第154話 見えてくる敵②


 日紗枝と志摩は研究所の応接室のソファーで明良たちから今回の襲撃の詳細を聞いていると、日紗枝は驚き、怒り、そして、冷静に声を上げた。


「ここまで舐められるとはね……。どうしても闇夜之豹は機関とやりあいたいのかしら? 機関所属の能力者相手に天下の公道で大暴れとは、もうルールもへったくりもないわ」


 日紗枝の声色は冷静そのものだったが、それ故にその怒りの深さも窺える。

 瑞穂たちもその日紗枝を黙って見つめていた。


「しかも、理由は分からないけどマリオンさんが狙いだったわけね。いいわ……やってあげましょう。気の済むまでね」


 日紗枝がニヤッと凄みのある笑みを見せる。


「お、大峰様」


 志摩はその日紗枝の不穏な発言に慌てた。志摩も明良たちの報告に驚き、頭にきてはいたが、日紗枝の性格を熟知している志摩は、事態が必要以上に大きくなることを感じたのだ。


「大峰様、落ち着いてください。いえ、もちろん何らかの措置は必要だと思いますし、するべきと考えます。ですが、大国である中国と全面戦争になるのは……」


「仕掛けてきたのは奴らよ! しかも、これだけ派手にね! これで生半可な対応を見せたら機関が侮られるだけよ。この状況は遅かれ早かれ他の組織も感づくわ。そうなれば機関の名前にも傷がつくし、最悪は機関からの能力者離れにも影響を与えかねない。志摩ちゃん、支部所属の能力者に召集をかけるわよ。報酬は普段の2倍で打診して」


「お、大峰様!」


 志摩の言うことも分かるが日紗枝の言うことはおそらく正しい、と明良は考える。あくまで最悪の事態を想定すればだが、日紗枝は支部長としてそのリスクを放っては置けないのは理解できる。だが、機関も本気で戦うとなれば、無傷では済まないだろう。特に今日遭遇した燕止水のような超級の能力者が敵にいるとすれば尚更だ。

 この重要な事実を明良たちは日紗枝に伝えていない。伝えるべき最重要情報にも関わらず、伝えていないのは祐人の立場を大きく変えてしまいかねないからだった。明良は恩人でもある祐人の意に反することはしたくない。

 しかし、明良は正直、悩んだ。いや、本来は悩むべき事柄ではない。日紗枝が闇夜之豹との戦いを決断しようとしている今、伝えておかなければ、仲間にいらぬ犠牲を出してしまうのだ。明良は眉間にしわを寄せて、今はただ座っていた。

 日紗枝は前を向き、もう一つ気になることを尋ねた。


「それで瑞穂ちゃん、堂杜君って子は? 大丈夫なの?」


「はい、本人はそのように言ってました。今は医務室にいます。左肩を骨折したようでしたが、問題ないと……」


「……そう」


 日紗枝は安堵しつつも若干、目を細める。

 その堂杜祐人に関しては色々と調査が入っている少年だ。ここまで支部長自ら来たのも、瑞穂たちがまたしても襲撃されたという報告を聞き、事態を深刻にとらえたこともあったが、その中に堂杜祐人がいて、しかも負傷したという内容が含まれていたことも理由に含まれていた。

 今、機関本部からそのランクDの少年の実力が疑われているのだ。それはランクDほどの力がないことを疑われているのではない。

 むしろ、その逆。

 その少年の実力はSクラスの相手とも、渡り合えるものではないのか? というものだ。

 それが事実ならば、機関はとんでもない人材を手に入れたことになる。

 だが、疑問も残る。その仮定を信じたとして、それだけの戦闘力を持った能力者が何故、ランクDに甘んじているのか? というものだ。何か、目的を持っているのかもしれない。

 いずれにしろ、何者かも、行動原理も分からないこの少年をリスクの面から考えれば、放っておけるレベルの話ではない。

 そして、その少年が負傷したという状況。これは二つのことが考えられる。

 もし、堂杜祐人が機関本部の疑う実力を持っているとすれば、今回の闇夜之豹の襲撃者に相当な大物の能力者が含まれていたということ。これも事実ならば大問題だ。

 もう一つは、機関本部の仮定が間違いで単純に実力不足であったということだ。

 ランクAのマリオンを標的にし、しかも瑞穂がいる状況で仕掛けてきたということは、それなりの準備と実力のある能力者たちを揃えてきたことは容易に想像できる。そこにランクDの少年が巻き込まれれば、負傷してしまったことも当然のこととも言えた。であれば今回、撃退したのはランクBの実力者でもあり経験も豊富な明良が同行していたことが敵にとって、予想外であったと考えるのが順当だろう。


「もう一度、確認するけど、相手の目的はマリオンさんと言っていたのよね?」


「はい、祐人が敵にそう告げられたと言ってました」


「……何故、敵がわざわざ、そのようなことを……」


 日紗枝の疑問も当然のことだ。伝えてくる意味がない。だが、すでに派手に動き、証拠も残してしまっていることも敵は既に承知しているだろう。今回、目的を確実に達成しに来た手前、今更、それが知れたとしても大した問題ではないということか、と日紗枝は考えをまとめる。というのも、今回の襲撃があろうとなかろうと、既に機関と中国との対立はこれ以上なく深刻なものとなっているのだ。

