第111話 帰還④

 祐人は自宅の門の前に帰ってきた。

 もう辺りは暗くなってきている。


「ふう、やっと着いた。やっぱり、こんなボロ家でも帰ってくれば、自分の家なんだな~って思うよ」


 一息ついたように、祐人は顔を和らげた。

 祐人は大きいがみすぼらしい門を開けて、中に入って行った。


(みんな、いるかな? 今回のお礼をしなきゃね!)


 祐人は、そう考えながら、取りあえず仮自宅のテントに荷物を置きに向かうのだった。




 この数刻前、祐人たちは空港に着くと、四天寺家の従者である神前明良が瑞穂とマリオンを車で迎えにやって来ていた。ここで初めて祐人は、マリオンが瑞穂の実家に住まわせてもらっていることを知って驚いた。

 瑞穂は祐人に自宅まで送っていくと提案してくれたのだが、祐人はそれを断り、一人電車で帰ってきたのだった。

 瑞穂は祐人がここで別れると言うのを聞いて、一瞬、不安げな顔をしたが頷いてくれた。

 だが、この別れ際に、瑞穂とマリオンに3つのことをきつく何度も言い渡されている。

 一つ目は、今回の報酬で必ず携帯電話を購入すること。

 二つ目は、当然、その連絡先を教えること。

 三つ目は、ミレマーでした約束通り、通っている学校名、自宅の住所を教えること。

 祐人は二人の異様な気迫に気圧されて何度も頷いた。

 取りあえず、一つ目、二つ目は、瑞穂とマリオンの携帯の連絡先を先に渡されたので、祐人が携帯を購入し次第、速やかに連絡することになった。

 三つめは、別にその場で答えられるものだったので、蓬莱院吉林高校に通っていることと、現在の住所を紙に書いて渡した。

 瑞穂とマリオンはその紙を食いつくように確認し、祐人を見ると、ようやく無罪放免となり用意された高級車に乗る。

 この三人のやり取りを横で見ていた明良は信じられないものを見た、という表情をした後、ニヤ~と嫌な笑みを見せていた。


「じゃあ、瑞穂さん、マリオンさん、今回は本当にありがとう!」


「そうね、あなたには本当に苦労させられたわ」


「祐人さん、必ず連絡くださいね!」


「分かった!」


 三人はお互いに、そう言葉を交わすと、明良の運転する車が動き出し、祐人は車が見えなくなるまで、見送った。

 発進した車の中の後部座席に瑞穂とマリオンは座り、まだいる祐人に振り返った。


「ふうー、まったく……携帯ぐらい持ってなさいよ。あいつは」


「ふふふ、でも、今回の報酬で携帯が買えるって言ってましたから……。連絡を待ちましょう、瑞穂さん」


 そう言い、マリオンは瑞穂を宥めた。

 すると、運転席の明良から声が掛かった。


「彼は同期ですか? いや~、まさか瑞穂様がミレマーで彼氏を作ってくるとは思いませんでした。これは今日は家を挙げてお祝いしないと!」


 明良の明るく大きな声に瑞穂が、驚愕し顔が真っ赤に染まる。


「な! ななな何を言ってるの! 違うわよ! あいつは……!」


「そうです! 明良さん、違います! 瑞穂さんの彼氏でも何でもありません! 他人と言っても過言ではないです!」


「何ですって!? マリオン!」


「瑞穂さんが自分で言ったことです!」


「他人とまでは言ってないわよ!」


 二人の少女の反応に、明良はわざとらしく、さらに驚いたような声を上げる。


「あれ~? 違うんですか? じゃあ、マリオンさんの恋人?」


「え!? そ、そんな恋人とか……まだ……いや、でも、そんな日が……」


「永遠に来ないわよ! そんな日は!」


「な!」


 マリオンが涙目で、瑞穂を睨む。

 後部座席が賑やかになり、明良は本当に楽しそうにしている。これは、四天寺家の屋敷に着くまで退屈しないとニヤニヤしていた。

 だが、明良の頭に瑞穂の実父の毅成の顔がよぎると、あ~あ、と残念そうな表情に変わる。


(こりゃ、瑞穂様もその相手も大変ですね。ふーむ、ちょっと、お節介かもしれないですが……朱音(あかね)様に、それとなく伝えておきましょう。マリオンさんもこの様子だと……公私ともに瑞穂様のライバルみたいで喜ばしいですね)


