第159話 出立前③


「これが今までの経緯よ」


 一通り話を終えた瑞穂はそれぞれの表情をしている面々を見渡した。


「えっと……」


 笑顔のまま固まっている静香が力なく声を上げる。


「これは……何の話? あ、何かの演劇サークルでも立ち上げるのかな? それか同人漫画?」


 すると横から一悟が根暗な笑顔で、静香に顔を向けた。


「フフフ、この状況ではさすがに君の推理も役に立たないようだな、水戸君。いや、もう君はもうワトソン君に格下げだ」


「ワトソン!?」


 そこに茉莉は顔を上げて、瑞穂やマリオン、そして祐人を見つめる。


「状況は……分かったわ。それは……とてもじゃないけど許せない連中ね。それで祐人の怪我はその死鳥っていう相手にやられたのね?」


「分かるの!? 茉莉!?」


「あ~、うるさいから、ワトソン」


「ワトソン言うな! 巨乳好きBL!」


「なんと!?」


 祐人は茉莉の真剣で強張った顔を見て、頷いた。

 祐人はその茉莉を見つめつつも、茉莉が今、どういう心持ちでいるのかは分からなかった。茉莉にしてみれば、非常識なことばかりなはずだ。祐人が能力者と分かったのも先日の話で、そして今は巨大裏組織間に起きた争いの話なのだ。

 普通に考えて、はいそうですか、という話ではないだろう。


「それで、どうすんだ? 祐人たちは」


 一悟は自分の頬をつねっている静香の頭を押さえながら聞いてくる。


「うん、それが今日みんなに来てもらった本題になるんだけど」


 祐人は茉莉、一悟、静香、ニイナ、そして花蓮を順番に見つめた。


「これから僕は、まず死鳥と呼ばれる敵の人質のところに行ってくる。そして、できればそのまま開放して機関の保護下に入れたいと思うんだ。その上で襲撃してきた連中と対峙したい。マリオンさんを狙ってきたこいつらはどうしても放置できないから」


「なるほどな……そうすればその死鳥って奴の戦う理由がなくなるってわけか。それで呪詛の方は?」


「今、僕の友人が呪詛の大元になる本拠地に向かってるから、そのうちに何かしらの情報が入ると思う」


「!」


「え!? 祐人さん、それは?」


 この祐人の話はマリオンも瑞穂も初耳だったので驚く。


「ああ、ごめん、言うの忘れてた! あ、隠すつもりはなかったよ? 上手くいくかは分からないけど、呪詛の祭壇や祭器を見つけたら破壊するように伝えてあるから、今、僕らはマリオンさんを狙ってきた敵の方に集中するのがいいと思う。この呪詛も法月さんの容態を考えると、時間をかけたくなかったんだよ」


「一体、あなたの友人っていう人外は何人いるのよ……」


「でも、祐人さん……敵の本拠地ですよ? そんな簡単に潜入なんて」


「うん、とりあえず無理はしないようには伝えてあるけど、潜入、潜伏は得意らしいから、今は朗報を待とうと思う」


 と言いつつも、一瞬、祐人の脳裏に鞍馬と筑波のハイテンションコンビが頭に浮かんだ。


(……だ、大丈夫かな?)


 この時、ニイナは祐人の契約人外の話題が出ると目を細める。


(堂杜さんの言う友人……)


 実はニイナは前回に祐人の契約人外の話題が出たときに、気になることがありミレマーに連絡を入れていた。

 それはスルトの剣という組織の能力者の起こしたミレマーの未曽有の危機に際した時のことだ。その時にスルトの剣が召喚したと言われる妖魔の大群から、ミレマーの主要都市を守ったとされる存在のことが気になったのだ。

 このことは報道では扱われていなかったが、ミレマー人なら誰しもが耳にしたものである。そして、この救われたミレマーの主要都市では現在でも、自分の街を守護する守り神が現れたと語りあい、その各都市の住人たちに勇気を与えるという大きな影響を与えている。

 このこととマットウの新政権発足が重なったこともあり、まだ迷信深いミレマーの国民は大きな動揺も見せずにマットウ現首相を受け入れているという幸運に恵まれた。

 そして今、ニイナは何故だか、このことが気になって仕方がないのだ。それは失われたパズルのピースを追い求めているように。


(私は何かを探している……。この衝動は何なのかしら……)


 そのためにニイナは多忙な政権中枢に入ったマットウの右腕であるテインタンにも連絡を入れている。少々、地位乱用とも思ったがどうしても我慢が出来なかった。

 そして……、


(これは、きっと堂杜さんに関係している……)


 と、思ってしまう。

 だが、ニイナという少女は勘に頼るという性格ではなかった。ニイナは未知なものや、理解ができないことがあるとき、必ず周辺の知識を固めてから改めて挑むということをしてきた。これは既にニイナの思考や行動パターンともなっている。

 ニイナは小さい頃から英才教育を受けていたが、その中には通常の教育に加えて、政治学や経済学に哲学、そして法学があり、ニイナという少女は政治学と法学に特に興味を持った。

 軍閥の首領の娘という特殊な環境もあったのかもしれないが、幼い頃から、その少女らしからぬ関心の持ち方に、父であるマットウも首を傾げたが本人の好きにさせた。

 するとニイナは飽くことを知らずに政治学と法学に傾倒していく。周囲に同世代の人間がほぼいなかったこともあるが、色恋などにも興味を示さず、読む本も経済学や法学の実務書ばかりだった。

