第138話 花蓮


「で、白澤さんと話はできたのか? 祐人」


「うん……したよ。というか、さっきのは……」


「そうか! 俺抜きでも問題なかったな! まあ、良かった、良かった」


 今、屋上で一悟や瑞穂たち全員が集まり、微妙な空気で座っていた。

 マリオンがこんな時にも持ってきたレジャーシートを敷いている。

 祐人は半目で全員を見渡すと、それぞれが目を逸らす。


「「「「……」」」」


 目を逸らしながらも、瑞穂は茉莉の先ほどの行動にモヤモヤしていた。

 その時の祐人と茉莉の会話はあまり聞こえなかった。だが一体、どういう話の流れになるとあんなことになるのか分からない。それに、まだ第一印象でしかないが茉莉があんな大胆なことを出来るような子には正直見えなかったのもある。

 色恋沙汰に疎い……しかも、男嫌いになるような経験をしてきた瑞穂には、自らが男の胸に飛び込むということが、想像できない。

 そして……想像すると正直、まだ怖いのだ。

 瑞穂は横目で祐人に目をやる。

 ただ……相手が祐人だったらどうだろうか? この少年だったら自分は……。

 瑞穂の脳裏に母の朱音が言った何気ない一言が思い出される。


“これじゃあねぇ……。強力なライバルが現れたらジ・エンドね”


 茉莉を見ていれば、茉莉が祐人に対してどんな気持ちなのか、今の瑞穂には何となく分かる。今までの自分だったら決して分からなかっただろう、その心の内側が。

 そして、一悟の言っていた言葉が浮かんできた。


(ゼロ距離……か)


 瑞穂は今までにない自分の考えと感情を持て余している。

 瑞穂はマリオンとニイナ、それぞれに目を向けた。

 この二人は、どう考えているのか? と思う。ニイナはまだ祐人のことを思い出してはいない。だが、何か祐人に対して感じ取っているとは思う。でなければ、祐人を気にして自分たちと屋上まで行動を共にしないだろう。

 瑞穂は自分とマリオンが経験した、祐人を忘れていた時の、祐人に対する既視感のような、あの祐人に対する不可思議な感情にニイナはどう向き合っているのだろうか、とニイナを見てしまう。

 だが、そのニイナの横顔からはニイナの気持ちまで測ることはことまでは出来なかった。

 そして、瑞穂はそのニイナの横で……マリオンが祐人と茉莉をどこか寂し気に見つめているところまでには目がいかなかったのだった。

 マリオンは祐人の後ろに隠れるように座っている茉莉の方を見ている。

 このどうにも微妙な雰囲気に一悟は大きな声を出す。


「あ! ま、いいじゃねーか! 祐人! 白澤さんともちゃんと話が出来たんだろ? 結果オーライだ! うん。これから、お前も色々と動きやすいだろうし!」


「まあ、そう言われれば、そうだけど……」


 そう言われて、祐人は後ろにチラッと目をやった。

 そこには……いまだに真っ白に固まった茉莉が、小声でブツブツと何かを言っている。


「……ははは(こら駄目だわ)」


 どうやら、先ほどの感極まってしてしまった自分の大胆な行動を思い出して、別次元に心が飛んでいるようだ。

 確かに祐人も先ほどの茉莉には驚いた。

 長い付き合いだが、茉莉のあんな表情は見たことがない。しかも、まさか自分の胸に飛び込んで来ようなどとは思いもしなかった。


(色々と……知って、茉莉ちゃんも驚いただろうし、僕の身の上のことを心配してくれたんだろうな。あんなに取り乱して泣く茉莉ちゃんは初めて見たよ……すごい世話好きだから、茉莉ちゃんは。でも……まさか飛び込んで来るとは思わなかった)


 茉莉は祐人の視線に気付くと、ボンッと音が鳴るように顔を赤くして、両手で顔を覆う。

 そして、そのままブツブツと何かを唱えている。


「……」


(ありゃ……あんな状態の時にみんなが現れたから、そりゃ、こうなるよな。僕も恥ずかしかったし。いつも周囲には自分を整えている茉莉ちゃんだったら尚更……でも……あの時、茉莉ちゃんはなんて言おうとしたんだろう? あの流れだと……)


