第139話 見える敵、見えない敵


 蛇喰家……世界能力者機関日本支部所属の世界的に有名な契約者の家系。

 蛇喰一族は奈良の山奥に拠点を置き、その勢力は能力者の家系としては侮れず、実力者揃いとして知られている。

 そして、蛇喰家はその契約対象がある種の高位の存在に特化されていた。

 それは……蛇神と呼ばれる蛇の姿をした神格までをも得た人外たちである。また、蛇喰一族は他の契約者の家系と違い、それぞれに別々の能力を持った蛇神と契約をする。

 戦闘に特化された強大な力を持つ蛇神や大きな恵みをもたらす蛇神、知恵を与える蛇神、中には寿命を延ばすことが出来る蛇神すらもいると言われている。

 このように蛇喰一族はそれぞれに能力特性の違う蛇神と契約することによって、同じ一族でありながら、それぞれに様々な得意分野を持つ能力者を抱えるという異能集団と言えた。

 噂では蛇喰家はこの強力な蛇神と契約するのに、ある代償を払っているとも言われているが、その内容は定かではない。


「で、花蓮、あなたは何をしにここにいるのよ」


「私は機関からの依頼でここに来た」


「え!? そうなの?」


 祐人の問いに花蓮は頷く。


「おい、祐人。機関って確か……前にお前が言ってたやつだよな」


「うん、僕らみたいな能力者たちを束ねている組織だよ」


 一悟も驚きつつも、何とか話についていっているみたいだ。茉莉もこれらみんなの発言に耳を傾けながら、自分から質問せずとも全体像を把握していく。


「その依頼内容は聞いてもいいんですか? 花蓮さん」


「構わない。というよりも……日紗枝からは、場合によっては瑞穂とマリオンに相談しろと言われていた」


 いつの間にか瑞穂とマリオンを名前で呼び、日本支部の支部長である日紗枝すらも呼び捨ての花蓮だが、その態度だけは堂々としたもの。瑞穂とマリオンは目を合わせて、溜め息をつく。


「そんなの聞いてないわよ……日紗枝さん」


「ま、まあまあ、瑞穂さん。大峰様も忘れていただけかもしれませんし……支部長もお忙しい身でしょうから」


「それが問題なのよ。いつも、この辺は適当なんだから……」


 日紗枝をフォローするマリオンとあきれ顔の瑞穂。


「日紗枝は瑞穂たちに聞くのは、無料(ただ)だと言っていた……」


「な! まったく! だから何も言ってかなかったんだ! 日紗枝さんから伝えてきたら依頼になって、報酬が発生すると思ったのよ!」


 花蓮の話にさすがのマリオンもフォローが出来ず、困った笑顔を漏らす。

 祐人も乾いた笑いをしつつ、花蓮に向き直る。


「それで? 蛇喰さんの依頼の内容は何なの? もしかして、お昼の襲撃してきた連中に関係が?」


「!? それは初耳。私は戦闘向きではないから、力技で来られたら困る……。日紗枝に連絡しないと! ああ、でもパパ様に自力でやってこいって……。瑞穂たちには助けてもらうのはバレないけど……」


 あからさまにオロオロし始めた小さな花蓮を見て、祐人が慌てて宥める。まるで、小さな子が道に迷ったようで、放っておけない。


「だ、大丈夫だよ、蛇喰さん、落ち着いて。まだ、どんな連中かは分かってないから。でも、やっぱり、蛇喰さんの依頼内容を聞かせてくれないかな?」


 祐人の言葉で、ある程度、落ち着き頷いた。


「1週間ほど前に蛇喰家に機関から依頼があった。それは日本のある資本家や実業家たちが、原因不明の病気で一斉に倒れたから」


 祐人と瑞穂はその話を聞いて怪訝な表情をする。


「依頼主は日本政府」


「!」


 祐人たちは顔を見合わせる。

 途端に話しが大きくなってきたことに驚いたのだ。


「蛇喰さん、日本政府から依頼が来たということは、日本政府がこれをどこからかの攻撃と判断したってこと? しかも、民間人の異変で政府が出張ってくるってことは……何か、その人たちは国家に関わる何かをしていたの?」