 こういったニイナの性情や経験が現在のニイナの思考のあり方を形成していったのかもしれない。

 そのニイナがこの自分の不思議で未知な感覚に対して起こした行動は、まず、調査だった。自分を納得させる事実や事柄を積み重ねて、その真実に迫ろうと考えているのだ。


(私は何を求めているのかしら……。でも、この衝動の先にあるものに、必ず辿り着いて見せる、絶対に……)


 ニイナは黙って、祐人に気づかれないように、その横顔を見つめるのだった。


「ちょっと、いいか? 堂杜」


「うん? 何? 蛇喰さん」


「言うことは分かった。だけど、マリオンを襲撃してきた連中がそれまで待ってくれるとは限らない。今だって……」


 祐人は花蓮の言うことに大きく頷いた。


「花蓮さんの言う通りだよ。悠長に時間はかけられない。だから、その人質のところには今から行く」


「え!?」


 ニイナを始め、瑞穂やマリオンもこれには驚く。茉莉はただ目に力を入れるように祐人を見つめた。


「今からですか!? さすがにそれは、無茶じゃ……堂杜さんの怪我も見たところ軽傷のように見えません!」


「僕は問題ないよ。十分に動ける。それに蛇喰さんの言うことはその通りで、敵に加担している死鳥の人質に会うタイミングは早い方がいい」


 ニイナは祐人の言うことは分かるが、その負傷した姿を見ていると心配に包まれる。

 それはマリオンも同様だった。


「祐人さん、ここはニイナさんの言うことも分かります。せめて、今日だけでも休んで明日にでも動けば……」


 祐人はマリオンの提案に首を振る。マリオンは口をつぐみ、瑞穂は開きかけた口を閉ざした。


「祐人……」


 そこに茉莉が、口を開く。だが、その口調は冷静でいて静かなものだ。


「祐人……その傷を負った体で敵と遭遇したらどうするの?」


「戦う」


 祐人は迷いなく答える。


「そう……。それでどうなの? そうなって祐人は勝てるの? その強敵に」


 茉莉のその問いに、祐人は茉莉を正視した。茉莉のその目には、冷静さとは別の何かが含まれているように見える。だが、祐人は真剣な表情で答えた。


「負けるつもりは……ないよ。まったく」


「……」


 茉莉は祐人の目を見つめ返し、ほんの少しだけ頬を緩めると目を閉し、そしていつもの表情で目を開いた。


「分かったわ! 祐人のやりたいようにして。頑張るのよ、祐人」


 祐人は茉莉の意外な言いように目を大きくしたが、元々、この件に関しては、止められても行くつもりだった。だが、茉莉の言葉には少なからず、ホッとしている自分もいる。

 そのせいか祐人は茉莉に対し、笑みを見せて頷いた。


「分かった」


 このやりとりを、驚愕の表情で見つめているのは……一悟だった。


(あれ!? いつもだったら有無をも言わさず止めるか、安心できる説明を受けるまで祐人を追及し続ける白澤さんが? 何か、キャラがおかしくね?)


 その一悟の表情の変化を静香は見て、何を考えているか理解したような顔をする。一悟はその静香の顔に気づき、怪訝そうに小声で静香に話しかけた。


「お、おい……白澤さんがおかしいぞ、何か変なもの食ったんか?」


「ふふん、分かってないなぁ~、袴田君は。私に言わせれば、あれがいつもの茉莉だよ」


「え!? だって、祐人専用理不尽、その他には猫かぶり少女だぜ? あれじゃあ、なんというか、まるで演歌の……自分の気持ちを押さえつけてでも男の意思を尊重する……」


「ようやく気付いたようねぇ、袴田君。茉莉はね、ああ見えてその本質は……」


「「昭和の女!」」


「ちょっと聞こえてるわよ! なんの話をしてるのよ!! あんたたちは!」


「うわ、地獄耳だぜ、おい!」


「それも茉莉の標準装備よ」


 茉莉が顔を真っ赤にして、一悟たちを睨む。


「ちょっと、いい? それでみんなをここに呼んだ、頼みというのは……」


 祐人がそう言うと、途端に一悟の顔が真っ青になる。


「僕たちがいない間だけど……代わりの者を置いていくから、そのフォローをお願いしたいんだ」


「嫌ぁぁ!」


 一悟がひっくり返り、その場から逃げだそうとするが、祐人が一悟の腕をつかむ。


「僕たち……?」


 瑞穂とマリオンが祐人に顔を向ける。


「うん、瑞穂さんもマリオンさんにも来てもらおうと思って」


「「!」」


 祐人のこの言葉に、みるみる瑞穂とマリオンの顔を喜色に染まっていく。


「分かりました! 祐人さん」


「ふふん、ついていってあげるわよ」


「で、フォローする連中は? 堂杜」


「うん、今から紹介するよ」


 一悟が必死にもがきながら、脱出しようとするが、祐人が羽交い絞めにしてそれを許さない。

 その横ではニイナは緊張した面持ちでいる。


「じゃあ、呼ぶね! みんな! 来て!」


 祐人がそう叫ぶと、祐人たちの横に6人と一匹の姿が忽然と現れた。


「じゃーん! また呼んだ?」

「御屋形様……参上しました」

「祐人だ!」

「……(コク)」

「祐人さんー、会えて嬉しいですー」

「親分、何ですかい?」

「ウガ!」


 突然に現れたその面々の賑やかな雰囲気に瑞穂たちは驚いて硬直し、一悟は血の涙を流したのだった……。



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