第136話 茉莉の向かう先②


 茉莉は祐人の背中を眺めつつ、昼休みのことを思いだしていた。

 祐人が、真剣な顔で話があるといった時点で、話の内容は予想でき、今、わざわざあんなことがあった屋上に誘ってきた時点で、それは確信に変わった。


 あの時……今日のお昼休みに茉莉は確かに屋上の出入り口の中にいた。

 お昼に祐人たちと別れてお嬢様がたと昼食に行き、その後、祐人のことが気になった茉莉は、適当に理由をつけて昼食を早々に済ませ、祐人たちがいるところを探したのだ。

 そして、祐人たちを探している時に、たまたま話しかけてきた生徒に祐人や瑞穂の居場所を尋ねたところ、屋上の方に向かったところを見たと言われた。

 生徒会に用事があると言っていて、何故、屋上に? と考えると、居ても立ってもいられなくなった茉莉はすぐに屋上に向かったのだった。

 茉莉は屋上に到着し、ドアのノブを掴むと、ドアの外から聞こえてくる話声に目を大きく広げた。

 何故なら、その話の内容が呪詛やら呪いやらというものだったからだ。

 この時の茉莉は……


(もしや! この祐人の友人というお嬢様たちは……祐人の中二病仲間!)


 と考え、ドアの前で脱力を起こす。

 しかも、それを真剣に話し合っているではないか。

 また、この時に一悟やニイナも一緒にいることに驚いた。


 だが、茉莉はこの直後に信じられないものを見た、いや見てしまう。

 それは祐人が「みんな気を付けて!」と大きな声を張り上げた時だった。

 最初は自分の存在に気付かれたのかと思ったが、そういう気配はない。

 茉莉は一体、何が起こっているのか? と、ドアを数ミリ単位で……開けた。

 そこには、異様な仮面を被った大の大人に襲われている祐人たちが目に入る。

 しかも、素人の茉莉から見てもその相手は異常な、そして普通ではない、人たちであることが分かる。

 現実離れしたその姿、スピード、突然、空中に現れたことと言い、それは……自分が持っていた常識を根底から覆すと言ってもいいものだった。


 そして、何よりも……祐人だった


 祐人たちは、これら茉莉にしてみれば化け物のように見えるこの敵を、冷静に、瞬時に、そして完膚なきまでに撃退した。

 瑞穂とマリオンの魔法のような技にも驚いたが、この戦いの勝利に中心的な役割を果たしていたのが祐人だったと茉莉にも分かる。

 この時、茉莉は自分の身体が得体の知れない恐怖に震えて、思うように動かなかった。

 そこで……茉莉は思い出した。

 以前に吉林高校の近くの公園で……茉莉と静香が、祐人を重度中二病と断じた時の、あの時の祐人の話が……。

 そして理解した。


 あれは……嘘偽りのない本当の話であったことが……


 戦闘が終わり、茉莉はドアをそっと閉め……愕然としたように、その場に座り込む。

 そして、茉莉は力なく外から聞こえる祐人たちの話声に耳を傾けた。

 そこから、あの瑞穂とマリオンも祐人と同じ類の人間であることが分かる。


(同じ……類の人たち。あの祐人がバイトと言っていた、変な仕事も、この綺麗な人たちと知り合いなのも、これなら理解できるわ……)


 そして……今、茉莉は祐人と一悟が公園のベンチで話していた内容を思い出した。

 思い返せば、その時、祐人は力を使うと周りの人に忘れられることがある、と言っていた。

 この時は、自分は祐人を忘れたことがないこともあり、茉莉は何を漫画みたいなことを言っているのかと頭にきたものだった。


 だが、今は違う。

 この非現実的な状況と祐人を見たことで、祐人の言ったそれが、自然に受け入れられる。

 茉莉は、この瞬間に……茉莉の中にあった自分の知っている祐人と自分の知らない祐人が繋がりだす。

 茉莉は自分以外の人間が度々、祐人に対して突然、よそよそしくなっていたところを見たことがあるのだ。違和感は覚えていたが、その時の茉莉は、このことを深く考えもしていなかった。

