第217話 入家の大祭 トーナメント前


 入家の大祭、2日目。

 早朝、日の出と同時に目を覚ました祐人は窓から朝焼けの中庭を覗いた。


「よし……とりあえず、見回りがてらに体を動かしに行こうか。今のところ、これっていう不審な人物はいないけど、注意はしておかないとね」


 祐人はさっと着替えて準備を整える。

 また、昨夜にニイナから今日、トーナメントが始まる前に状況整理の話し合いをしたいと言われていた。つまり、時間的には早朝しかないので、これから集まるのにちょうどいい場所も見ておくつもりだった。


(確かに今のところ……問題はないけど依頼でもあるし、万が一の場合もある)


 祐人の脳裏に朱音に教えられた四天寺に起きた過去の大祭での惨事がよぎる。もし、なにか良からぬことが起きるとなれば、その犠牲になるのは瑞穂の可能性もあるのだ。

 それに、四天寺家への襲撃を考える輩がいると仮定すれば、別に瑞穂だけがターゲットとは限らない。依頼主である瑞穂の母親の朱音や父親である毅成も標的になる可能性だってある。


(まあ……この四天寺家を相手にするとなれば、相当な実力……もしくは準備が必要ではあると思うけど。瑞穂さんの父親は確かランクSSだしね。そう考えれば……簡単にしっぽを掴ませる奴らじゃ、大した問題にはならない)


 祐人は靴の紐をきつく締め、表情も引き締める。


(だったら、なおさら気を抜いたら駄目だな。あとで後悔をするよりもずっといい。それに……)


「どいつもこいつも……参加者は四天寺の名前と権勢欲しさの奴らばかり」


 静かにそう吐き捨てる祐人は珍しくイラついたように眉間に皺を寄せる。

 祐人は参加者たちの発言や表情を思い出し……瑞穂はこんなのばかり見せられてきたのかもしれない、と想像し、さらに眉間の皺の深さが増した。

 瑞穂と初めて出会った新人試験の時……明良が言っていた。

 瑞穂は男嫌いの気がある、と。


(昔からこんな扱いを当たり前に受けていれば当然だよ……な)


 堂杜家の最大の問題児……いや、問題老人である祖父の纏蔵でさえ「男であれば自分自身の力で成り上がれ! すべては自分で勝ち取ることに意味があるのじゃ!」と言っていた。


「うちのあのジジ……爺ちゃんだって、他人の力や名前をあてにするな、と言ってたよな。ああ……今、初めて爺ちゃんの尊敬できる部分を見つけたよ」


 堂杜家最大のお荷物が言っているところが、頭が痛い。


(自分と結婚したいと集まってきた男たちは、自分を道具と考えるのみの男ばかり……。瑞穂さんはずっとこんな経験をさせられて……)