 日紗枝が何かを言いかけようとする……すると、応接室のドアがノックされた。

 志摩が日紗枝に顔を向けて、首を傾げて立ち上がりドアを開ける。


「あ、すみません、お話し中に」


「祐人!」


「祐人さん! もう大丈夫なんですか!?」


 そこには左肩から胸にかけて包帯を巻き、制服のワイシャツを肩にかけたようにゆったりと身に着けている祐人が立っていた。他にもいたるところにガーゼや包帯と応急処置がされている。


「うん、大丈夫だよ。あ! 垣楯さん、お久しぶりです」


「え!? ええ……」


 志摩は祐人に声をかけられて、返事をしたが困惑してしまう。何故なら、この少年に会うのは初めてのはず……。祐人は志摩の反応を見て「あ……」と声をもらし、慌てて誤魔化すように話題を変えた。


「あの! 僕も中に入っていいですか?」


「え、ええ! もちろんよ」


 祐人は怪我を感じさせないしっかりとした足取りで、中に入ってきた。日紗枝は一瞬、祐人を凝視してしまうが、すぐに表情を柔和なものに変えて祐人に声をかける。


「堂杜君ね! 今回は大変だったわね……怪我はいいの? あ、私は支部長の大峰日紗枝よ」


「はい、堂杜祐人です。怪我の方は大したことはないので、痛み止めと抗生物質だけもらいました」


「そう……良かったわ。さあ、ここに座って」


 日紗枝に促され、祐人は瑞穂や日紗枝たちが座る横の一人掛けのソファーに腰を掛けた。

 その様子を日紗枝は表情は変えず、だが祐人の方を観察している。


(こんな人の良さそうな少年が……? とてもじゃないけど、バルトロさんの言うような能力者とは思えないわ。でも……何かしら? 会話をするのは初めてのはず……よね)


 日紗枝は祐人を見ていると、心の内に僅かであったが、自分の今の認識にズレのような……違和感のようなものを覚える。それはまるで、恩人に感謝を伝え忘れているような不義理なことをしているような、何とも言えない不思議な感覚だった。

 祐人は腰を掛けると、日紗枝に顔を向けた。


「大峰さん、今回の襲撃の件ですが……ちょっと聞きたいことがあるのと、僕なりの考えを伝えてもよろしいですか?」


「え!? ええ、聞かせてちょうだい。確か、あなたは判断力に優れていると評価されていたものね。参考にしたいわ」


 日紗枝は我に返るように答え、志摩も元の位置に腰を下ろし、祐人を見つめる。

 祐人はここにいる全員を見つめながらガストンからの情報をどのように伝えるかを考えていた。ここで機関の幹部である日紗枝がいる手前、あまり自分を目立たせたくはない。

 機関もまだ知らない情報を披露したりすれば、どこからそれを手に入れたのかと当然聞かれるだろう。ガストンのことは言うことはできない。

 また、できれば自分が仙道使いであることも言いたくはない。

 何故なら、自分のことだけを探られるのであればいいが、その延長線上に堂杜家のことまで調査を入れてくる可能性を危惧しているのだ。万が一にも堂杜家の存在が明るみになることはあってはならない。そのために天然能力者として機関に登録したのだ。

 堂杜家が千年に亘り秘匿してきた管理物件は、それぞれが世界を揺るがしかねないものである。特に魔來窟だけは知られるわけにはいかない。堂杜家の秘術でよそ者が辿り着かないように強力な結界が張られているが、感づかれるだけでも大きな問題なのだ。

 もし……堂杜家を探り、堂杜家の管理物件に対し、何らかのアプローチをするような動きがあった場合、堂杜家はその人物、組織、人外にかかわらず全力で潰しにかかるだろう。

 それはたとえ……世界能力者機関が相手であっても例外ではない。

 祐人は瑞穂たちにも視線を移しながら口を開いた。


「今回の件で……いえ、前回のも含めてですが、この中国の横暴に機関は闇夜之豹との戦闘は避けられないというところでしょうか?」


 祐人の問いかけに日紗枝は真剣な顔になる。


「そうね……このままにはしておけない、というところよ。先ほどもその話をしていたところよ……。呪詛の件も含めて、まとめてお返ししようと思っているわ」


 祐人は頷いた。


「僕もその考えに賛成です。というより、もう、そうしなければならないという状況だと思います。ここまで遠慮のないことをしてきて、しかも証拠を残しつつ派手にやってきたんですから。これで黙っていては機関の名に傷がつくだけで、機関に賛同していない者や組織のタガが外れる危険性もありますから」


