第119話 変わる日常

 日本でも有数のお嬢様学校である聖清女学院。

 数々の名家、資産家の子女たちが通うことで知られている女子高等学校である。

 この女子学院に今年度から新一年生として瑞穂とマリオンは在校していた。


「四天寺さん……ちょっと、お願いがあるのだけど、いいかしら?」


 瑞穂は自分の席でクラスメイトから声を掛けられる。

 今日の授業は終了し、部活動にも参加していない瑞穂は下校の準備をしていたところであった。


「うん? 何か……って秋子さん! どうしたの!? 顔色が悪いわよ!?」


「はい……ちょっと先程から体の調子が悪くて……」


「そんな、すぐに病院に行かないと!」


 瑞穂に話し掛けてきたのは、クラスメイトの法月秋子だった。瑞穂とは席も近く、秋子の天真爛漫な性格は、瑞穂も好意的に捉えていて、クラスの中ではマリオンを除くと仲良くしていた方の人物だった。

 その秋子の顔が、誰が見ても明らかなほど、青白く普通ではない。いつもの元気で血色の良い秋子の姿から、あまりにかけ離れていたことから瑞穂も驚いてしまった。


「はい……そのつもりなのですが、この後、大事な会議がありまして、生徒会のメンバーは全員出席なのです、それで……代役を四天寺さんに頼めないかと」


「そ、そんなことを言っている場合じゃ……ええ! 生徒会!?」


 お嬢様学校ではめったに聞けない反応を思わずしてしまう瑞穂。

 というのも、入学試験で優秀な成績であった瑞穂は入学当時から生徒会への参加を熱心に誘われていた。それで瑞穂はこれを何度も断っている。

 理由としては、もちろん隠しているが自分が能力者であり、いつなんどきに世界能力者機関からの依頼や少ないが直接、四天寺家に依頼も来るのか分からないからだ。それでは、役割を全うすることは出来ない。

 さらに言えば聖清女学院の生徒会はこの学校において非常に力のある組織であった。それは生徒の自治を強く推進している聖清女学院の校風にも起因する。また、在校している名家の令嬢たちである生徒の家からの寄付金等が相当額あるため、資金力もその辺の企業を凌駕するという、とんでも組織でもあるのだ。

 だが当然、それに応じて責任も重い。そういうことからも瑞穂は断っていた。

 また、もう一つ、瑞穂が生徒会からの勧誘を瑞固辞し続けた理由がある。

 それは……苦手なのだ。

 生徒会の面々が。

 いや、特に生徒会長。

 入学してから初めて生徒会室に呼ばれた瑞穂は、この生徒会長と会い、すぐに帰りたいと思った。ただでさえ人付き合いが上手い方じゃない瑞穂は、この個性が豊か過ぎるお嬢様生徒会長と関わっていくことは苦行そのものだった。

 しかも瑞穂の意に反し、その生徒会長にえらく気に入られてしまい、今でも勧誘が続いている。


「いや、それは私でなくても……」


「いえ、生徒会の準メンバーの四天寺さんが適任かと思いまして……」


 青い顔して調子の悪そうな秋子は体をフラッとよろけさせる。

 瑞穂は驚き、慌てて秋子の身体を支えた。


「あ、秋子さん! す、凄い熱よ……取りあえず、すぐに保健室へ! 先生にも伝えておきます。秋子さん、今日のお迎えは? マリオン、ちょっと手伝ってもらえる?」


 瑞穂が血相を変えてマリオンを呼び、マリオンも秋子の様子が変だと気づきすぐに肩を貸す。教室内でもその異変に気付きクラスメイトたちも騒然とし、お嬢様育ちであることからどうしていいものかとオロオロしてしまっていた。


「秋子さん! 大丈夫ですか!? 瑞穂さん、私が保健室へ連れて行きますので、瑞穂さんは先生に連絡を!」


「分かったわ!」


 慌ただしく、瑞穂とマリオンがそれぞれに行動し、秋子を保健室に連れていった。




 秋子を先生方に任せると、瑞穂は生徒会室に姿を現した。


「失礼いたします」


 瑞穂が生徒会室に入ると一斉に忙しそうにしていた生徒会メンバーたちがその手を止めて瑞穂に集中した。

 生徒会室の内装は絨毯で敷きつめられており、歩くと自分の身体がふわふわ浮いているような感覚を覚える。設置されているテーブルから椅子も普通の高校から考えると随分と高価なものだと見てすぐに分かるものだった。

 生徒会長の榮倉昌子(えいくらまさこ)は瑞穂が中に入ってきたのを見ると目を丸くして、豪奢な生徒会長席から立ち上がり、大袈裟に歓迎の意を示めす。


「まあ、まあ、まあ! 四天寺さん! ついに生徒会にご参加くださる、ご決心を!」


「あ、そうでは……なくてですね」


 興奮した昌子は瑞穂の両手を握り、顔をおでこが付きそうなくらいに近づけてきたので、瑞穂は自然と体を反らしてしまう。


「わたくしは待っていたのです! ああ、今日は何て素晴らしい日でしょう! それはまるで、枯れ果てた荒野に蝶が舞い降りてきた気分ですわ!」


「か、会長、そんな状況はあり得ないですから……」


 瑞穂は、この超純粋培養された超お嬢様の昌子がどうも苦手で仕方がない。

 昌子は瑞穂のツッコミなど耳に入らぬといった様子で放っておくと一緒にワルツを踊らされそうだと、距離をすぐにとり、法月秋子の容態やその代役できたことを伝えた。


「な、法月さんが? なんとお労しい……」


 その話を瑞穂から聞くと、途端に、昌子は世の終わりのような表情になり、体をよろけさせる。


「「「「「会長! お気を確かに!」」」」」


 一斉に生徒会メンバーが駆け寄り、昌子を支えて励ましの言葉を投げかける。

 ようやく落ち着いた昌子はハンカチを片手に涙を拭いつつ、顔を上げる。


「ああ、皆さん、申し訳ありません。こんな時こそ会長の私がしっかりしないといけませんね。そうです、法月さんの分まで、私が頑張りますわ! 皆さん、後で一緒に法月さんの見舞いに参りましょう! ああ、お見舞いの品は何がよろしいかしら……」