 花蓮は祐人の質問に頷く。


「そう。その人たちは日本海におけるエネルギー開発事業のメタンハイドレード採掘の賛同者たち。この攻撃は恐らくこれに不快感を持っている組織……もしくは」


「国家……てことだね。というよりも、そこまで露骨な嫌がらせってことは、大体、相手も分かっているんじゃ……。相手もわざとそれを誇示しているってことかも……」


「日本の政府高官のところには、私のパパ様たちが護衛についてる」


「……」


 祐人は考え込むように、真剣な顔になった。

 その祐人を見て、瑞穂が花蓮に問いかける。


「じゃあ、花蓮さんは何をしに、この学院に来たの? 目的は?」


「その資本家、実業家たちの家族を守りにきた」


「!」


 瑞穂は目を見開いてマリオンを見た。

 マリオンも大体、花蓮の言う全体像が分かってきて、瑞穂を見返す。


「すでに、さっき言った人たちの家族にも原因不明の病で倒れた例が続出している。私はまだ、その被害に遭っていない実業家たちの家族が数人在籍しているこの学院に派遣されることになった。そこで、この試験生制度のことを機関が知って、私をそれに押し込んだ。年齢的にも、能力的にも私が適任だった」


「ちょっと待って! 明良からの報告も見てみるわ」


 瑞穂は携帯を取り出して、明良からの報告メールに添付された資料を開く。

 瑞穂は素早くその資料に目を通した。


「いかがですか? 瑞穂さん」


「……! 今、花蓮さんの言うことと、ほぼ同じことが書いてあるわ! 機関から派遣された能力者についても言及されている。これが花蓮さんってことね……」


「瑞穂さん、その学院に在籍されている家族……学院の生徒たちの名前は?」


「えっと……ちょっと待って」


「それなら分かる。忘れないように持ってる」


 花蓮は手をポケットに突っ込み、手書きで何か書かれている、よれよれの紙を取り出した。


「法月秋子、伏見君江、鼎(かなえ)みか子、長内凛香(おさないりんか)、鳥羽愛子……と言われた」


「鳥羽先輩!?」


 ニイナは花蓮が告げてきた名前の中に、聞き及んだことのある人物がいることに驚きの声を上げる。一悟もニイナの反応で気付いたような顔をした。


「あ! あのお昼に説教されそうになった、ミレマーのダンスの練習っていう無理な言い訳でまんまと騙された上級生の?」


「……」


 ニイナがジト目で一悟を睨む。


「あ……いや、あの素晴らしい機転に驚かされたわ!」


「彼女は今日、呪詛の攻撃を受けた。私がそれを守った」


「まさか!」


 祐人たちが顔を強張らせた。

 花蓮は、すごいでしょう? というように胸を反らす。


「あ、もしかして……あの時のガラスが割れたようなやつか? その鳥羽先輩の上のところで」


「そう」


 一悟の問いに花蓮は鼻をフフンと鳴らしながら答える。

 その横で瑞穂は顎に親指を添えた。


「でも……他の人たちの様子も確認しないと駄目ね」


「大丈夫、それは確認した。法月明子以外は私の保護下にある」


 マリオンは、真剣な面持ちでその花蓮に話しかけた。


「あの……花蓮さん。花蓮さんの能力って……? 花蓮さんは契約者だから、その契約した人外の能力で呪詛をはじき返したんですよね?」


「うん、紹介する」


「紹介してくれるんですか!? 秘密じゃないんですか?」


「構わない。出てきて……」


 そういう花蓮の身体に霊力があふれ出てくるのが祐人たちには見てとれる。すると花蓮が合掌をし、何かを念じるような仕草を見せると、花蓮の背中から軟体動物が蠢く影のようなものが現れた。

 その直後、スーッと花蓮の背中からその肩に顎を乗せるように、雪のように白い大蛇が姿を見せ、祐人たちは驚く。

 特に一般人である一悟やニイナは度肝を抜かれたように体を硬直させるが、すぐにその大きな白蛇からくる静謐(せいひつ)な雰囲気と神聖さを感じ、思わず見とれてしまった。


「この子の能力は呪詛と祟(たた)りを司っている」


「え!? 本当かよ! おっかねーな、見た目ではそんなのまったく感じねーのに」


「ええ、とても綺麗……」


 一悟とニイナがその花蓮に纏わりついて動いている白蛇に目を奪われている姿に、花蓮は満足気にしている。


「呪詛……!? じゃあ、蛇喰さんは呪詛や呪いのスペシャリスト?」


「そう思ってもらっていい」


 祐人は瑞穂とマリオンに顔を向けた。

 これは確かに機関が派遣する能力者としては適任だ。これなら、まだ被害に遭っていない生徒たちは花蓮に任せていい。

 だが、それよりも重要な事を聞いておきたい。

 こちらの方が瑞穂とマリオンにとって、いや、呪詛の被害者である法月秋子にとって深刻な問題だ。


「蛇喰さん……機関は日本政府から聞いているよね? この呪詛の発信源……もしくはその組織のことを。……それは?」


 祐人の問いに瑞穂とマリオンも深刻な顔をし、花蓮に集中する。

 花蓮は頷くと口を開いた。


「……中華共産人民国」



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