますので……」
「そうか……」
「日紗枝さん、後ろにいる方は?」
日紗枝の後方に距離を置いて、ハンチング帽を深くかぶっている大柄の男性に気づいた朱音は、その男性をよく確認をするように見つめると両手を合わせる。
「まあ! 剣聖じゃありませんか!? そんなところに立っていないで、どうぞこちらにいらしてくださいな」
朱音の剣聖という言葉に他の重鎮たちが驚き、剣聖アルフレッドに視線を集中する。
それもそのはずで、このようなところで会えるような人物ではないのだ。
剣聖といえば四天寺家の当主である毅成と並び称される生ける伝説とまで言われている人物なのである。
「朱音様! こいつ……いえ、剣聖は毅成様にご挨拶をしたいと無理やり、ではなくて、こちらに顔をだしたいとのことでしたのでお連れしただけですので」
「まあまあ、でも、いいじゃありませんか。主人ももうすぐこちらに来ますわ。剣聖もこちらでお待ちになられては?」
朱音の提案に慌てる日紗枝。
「で、ですが……ここは四天寺家の主催者席ですので」
「巫女殿、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて私はこちらで待たせていただきます」
「アル!?」
アルフレッドがにこやかに返事をする横で日紗枝は目を三角にするが、朱音が席を用意させているのを見て大きくため息をつく。
「目立たたないように大人しくしてなさいよね。こんなところに剣聖がいるのがバレたら騒ぎになるわ」
「大丈夫だよ、日紗枝。変装してるから、バレはしないだろう」
「……。まあ、いいわ……私のいないところで、あちこち自由に動かれるよりはましね」
日紗枝とアルフレッドが朱音の用意した席に腰を下ろすと日紗枝は体を傾けて瑞穂の顔を覗き込む。
「瑞穂ちゃん、こんにちは。どう? 調子は」
「あ、日紗枝さん……はい」
「すこぶるいいわよねぇ! だって、祐人君が頑張ってるからね!」
「もう! お母さんは黙ってて! 鬱陶しいわよ!」
顔を真っ赤にする瑞穂だが、日紗枝は朱音からでた祐人という言葉に反応する。同時にアルフレッドも目を細めた。
「朱音様、堂杜君ですが、彼はどこです?」
大型モニターの方に目を移しながら日紗枝は、ここに訪れる理由になった少年について質問をする。
「ええ、もう祐人君の試合は終わったわ。もちろん、彼の勝利で」
「!? もうですか? それは……まだ、始まって15分も経っていないのでは」
「ふふふ、気になるわよね? もちろん、剣聖も……」
朱音は悪戯っぽく笑うと、明良に顔を向ける。
「明良さん、申し訳ないけど第8試合の映像をここへお願いできますか? ちょっともう一度、確認したいところがあります」
「はい、朱音様」
「ああ、左馬之助さん、早雲さんもこちらへどうぞ。お二方も気になってるのでしょう?」
「……」
「……」
明良がモニターを前面に用意し、あらためて祐人の戦いの映像をあらためて流した。
その映像を見るにつれ、日紗枝の表情は驚愕に変わっていく。
一度、見てはいるが、やはり、左馬之助、早雲の表情も硬いものになった。
「こ、これは……彼の話は聞いていましたが……」
日紗枝が唸ると、アルフレッドは鋭い眼光になり拳で口を隠した。
(これは……やはり彼は道士か。だが、この身のこなし方は……どこか違う。あの足の運びは剣士のような)
「すごいでしょう!? 祐人君は」
まるで我が子を自慢するように喜ぶ朱音。
「しかし、この堂杜君の最後のところ……相手を叩き伏せた技は一体……。まるで三体に体を分けて……分身というより、すべてが本体にしか見えません」
「ふむ……日紗枝にもそう見えるかい?」
「はい、お父様」
「それだけではないのだ。この少年は無数の罠の中を駆け抜けながら、この三体で近くにあるすべての罠を叩き落している。このわしも長らく生きているが、こんなものは初めて見るものだ」
「……」
「……」
日紗枝、早雲も押し黙る。
「おそらく、これは……思念体」
「え!?」
アルフレッドがポツリとつぶやくと、日紗枝や四天寺の重鎮たちは目を大きく広げる。
「馬鹿な! こんな思念体があるものか! 思念体を操る特殊な能力者の家系は日本と中国にはあるが、どちらも木々や草花、動物などから情報を得るようなものだったはずだ。それにだな、それがどんなに熟練の能力者でも……」
左馬之助が気色ばんでアルフレッドの考えを否定すると、これには早雲も同意した。
「はい……確かに思念体の巧者の中には、自分の“気配”のようなものをその場に残して、敵となる相手を
「そうですね……そのように思われても当然かもしれません。ですが、これは間違いなく思念体でしょう。それも……呆れるしかない、というほどの高レベルの思念体を操っているんです、この少年は」
「……。まるで、そういう思念体を扱うような能力者を知っているような言い方ですね、剣聖」
早雲がアルフレッドに細く長い目で視線を送ると、フッ……とアルフレッドは笑みを見せつつ早雲や左馬之助に顔を向けた。
「はい、実は見たことがあります。誰とは言えませんが……とんでもない実力者でした」
「ほう……剣聖をして、“とんでもない実力者”と言わせるほどの能力者がいるとは……」
「まったくですね、驚きです」
「いえ、世の中は広いですよ、お二方。ちなみにその人物ですが、手合わせも遠慮したい、と心から思いますね」
「何と!? 剣聖が、かね?」
「それで、この少年がそのとんでもない実力者と同等の思念体を操っていると?」
「そうです。ただ強さ、という意味ではどこまでかはこれだけでは何とも言えませんが……ただ、そうですね、この堂杜少年はその人物の思念体と遜色ないレベルのものを同時に二つ、操っているのは間違いがないでしょう」
「!?」
「……!」
日紗枝も含めた四天寺の実力者たちが剣聖アルフレッドの発言に言葉を失い、日紗枝は機関の幹部としての顔を見せながら祐人の試合映像に再び目を移す。
その4人の背後で朱音はにこやかにしており、また、この入家の大祭の当事者である瑞穂は目を瞑り、フー、とだけ息を吐いた。
その顔にはこう書いてある。
祐人のことで一々驚いていては、今後、付き合いきれないわよ? と。
そして、瑞穂が目を開けると同時に、複数の他会場にも動きが出たのだった。
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