「あ、会長! 法月さんは羊羹がお好きでしたわ!」


「まあ! では寅屋(とらや)の羊羹をご用意いたしましょう! それとどら焼きも美味しいですわ。それらを詰め合わせて……」


「「「「「はい!」」」」」」


「……」


 瑞穂は脱力したようにこの状況を見つめてボソッと独り言。


「だから苦手なのよ……ここは」


 その後、瑞穂は秋子が言っていた重要な会議に代理で参加することが了承されて、生徒会メンバーと共に理事長室の隣にある会議室に向かった。


「会長、本日の重要な会議というのはなんでしょうか? どのような議題なんですか?」


 正直、代理とはいえ、ただ参加するだけになるだろうと思いながらも、瑞穂は昌子に尋ねた。途端に昌子は顔を引き締める。


「四天寺さん、今日の会議はとてもとても重要な案件を話し合います。それは、この聖清女学院の今後を変えかねないものです」


 昌子のその真剣な顔に相当な重要議題だと言う雰囲気が瑞穂に伝わってきた。


「それは……私のようなものが参加してよろしいのでしょうか?」


「はい、四天寺さんは法月さんの代理ですし、生徒会のメンバーでもありますから、当然です」


 いつの間にかメンバーにされていた瑞穂は、顔を引き攣らせる。


「ですが、内容は内密にお願いします。今日、話し合う議題というのは……」


「はい」


 瑞穂は緊張気味に返事をしつつ、昌子の横顔を見る。

 会議室の前に到着し、昌子は会議室の扉に手をかけ、瑞穂に顔を向けた。


「今日の議題は……聖清女学院が将来、共学化するというものですわ」


「ええ!?」


「「「「「お静かに! 四天寺様」」」」」


「も、申し訳ありません」


 あまりに想像を超えた話に瑞穂は思わず声を上げ、他のメンバーに注意されてしまう。

 昌子はまだ誰も来ていない会議室に入り、自身の席に着いた。


「ですが、本当なのですか? そのお話は……」


「はい、この後、説明が入りますが……この名門の聖清女学院の取り巻く環境も色々と変わってきました。それで、今すぐにではありませんが、当学院は真剣に将来の共学化を考えています」


「そ、それは……確かに重要案件ですね」


「ですが、当然でありますが、いきなり共学化をしてしまいますと、当学院の淑女たる生徒たちも驚き戸惑うことは必至です。私も人のことを言えませんが、やはり、殿方に免疫がありませんから……」


 それはそうだろうと瑞穂は思う。これでも周りに比べれば、家族ではない異性に触れる機会の多い方の瑞穂でも、戸惑う内容だ。超のつくお嬢様しかいない、この学院の生徒たちでは、混乱を起こしてしまうのではないか。


「ですので、そのための準備期間を設けるというのが、現在の方向性です」


「そこまで話が進んでいるのですか……。準備期間というのは、一体、どんな準備を?」


「それは厳正かつ慎重に精査して、当学院にまず短期間ですが、選ばれた生徒をお招きします。もちろん、学力もあり、当学院の方からの推薦が必須事項ですが……」


「選ばれた生徒? そ、それは、まさか……」


「はい、そのまさかですよ、四天寺さん。当学院は短期間ではありますが数名の殿方……男子生徒をお招きして、試験的に当学院に通って頂きます。それで、当学院への影響を見ます。完全な共学化はだいぶ先になるでしょうが……。OGの方々や保護者会への根回しも半分ほどは済んでいます」


「だ、男子生徒……ですか」


「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、四天寺さん。いえ、正直に言いますと私も怖いです。今も実は手が震えてしまっていますから……。ですが、この試験的な試みは、ほぼ決定事項です」


 本当に怖いのだろう。昌子は自分の右手を左手で握りしめた。


「ですので特に重要なのは選定方法と選定される殿方の気性だと私は思っておりますわ」


「そうですね。あまり豪気な方ですと、皆、怯えてしましますし……。できれば、大人しくて無害な……ハッ! 会長!」


「ど、どうされたのですか? 四天寺さん、顔が真っ赤ですわよ?」


「す、すみません。ちょっとお伺いしたいことがあります!」


 瑞穂の剣幕に、超お嬢様の昌子は気圧されてしまう。


「な、何ですか? 四天寺さん」


「たとえば! たとえばなのですが……お招きする殿方の人物像としてですが、人が良くて、無害で、押しが弱く、横に綺麗な少女がいるのに自分にはどうせ関係ないと思っていて……でも優しくて、強くて、一緒にいるとイライラする殿方はどうでしょう?」


「最後だけ良く分かりませんが……」


「どうでしょう!?」


「は、はい、そうですね……最後の以外はよろしいんじゃないでしょうか?」


 瑞穂の顔が興奮に染まっていく。

 鼻息も荒い。

 満面の笑み。

 生徒会メンバーは瑞穂の変化に、汗を流した。


 直後、会議室の扉が開き、理事長以下の数名の教師が入ってきた。


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