 四天寺朱音は瑞穂の母であり、四天寺家の良識とも言われている人だ。内密だが、四天寺家の従者たちからは、毅成ストッパー、とか、瑞穂コントローラー、とも言われている。この呼び名は、従者たちの間でも最高機密に属するものだ。

 この時、二人の少女が後部座席を騒がしくしていたが、瑞穂の携帯が鳴った。


「え……? 誰かしら? この番号はまったく知らないけど……」


 瑞穂は見たこともない番号に、不思議そうな顔をするが、取りあえず出てみる。


“もしもし……瑞穂さん、ですか? ニイナです”


「ニイナさん! ええ、瑞穂よ!」


 横で瑞穂の言葉にマリオンも驚き、瑞穂に集中した。

 だが、内容は意外と他愛もないもので、今回、お別れの挨拶が出来なかったことの謝罪から入り、今後も友人として連絡を取り合いたいというものだった。

 瑞穂はニイナの申し出に快く、嬉しそうに応じ、その後、マリオンにも代わったり、今のミレマーの話から、お互いの日常の話まで大いに盛り上がる。

 やはりこの辺は、国が違っても同世代の女の子同士だった。


“じゃあ、また瑞穂さん。また、お会いできることを楽しみにしてます”


「うん、そうね、日本に来る時があったら、必ず連絡ちょうだいね」


 すでに、瑞穂の話し方も若干くだけている。


“はい、もちろんです。では……”


 電話を切ると、瑞穂とマリオンは顔を見合わせて微笑した。




 瑞穂たちは四天寺家に向かう前に、一端、新宿に寄り、世界能力者機関日本支部支部長の大峰日紗枝と面会し、今回のミレマーでの任務終了の報告をした。

 日紗枝は瑞穂を見るや否や、抱きつき、今回の任務の労をねぎらった。

 やや、大げさな日紗枝の態度に瑞穂は戸惑い気味になる。


「ありがとう! 瑞穂ちゃん! 今後の運営資金も守られたし! 良かったわ! 本当に良かった。スルトの剣の名が出たときは肝を冷やしたけど、さすがは将来の日本支部のエースだわ! 二人ともよく頑張ったわね! 運営資金も守られたし、天衣無縫もザマみろよ!」