 日紗枝は小さく頷き、祐人の話を聞いている。


「それはいいのですが……ちょっと違和感があるんです」


 日紗枝は怪訝そうな顔をする。


「それは……?」


「おそらく今回の襲撃と呪詛も闇夜之豹が仕掛けているのは間違いないですよね?」


「もちろん、そうね」


「それにしては……この二つのやり方が違いすぎるんです。呪詛に関して言えば、証拠を残さずに嫌がらせといった体です。これは被害者のことを考えると許せるものではありませんが、やり口としてはよく分かるものです。でも、襲撃の方になると……雑というか、なりふり構わずというか、慎重さがありません。中国に所属する同じ組織で、こんなにもやり口を変えるものでしょうか? しかも襲撃の方はこんなにも簡単に証拠も残しました」


「……」


 日紗枝たちは祐人の言うことに、それぞれに考えるような顔と仕草をする。

 そこにマリオンが顔を上げた。


「それは祐人さん。単純に優先度の違いじゃないでしょうか? 私を連れ去って何をするつもりかは分かりませんが、こちらの目的の達成が最重要でしかも緊急であったと」


「確かにそうね。私たちを襲撃してきた時の、あいつらの人員の配置を考えるとその本気度が相当なものと思えるわ」


 祐人は頷く。


「マリオンさんと瑞穂さんの言うことが正しいと思う。そこでなんだけど、中国政府がそんな命令を下すってどれだけのことをしようとしているか? ってことなんだ。たとえ世界能力者機関と全面的な戦争になっても構わない、と思うほどの、それに見合う対価とは?」


 日紗枝の横にいる志摩は首を傾げる。


「確かに……状況は異常です。こんなにもあからさまに敵対行動をとってきた国家組織は今までありませんでした。それは……当然、機関の力が大きなものだと分かっていたからです。ですが、理由はそれだけではありません。それは機関のスタンスが国家間の利権争いには関知しないということもあります。機関はあくまで能力者の地位の確立とその存在の公表を、いつの日にか達成するというものですから、直接的に攻めてこなければ、大抵の場合、傍観者に徹するでしょう。それなのに今回は……」


 日紗枝も志摩の言うことは考えていた。よほどの見返りがなければ、国家組織が機関に仕掛けてくるなんてことはあり得ない。それに国家とは実利を好む。呪詛の件はその典型ともいえる。だが、マリオンを攫うことが、たとえ機関と全面的な争いになってでも得られる実利というものが、どうしても浮かんでこない。

 祐人は、ある程度時間を置くとガストンからの情報を、さも可能性の高い予想というように伝える。


「僕もそこがおかしいと思いました。それで考えたんです」


 日紗枝は祐人の考えが聞きたくなった。この一介の能力者にすぎない少年が、ここまで、今回の事態を分析しているのは面白いと感じたのだ。本部から色々と言われているが、それを除いても、この少年に興味が湧いてくる。そして、この時の日紗枝は気づいていなかったが、この少年の分析に対して信頼のような感覚すら持っていた。まるで以前に、役に立つ意見を受けたことがあるかのように。


「言ってみて、堂杜君」


「はい、それは襲撃の方は政府の関与がないのではないか? というものです」


「え!?」


 祐人のひっくり返すような意見に明良も志摩も驚いたが、日紗枝は冷静に受けた。


「なるほどね……あり得るわ。でもそうなると……首謀者は? 政治家ではないわね、それこそ能力者とはいえマリオンさんっていう女の子を一人を攫い、機関と敵対して、それで巨額な金や利権が手に入るということがどこにも結びつかないわ」


「はい……首謀者は恐らく闇夜之豹の中にいる人物……そして、これだけの人数の闇夜之豹を動かせるとなると、上位の幹部もしくは……」


「トップというわけね。闇夜之豹の組織図はある程度、調べがついているわ。あいつらには序列というものが明確に存在していないの。ただ確実にあるのはそれを統括するリーダーだけ。そう考えれば……あいつらが死に際に言ってた謎の首領……伯爵と呼ばれている気味の悪い奴が、今回の首謀者が可能性大ね。しかも、政府に黙って好き勝手やっている」


「はい……実は僕は敵からその首謀者の本名を聞きました。瑞穂さんたちにも伝えていませんでしたが。というのも、聞いたところで、それが誰なのかも知りませんでしたし、それが正しいかどうかの判断もつかなかったからです」


「それは本当!?」


 日紗枝は目を大きく広げた。明良も含め、瑞穂もマリオンも驚く。


「はい、ただ先ほど治療を受けながら、闇夜之豹の動きの妙なところのことを考えていて、あながち嘘ではないのでは? と思い直したんです。闇夜之豹の実情はほとんど何者かの私兵と化しているのではないかと思ってから……。それで支部長である大峰さんに判断を仰いだほうがいいと思ってここに急いできました」


 祐人の言っていることは嘘だった。それは、先ほどガストンから聞いたものであって、敵から入手した情報ではない。


「それで堂杜君、そいつの名前は!?」


 日紗枝に催促され、瑞穂とマリオンに見つめられて祐人は内心、瑞穂たちにも嘘をつくようなことになってしまったことに、ちょっとした罪悪感があった。だが、思い直して前を向く。


「敵が言い残した伯爵とかいう首領の名前は……」


 志摩も明良も祐人を凝視する。


「アレッサンドロ・ディ・カリオストロ……伯爵」


「!」


 祐人の言うその人物の名前に、そこにいる一同が言葉を失った。



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