 祐人は拳を握り、瑞穂の姿を頭に浮かべる。

 不器用だが、まっすぐな正義感を持ち、口が悪い時もあるが、実は礼儀を重んじている。そして、誇り高く誰に対しても公平公正でフェアであろうとしている女の子だ。

 四天寺家の令嬢でなくとも、天才と謳われる精霊使いでなくとも……、


「瑞穂さんは魅力的な女の子……だよな」


 祐人はそうつぶやくと……決心をしたようにドアを開けた。


「あんな連中じゃあ、瑞穂さんには釣り合わないからね」


 ドアを閉め廊下に出てくると、もう一度つぶやく。


「朱音さんには申し訳ないけど、今回のこの大祭は僕が…………ぶっ潰すよ」


 祐人は見回りのために参加者たちが宿泊している屋敷を後にした。




「袴田君。袴田君……起きてる?」


 ニイナは四天寺本邸で一悟にあてがわれた部屋の前で声をかけた。

 しばらくすると、ふすまが開き、目をこすりながら寝ぐせをそのままに一悟が現れる。


「ああ……ニイナさん。何? こんな早くに」


「もう……昨日、朝に集まるって皆で言ってたでしょ。今日から大祭の本番といっていいんだから。堂杜さんとも連絡をとってどっかで現状を把握する予定だったでしょ」


「あ、そうだった! ごめん、ちょっと待って、すぐに着替えるわ」


「先に行ってるからね。準備ができたら玄関前に来て、みんな集まってるから」


 準備を終えた一悟が本邸の玄関前に来ると、茉莉やマリオン、静香も揃っていた。


「遅い、袴田君!」


「ごめんごめん、でも、ニイナさん、何で外に?」


「堂杜さんも交えて話をするとなると、どこかで落ち合うのがいいでしょう。参加者の堂杜さんをここには招けないでしょう?」


「ああ……なるほど。んじゃ、ちょっと祐人に連絡するか」


 合点がいった一悟は携帯を取り出すとすぐに祐人に連絡をとる。


「……あ、祐人か? うん、いや、今からちょっとみんなで現状を共有したいってなってな? うん、それでどこかで話せないか? うん、うん、お? 分かった。そこに行けばいいんだな? オケ、今から向かうわ」


「祐人さんはなんて言ってました?」


「ああ、参加者が泊っている、こっちの方に向かうと庭園があるらしくって、そこにある池の南側にベンチもあるから、そこで落ち合おうってさ」


 一悟がそう伝えると、皆、頷き、すぐに移動を開始した。




 祐人は先に見回りを終えて、一悟たちとの合流場所にいた。

 とにかく、得た情報はあまりないが、昨日までに分かったり感じたことは伝えておこうと思う。

 祐人はベンチに座り、以前にした祖父纏蔵との会話を思い出していた。


「まったく……結婚とか、そういう点に関しては堂杜家は苦労する分、伴侶を大事にしているよね」




 それは……祐人が茉莉に振られて落ち込んでたところに、孫韋といつもの酒盛りをして酔っぱらった纏蔵が絡んできたときのことだ。


「なんじゃ……お前、茉莉ちゃんに振られたのか? 情けないのう! お前はな気合が足らんのじゃ、気合が! そんなことでは嫁も見つけられんぞ! ヒック……」


「そうじゃの、そうじゃの、お主は何でも綺麗にやろうとしすぎだの」


「ううう……余計なお世話だよ! もう放っておいてよ!」


「これじゃよ……この程度で情けない。今から言っておくがの、祐人。堂杜家に嫁にくる娘なぞ、中々おらんからな」


「……え? なにそれ……」


「ヒック……当り前じゃろう、考えてもみろ、こんな面倒くさい家、どんな娘も嫌がるわい。しかも、裕福でもないし、苦労しかせんわ! ひゃはは」


「ひゃははは! まったくだの!」


「あんたが言うか!」


「あのなぁ、祐人。それでもな、堂杜の人間は常に自分の嫁や旦那は自分で見つけてきたんじゃ。遼一も魔界で出会ったお前の母親を命懸けで落としてきたんじゃぞ。だから、お前も命懸けで探してくるんじゃ! ちょっと振られたくらいで落ち込んでいる場合じゃないぞ! ヒック」