 などと、考えている祐人に、瑞穂が気づいたように声をあげた。


「あ、祐人、さっき明良からメールで連絡が入ったから報告したいことがあるのよ。添付してあった資料までは目を通していないけど。恐らくお昼の件もあるかもしれないわ」


「え、本当!? 明良さん、仕事が速いね。じゃあ……」


 と、言い、そこであることに気づき、祐人たちは花蓮を見つめた。これからの話は他人には聞かせられない話である。

 となると、ここにいる部外者は花蓮だ。

 そもそも何故、花蓮がここに来ているのか分からなかったが帰ってもらうしかない。

 茉莉にもここは席を外して欲しいと思うが、今の自我崩壊直前の状態では難しそうに見えた。それに、茉莉は能力者の存在を祐人で知ったところであるし、もし、これからの話を聞かれたとしても、後でフォローできるとも思うので、やはり花蓮だけがこの場では邪魔ということになる。

 ところが、その花蓮は茉莉以外の全員から、ここからお引き取りしてもらいたいオーラたっぷりの視線を受けているにもかかわらず、まったく動じない。

 そして、まるで他人事かのように口を開いた。


「その後ろの壊れた女を先に何とかした方がいい」


 花蓮は祐人の後ろにいる呆然自失状態の茉莉を指さした。


「……。そもそも、なんで蛇喰さんがここに?」


「つまらないことに気づく男は、つまらない男の証拠」


「……」


「それに私も、今から話し合う内容を聞いた方がいい」


「は?」


 何を言っているのか? と、祐人だけでなく、全員がこの空気を全く読む気のない困った少女の扱いに困った。


「え……ちょっと待って! 今、祐人、何て言った!?」


 そこに瑞穂が、突然、目を大きくして大きな声を出す。


「え? 何って?」


「花蓮さんのことよ! 何て呼んだ?」


「うん? 蛇喰さんのこと?」


「蛇喰!? 蛇喰……。まさか! 花蓮さん、あなた……蛇喰家の」


 花蓮は瑞穂の方を向いてニマ~と笑う。


「え、え? 何? 何かあるの?」


 瑞穂の反応に祐人は首を傾げると、マリオンが驚くように瑞穂に顔を向けた。


「あ! 私も聞いたことがあります。確か、蛇喰家は有数の契約者の家系の……」


 マリオンのその説明に祐人や一悟、ニイナも驚き、花蓮に目を移す。

 ということは……花蓮は?


「私は別に隠していない。すぐに気付いてコンタクトをとってくると思ってた。なのに、全然、近づいてこなかったので……私は……とても寂しい思いをしていた」


 そう言うと花蓮はしょぼんと肩を落とす。


「し、知らないわよ! そんなの!」


「自己紹介で蛇喰と名乗っている。あそこで気付くのが普通。四天寺の人間が迂闊すぎ」


「あなたが、噛み過ぎて何を言っているのか分からなかったのよ! あなた「じゃばび」だか「じゃばば」としか言ってたじゃない。あなたが後で周りに花蓮でいいって言ったから名前だけしか知らなかったのよ」


「!」


 花蓮が瑞穂の言葉に驚き、体を仰け反らす。


「え!? 瑞穂さん、じゃあ、蛇喰さんって……能力者?」


 愕然としている花蓮を残念そうに見つめ、大きく息を吐くと瑞穂は応える。


「ええ、どうやら、この花蓮さんの言いようは、そのようね。蛇喰家は世界能力者機関の日本支部所属で世界でも有数の契約者の家系よ」


「えー!」


 これが? 祐人が花蓮に驚きの目を向けた。

 花蓮は鼻から息を出しつつ、偉そうに胸を張り、ニマ~と笑う。

 そして、自分に注目する祐人たちを見渡すように見返すと、腰に手をやりつつ口を開いた。


「私は機関所属のランクEの能力者。じゃばびがれん!」


「「「「……」」」」


 祐人たちは、舌を噛み、涙目で口を押さえる花蓮を、それぞれの表情で見つめた。



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