第204話 入家の大祭 始まる



「ほへー、こりゃあ……もうすげーなんて言葉じゃ表せねーな。どんだけ広いんだこの敷地は」


「本当だね……さすがに凄すぎるよ」


 四天寺家の実家を前に驚きを飛び越して呆れるような庶民代表格の一悟と静香がつぶやくと、明良が苦笑いする。


「では……皆さんは本邸に案内いたしますので、こちらに。祐人君は参加者ですから、こちらの者が案内しますので」


「あ、分かりました。じゃあ、みんな、あとでね」


 祐人は一度、四天寺家には足を踏み入れたことがあるので、いつも通りの声色で友人たちに声をかけた。


「堂杜さん、始まる前に必ず連絡をくださいね。それと動くときは、相談もしてください」


「分かってる、ニイナさん」


 祐人はそう答えると、四天寺の従者に連れられて大祭の参加者たちが集められる別宅の方に向かった。

 四天寺家の広大な敷地内には本邸の他に、別宅が数件存在する。大峰家や神崎家の人間たちが使う、大峰邸や神前邸とは別に相当数の客人を招いても問題のない屋敷が数邸あり、今回の入家の大祭の参加者は、従者も含めてそちらに案内をされている。

 今回の参加者は見届け人としての役割もあり、本人たちが望めば大祭での選定に漏れたとしても、最後までギャラリーとしてのみ、参加が許されていた。

 ただし、選定から漏れた人たちは、その時点で大祭の部外者でもあるので、四天寺家によって厳しく監視されるという旨が伝えられている。

 また、候補者は16名まで絞られたところで、さらにそのメンバーは別に用意されている本邸近くの屋敷に移される予定であった。

 遠ざかっていく祐人の後ろ姿を茉莉は心配そうに見つめた。


「祐人、一人で大丈夫かしら……?」


「祐人さんなら大丈夫ですよ、茉莉さん。祐人さんは……強いですから。それを私は間近で見てきました。それは、どんなことがあっても切り抜けていける……って信じられるほどのものです。だから、今回も私は心配していません、祐人さんがいる限り……きっと何とかなるって思いますから」


「マリオンさん……」


 茉莉は自分と同じく、小さくなってく祐人の姿を見つめているマリオンに目を移す。


「うん……私にも分かる。祐人は強いんだって……」


「……え?」


「何故? って言われると、説明が難しいんだけど……でも、分かるの。不思議と女学園に通ってから、自分でも不思議な……確信のようなものがあるから。変でしょ? 私はそこまで祐人の戦いを目の前では見ていないのに」


 マリオンは自嘲気味に笑う茉莉を見てしまう。確かに普通に聞いていれば、何を言っているのか? という話に聞こえる。

 だが……マリオンにはそうは聞こえなかった。

 茉莉は、祐人の存在を正しく理解していると思える。そう思える何かが茉莉の声の中にはあった。

 その威厳すらある声色は、まるで……他人事のようでそうではなく、第三者が俯瞰しているだけのようで当事者のような、茉莉という存在の境界が薄れていくように見える。


「……祐人のことは大丈夫だと思う。でも……それは祐人が祐人のことだけを考えていれば……なの。でも、祐人はきっと背負ってしまう。皆の心を汲み取ってしまうわ。その時……私たちは……」


「……茉莉さん?」


 マリオンは茉莉が……茉莉の存在が変わっていくように感じられて、眉を顰めた。


「今日のように祐人を一人にしては駄目……」


「茉莉さん、何を言って……」


「祐人に……祐人が独りであることを決意させては駄目なの。そうしたら私は! 私たちは二度と! 祐人と……一緒にいることができなくなる!」


 もう茉莉のその視線はこの場に向けられておらず、遠くを見つめ、涙すら浮かべる。

 その茉莉の姿にマリオンは驚き、咄嗟に茉莉の肩を掴む。


「茉莉さん!」


 マリオンに軽く揺さぶられ、茉莉の左右の目の視点が徐々に間近のマリオンの顔に集まった。


「……あ、マリオンさん? 私……今、何を言って……」


「茉莉さん……あなたは……」


 マリオンは目を広げて茉莉を確認する。


(こ、これは……霊力? 微弱だったけど、今、確かに茉莉さんは霊力を……)


 茉莉は意識がはっきりしてくると、頭に手を当てて苦し気に眉を寄せた。


「茉莉さん、大丈夫!?」


「うん? どうしたの? あ、茉莉! 調子悪いの!?」


 前を歩いていた静香がマリオンの声で異変に気付き、戻ってくると茉莉の腕に手を添える。明良も振り返り、一悟もニイナも驚いて近寄って来た。


「あ、あれ? 静香、ううん、大丈夫よ、ちょっと頭痛がしただけだから」


 一悟はこの茉莉の状況を見て、何かを思い出したように見つめた。


「こ、これって……確か、女学園でもあったやつだ」


「袴田さん、何か知ってるの!? 教えて、何でもいいですので!」


 マリオンの血相に一悟は狼狽えるが、すぐに頷き、以前に茉莉が嬌子とサリーに介抱された時のことを説明した。

 マリオンは一悟の話を聞いていくうちに、驚きの表情に染まっていく。

 横で聞いている明良や静香、ニイナも同様だ。


「何ですって!? な、何で早く言わないのよ! このBLが!」


「グハ! BL言うな! いろいろとありすぎて忘れてたんだよ! それに言いふらしていいものかも分からなかったし! 祐人のこともあったから」


「BLって何ですか? って、それどこじゃないですね」


「では……白澤さんは、その時に覚醒して……。確かに、突然の覚醒はあり得ないことではありませんが……」


 明良も思いもよらない事実に絶句しているようだった。

 まだ気分が悪そうな茉莉を支えながら、マリオンは目を細める。


「……じゃあ、茉莉さんは……」


「ああ……俺にはよく分からないけど、その時、嬌子さんは言ってた……。白澤さんは物事の本質を見抜くことに長けた……」


 茉莉を心配そうに見つめていた一悟は顔を上げてマリオンに顔を向ける。




「白澤さんは……能力者だって」




「……!」


(まさか……そんなことが。じゃあ、さっきの白澤さんの言葉は……一体、何のことを言って……)


「とりあえず、部屋の方に行きましょう。まだ、気分も優れないようですし」


 明良はそう言うと、茉莉たちを本邸に用意された瑞穂の客人用の部屋に案内を急いだ。


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