「ううう……うん? 命懸け? 父さんが? 何それ」


「ヒック……何じゃ、聞いてなかったのか? 遼一はな、若い頃にな、魔界の隅に引っ込んでた強大な力を持つ魔女に出会っての」


「おーおー、あれだけの力を持った魔女は初めて見たの。恐ろしいおなごだったの。……ありゃ? これ、内緒にしておけと、きつく言われてなかったかの? その魔女に」


「なんと……その後にその魔女に惚れてしまったのじゃよ。それで遼一は猛アタックしたんじゃ」


 本当に初めて聞いた両親の馴れ初めに、祐人は一瞬、自分が傷心中であることを忘れてしまう。


「え、じゃあ、その魔女っていうのが、母さ……」


「ところがのう、その魔女がのう、難しい奴でのう。くだらない男と付き合う気はないと言いおっての。自分が欲しければ、戦って力づくで手に入れてみせろ、と言ったのじゃ」


「遼一より強い奴なぞ、初めて見たの! 遼一は儂から見ても堂杜史上、屈指の男なのにの」


「……!? 母さん、そんなに強かったの!? いや、ていうか、戦ったの!? 父さんと母さん」


「そうじゃ!」


「……じゃあ、それに父さんが勝ったんだ」


「ああ、そうじゃ。まあ、瀕死の重傷で一ヵ月、生死の境を彷徨ったがの……大変じゃったのじゃ、儂らも治療に駆りだされて……何度も遼一の息や脈が止まるわで」


「ええーーーー!! あの父さんが!?」


「そうだの、そうだの、危なく堂杜の直系が絶えるところだったの。あれ? あそこでその魔女がすごい顔をしてこちらに向かって来てるの、纏蔵?」



「まあ、あの時は……ヒック、さすがの儂らも本当に驚いたもんじゃ。堂杜初代の再来と言われたあの遼一がなぁ……用意していた捨て身の攻撃でなんとか魔女を屈服させたからいいものの……うん?」


 そう語っている纏蔵の肩に女性の手が乗った。


「あ、母さん」


 ハッと顔面を蒼白に変えた纏蔵。

 ちなみに孫韋は既に姿を消していた。


「なんのお話かしら……? お・と・う・さ・ま?」


「ヒッ! な、何でもないのじゃ! い、いや、そうじゃ! 祐人が振られたくらいでへこんでたのでな……元気を出せと言っておったのじゃ! な、祐人! な!」


 必死に言い訳をする年寄りが、祐人に「頼む、頷いてくれ!」と言わんがばかりの顔をしている。


「……そうだったのですね、分かりました。……ちょっと、お話がありますので、こちらに」


 と言うや、纏蔵の首根っこを掴む。


「ひー!」


「ああ、祐人? お爺ちゃんに何か聞いた?」


「ううん! 何にも!」


 首を激しく振る祐人。


「そう。じゃあ、そうねぇ、祐人にはまだまだ早いけど……。いつか、好きな人ができたとき、その人と脈があると自信があるのなら、たまには強引な方がいいのよ? お父さんのように……ね」


「……」


「でも、彼女なんて祐人にはまだ早いわ。祐人はまだあと20年はお母さんのものだから。絶対認めないから。誰にもあげないから。祐人をたぶらかすメスは私が、この時空から消し飛ばして……」


「ぐ、ぐるじい……首がぁ! 首がぁ!」


「ちょっと、母さん!! 途中から怖いから! それに20年後って僕は何歳だと思ってるの!? それと爺ちゃん死んじゃうーー!」




 祐人はその時のことを思い出し半目で池を見つめる。


「……まあ、堂杜家には結婚の縛りはないってことかな? 見つけるのが大変なだけで……この上なく大変なだけで」


 深く考えないようにしていたが、自分が結婚するのには相当、色々な障壁があるような気がしてきた。

 事情はよく知らないが、父の遼一は母親と一緒になるのに名実ともに命を懸けたようであるし。


「……」


 祐人に湧き上がった新たな将来の若干の不安がリアリティを伴い押し寄せてきた。


(僕って結婚できる……のか? 他人の心配をしている場合ではないのでは……)


「……あれ? もしかして……」


(瑞穂さんは家の掟とかは確かに大変そうだけど……今回の大祭を潰せば、もうさすがに同じ大祭は開催できないだろう。あとは瑞穂さんが納得した相手を選べるように、話を持っていけばいいし)


 なんといっても瑞穂の外見は良い。

 いや、というよりとてつもなく良いのだ。

 普通にしていれば瑞穂を見初める良い男など、能力者と限定したとしてもいくらでも出てくるのではないか?


「…………これは」


 瑞穂という友人の変則的とはいえ、ある意味『お見合い』ともいえる入家の大祭に関わって、祐人は自分の将来の結婚ということに向き合い……震えてきた。


(僕は……どうしたら……?)


 そこでハッとしたように大事なことを思い出した祐人。


「そうだ!! あるじゃないか! 『超ハイリスク、リターンは自分次第』の会合が!」


 それは…………合コン。


 そう……一悟が開いてくれる合コンだ。

 今、この合コンは祐人の人生において、とても重要なイベントのように感じられてくる。


(ここで……こんな家でもかまわないと言ってくれる女の子と出会えれば……!?)


 祐人は祈るように両手を握り合う。


「早くこの大祭を終えて……僕は……必ず合コンに……行く!!」


 カッと目を見開く祐人であった。



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