 一悟は祐人に謝るほど、そのことを気にしていたというのに。


 茉莉の目から涙があふれて頬を伝わり、膝の上に落ちた。

 それは祐人のことを……祐人に一番近しいと思っていた自分が、祐人のことを知らなかった、気づいてあげられなかったという寂しさや罪悪感で泣いたのではない。

 いや、それもあった。

 だが、今の茉莉は、祐人のこれまで経験した、祐人の……祐人から見たこの世界に思いを馳せたのだ。

 それは……


 祐人は孤独ではなかったのか? と。


(もっと早く自分がこのことに気付いていれば……いや、せめてでも祐人が話してくれた時に信じてあげられれば……)


 祐人が人と面と向かって話をする時に嘘をつくような人間ではないことを一番知っているのは自分のはずではなかったか。

 それを自分は……祐人の話と常識を比べて、常識をとってしまった。

 それは当たり前で、他人から責められることはないだろう。

 だが、違うのだ。

 茉莉にとってそれは違う。

 何故なら、それが茉莉にとっての祐人であったのだから。

 誰がなんて言おうとそれが茉莉の知っている祐人だったはずだ。

 それを何故、自分は……。


 茉莉と祐人が、今のような関係になったのかは茉莉の中にある、ある思いが関係している。

 茉莉は自分の知っている祐人はもっと周りから評価されて良い人間だと思っていた。

 そして、その思いが強すぎた。

 そのため祐人本人が、周りからの低い評価を受け入れているということがどうしても嫌だった、許せなかった。

 自分の知っている祐人は、茉莉の中の祐人はそんな男ではないのだ。

 だから、祐人の引き気味だったり、自信のない態度を見るとイライラしてしまう。

 つまり、祐人を最も高く評価していたのは茉莉だったのだ。それは贔屓目もあったかもしれない。

 だが、茉莉にとってはそれが真実だった。それは口に出したり、自分から喧伝するのは恥ずかしくてできなかったが。

 そして……このことが、祐人を一番高く評価をしているこの少女が、最も祐人に厳しい理由でもあったのである。

 それは我が儘なのかもしれない。そして未熟であったのかもしれない。

 けれども、祐人に対し、祐人にだけは、このように思う……それが白澤茉莉という少女だったのだ。


 今……茉莉はこれまで祐人に投げかけてきた数々の言葉や態度がいくつも思い出される。

 普段から祐人には厳しくあたってしまう自分。

 そして……祐人が自分に告白をしてきた時に、それを断った自分とその時の祐人の顔。

 その直後に祐人の母親が行方不明になり、心労から体調を崩した祐人に同じ道場の門下生として、同じ中学の同級生としてしか、接することをしていない自分。


(私が祐人にしてきたことは……祐人を傷つけてばかり。祐人の孤独を思いやることもしないで……自分の考えばかり優先して)


 茉莉は両手で顔を覆う。

 その顔を覆う両手の下からも涙は途絶えない。


(これじゃあ、私は……)


 祐人が以前に見せた、自分に対する扱いが他の人たちと同じだったことを茉莉は思い出すと、とてつもない喪失感に心を塗り潰された。

 茉莉はこれ以上、この場所に留まることができず、勢いよく立ち上がると階段を走って降りていった。


 そしてこの時、もう一つ茉莉は自分が最高に馬鹿だと思うことがあった。

 それは……先ほどの祐人のことだった。

 あの恐ろしい戦闘に怯まず身を投じ、敵を圧倒しつつも冷静さを失わないあの祐人の顔。


 茉莉は……その戦っている祐人を見て、理解不能の状況にも関わらず、襲ってくるその敵を恐ろしいと感じていたにも関わらず、そして、祐人の言うことを信じてあげられていなかったにも関わらず……


 その祐人を心から……格好いい、と思ってしまったのだ。


 これは祐人と初めて出会った時……祐人の実家の道場で祐人の剣術を初めて見た時と同じ心のときめきだった。

 今の茉莉には、今、この時も流れている自分の涙の意味が分かる。また、他の女の子と仲良くしている祐人に感じる、イライラや不安も。

 茉莉は、この時、堂杜祐人という少年が自分にとってどんな存在であったのか、どんな存在であるのかを……理解した。

 そして、皮肉にも……それを知ったと同時に、それと同等の後悔と喪失感をも、一緒くたに感じてしまったのだった。


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