第166話 すれ違い④


「百眼、頭を上げて頂戴な。あの人に相当、どやされたみたいだけど、私はそんなに怒っていないわ」


「は! ロレンツァ様にまでご足労頂き……今度こそは……」


「もういいわ。そんなことより報告をしてくれないかしら?」


「は、はい……」


 本国からロレンツァが到着し、ホテル高層階の室内で跪く闇夜之豹たちの最前列で百眼は頭を上げると、カリオストロにも報告した内容を反復した。

 その報告している間にも、今回の襲撃のためにかき集められた闇夜之豹の能力者たちは女王と謁見しているかのように恭しく、頭を垂れている。


「そう……死鳥と互角の力を持つ少年……にわかに信じ難いけど……。死鳥さん、あなた手を抜いたわけではないわよね?」


 ロレンツァは笑みを浮かべつつ、百眼の背後の壁に腕を組み背中を預けている止水に目を移した。その止水は目を瞑り、無言で微動だにしない。


「ふふふ、それはないみたいね。では……その上で動きましょうか。その標的の小娘は今どこに?」


「はい。それですが……不可解な状況です」


「それは?」


「機関は我々の動きに対して、なんら動きを見せておらず、その小娘も四天寺家にも帰還していません。今、こちらの闇夜の者が行方を調べているところです。すぐに居場所は知れるかと……」


「動き、というものは見せるものではないわ。それは当たり前でしょう。これだけのことを派手にしているのです。必ず何か手をうっているわ。それに百眼……あなた、また、しくじりましたわね?」


「は?」


 ロレンツァがそう言い、百眼は呆気にとられたような表情を見せた瞬間、突然、百眼たちがいる高層階の部屋の大きな窓ガラスが吹き飛んだ。


「! な、何だ!?」


 百眼が叫ぶと同時に、破壊された窓ガラスの外から男女のスーツ姿をした者が飛び込んでくる。その二人は室内に着地するや否や、その両手にそれぞれ火精霊と水精霊を掌握し、術の完成を見せている。


「ハッ! ロレンツァ様を守れ!」


 突然、闇夜の空から現れた術式発動直前の二人の精霊使いを前に、百眼は涼しい顔を崩さないロレンツァの前に身を投げ出した。

 くせ毛の強い女の精霊使いが右手を薙ぎ払うと部屋中に水蒸気をまき散らし、百眼たちの視界を完全に奪う。そして、それと同時にオールバックの男の精霊使いが広範囲に炎を放った。


「……!」


 部屋内にいる闇夜之豹たちから声にならない悲鳴が上がる。

 女の精霊使いが放った水蒸気だけで、全身がずぶ濡れになっている闇夜之豹たちに高温の炎が重ねられて、水蒸気の温度は数百度にも跳ね上がりその肌を蒸し焼きにしていく。

 強襲してきた精霊使いに対し、百眼と数名の闇夜之豹がロレンツァを中心に必死に結界を重ね合わせ、この精霊使いの連携攻撃に抵抗する。

 直後、二人の精霊使いは窓の外に離脱すると、その入れ替わりに窓の外から高熱の水蒸気を切り裂くかまいたちが撃ち込まれ、部屋内に吹き荒れた。


「グァァァ!!」


 数百、数千のかまいたちが速射砲のように百眼たちに襲い掛かり、あまりの攻撃圧に結界を張る百眼たちが後方に押される。

 僅か数秒が数時間に感じられ、戦意と生存本能までも削り取られていくような重厚な攻撃に百眼の目が血走っていき、歯が砕けるほど食いしばった。

 ようやく、攻撃が止み……視界が露わになっていくと、そこには無残にも破壊の限りを尽くされた部屋が眼前に広がっている。

 そこには今回集めた闇夜之豹の精鋭たちの半数が肉塊となり、もはやその原型すら分からない。


「な……」


 髪を乱し、言葉を失っている百眼は怒りに震え、拳を握りしめた。

 ただ一人、止水は何事もなかったように、元の位置で破壊された壁に体を預けている。


「ふむ……四天寺家の者たちね。百眼、あなた、跡をつけられていることにも気づいていなかったのかしら?」


 ドレスの汚れを気にしているロレンツァは無価値なものを見るように、背後から百眼の首にレースに羽をあしらった扇子を当てた。

 ゾクッと背筋を凍らせて百眼は額から汗を流す。


「四天寺家は本気で怒っているようね。それでどうするのかしら? 百眼」


「な、何の問題もありません。このまま、小娘を攫いに行きます」


「そう。じゃあ、準備が出来たら呼んで頂戴。私も準備をしておきます」


「ハ!」


 ロレンツァは半壊した壁の間を両手でスカートを摘み上げ、出ていこうとする。その際に床に散らばっている闇夜之豹の者のはずだった腕を軽く横に蹴飛ばした。


「……百眼」


「は、はい……」


 ロレンツァは静かに背後にいる百眼に声をかける。


「この仕事を終えましたら……」


「……」


「この糞精霊使いどもを……滅ぼします。よろしいですね?」


「ハ! 承知いたしました!」


 百眼は無意識に跪き、恐怖で視点をさまよわせた。自分からは見えてはいないが、今、ロレンツァがしているだろう顔を想像し身を震わせるのだった。

 その後、止水の人質が姿を消したという報告が入る。また、その人質を連れだした連中をサイコメトラーたちが解読し、祐人たちがそこにいたということが分かった。それに伴い、その場に標的であるマリオンがいることも知れた。

 すぐに百眼は出動の命令を下す。

 人質を祐人たちが攫ったということを聞いた止水は僅かに眉を動かしたが、何も言葉を発することはなく、百眼たちに従い、祐人たちの後を追う。

 そして、その手に黒塗りの棍を握りしめ、止水は祐人の姿を思い浮かべるのだった。




“闇夜之豹ですが半数以上は撃ち減らしました。また、いつでも仕掛けられますが、如何いたしますか?”


「そう、ご苦労様。それではもう帰ってきていいですよ。あとはあの子たちに任せましょう」


 朱音は携帯電話を切ると立ち上がり、中庭に面した障子をあけて夜空を見上げる。


「ここからはあなたたちの戦いです。困難はあるでしょう……でも、失ってはならないと、あなたたちが思うものは、まず自分たちで守りなさい。今後はあなたたちが求めてこない限りは私も手を貸すことは控えます」


 暫く空を見上げていた朱音は真面目な顔を緩めると、首を傾げた。


「ちょっと、私は厳しいのかしら?」


 その問いに答える者は当然、誰もいない。

 だが、精霊の巫女である朱音は頷く。


「あの子たちの心が光のある方向を向いているのなら……きっと精霊たちが見守ってくれるでしょう。頑張りなさい……瑞穂」


 そう言い残し、朱音は部屋の中に戻るのだった。



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