 後ろで秘書の垣楯志摩も涙をハンカチで拭っている。

 運営資金? 何があったのかは分からないが、まあ喜んでくれているので放っておくことにした瑞穂。

 そこで瑞穂とマリオンが日紗枝と秘書の志摩に必ず伝えておこうと思っていたことを言った。


「日紗枝さん、今回の任務ですけど、増援を送ってくれてありがとうございました。3人でなければ、今回は切り抜けられなかったと思います」


「そう、気にしないで……え? 三人? あ、そう言えば……そうだったわね。あれ? 誰を送ったんだったっけ? 志摩ちゃん」


「え!? あ……すみません。今、調べます」


 瑞穂とマリオンは、やはり、という顔になる。


「ランクDの堂杜祐人という私たちの同期です」


「あ、ありました。確かに派遣しています! 堂杜祐人ランクD……確かに瑞穂さんたちの同期ですね。……申し訳ありません、すぐに名前が出ませんでした」


「うん? 志摩ちゃんも疲れてたんじゃないの? スルトの剣やら……色々なこともあったし」


「はい……いえ、こんなことがないようにしてはいるのですが……申し訳ないです」


 瑞穂は日紗枝に顔を向けた。


「今回のミレマーでの任務で彼の働きは、非常に重要でした。これは贔屓目ではなく、彼がいなかったら……私たちはここにいなかった可能性すらあります」


 瑞穂の報告に日紗枝と志摩は驚く。


「え!?」


「大峰様、瑞穂さんの言うことは事実です。彼はランクDでありながら、その実績は私たちと同等以上だと言えます。そして……その実力も……です」


「な、何を言っているの、二人とも。どうやらこの子が相当、活躍したようだけど、ランクはDよ? それがランクAのあなたたちと同等以上だと言うのは……」


「事実です、日紗枝さん。もし、1対1で彼と戦えば、私は彼に勝てる気が全くしません」


「な!」


 日紗枝は瑞穂の話に二重に驚いた。まずはその話の内容。もう一つは、あの四天寺瑞穂が、それを言ったということだ。

 日紗枝の知る瑞穂は、まず人を認めることが中々ない少女だった。それは瑞穂の実力を考えると仕方のない事だとも思っていた。だが、今の瑞穂はそうではない。瑞穂の顔から幼さが取れたような落ち着きさえ見える。


(ミレマーで何があったか分からないけど……とても良い兆候ね。こちらが考えているよりも、とても大きくなって帰ってきたわ。それと、そのランクDの子……気になるわね。そこまで瑞穂ちゃんに言わせる子は一体……しかも、瑞穂ちゃんのこの成長にも影響を与えているのは間違いなさそうね……)


 日紗枝は真面目な顔になり、大きく頷いた。


「報告、よく分かったわ。こちらでも、その点はよく見ていきます。その堂杜君にも今度、会う機会を作ろうと思うわ」


「ありがとうございます」


 日紗枝の言葉に瑞穂とマリオンはホッとしたように頬を緩めた。

 この二人の将来のエースの反応を見て、日紗枝は内心、さらに驚く。日紗枝は、余計、そのランクDの少年に興味が湧いた。

 それは横にいる志摩も同じだった。このままでいけば日本支部の幹部はほぼ間違いなく、それどころか成長次第では機関そのものを背負って立つかもしれない逸材の二人に、ここまで言わせる少年というのは……。

 日紗枝は、瑞穂とマリオンを見渡し……決心したように口を開いた。


「……そうね、一応、機密事項だけど関係者でもある二人には伝えておきます。そんなに遠くない将来にはあなたたちの機関での役割は大きくなるわ、そのことを見据えての情報共有だと思いなさい」


「……はい」


「今回のミレマーでの一連の出来事は、機関本部の取り扱いで詳細に調査が入ることになったわ」


「!」


 瑞穂とマリオンの目に力が籠る。

 日紗枝はその二人の緊張感を感じながら話し続けた。


「それはそうでしょう、これだけの騒ぎよ。今、この事実隠しに機関、各国が総出であたっているわ。それと調査が入る理由には相手がスルトの剣ということもある。ずっと追ってきたのにも関わらず、今回のこれを見逃していた機関にも責任があるというのもあるのだけど……実は、ちょっと、分からないことが多すぎるのよ。それも、些細な事ではないものが……ね」


 日紗枝は志摩から資料を受け取り、その書類に目を落とす。


「まず、一番の謎はスルトの剣が倒されたという事実よ。これが何故なのか、分かっていないの。仲間割れか、他の組織の介入か……今のところ、まったくの不明。これ自体、異常ね。それと、スルトの剣の今回の動き……運よく壊滅したからいいものの、やや性急にも見えた。ただね……本当に性急だったのか? というのが問題よ」


 瑞穂が日紗枝の言いように眉を顰める、マリオンが反応する。


「それは……実は、計画通りで、あのまま進んでいれば、次のステップが敵にあったと? いえ、もしくはスルトの剣に連動して動く他の組織や能力者がいた可能性があったと支部長はお考えなのですか?」


「……まだ、分からないわ。だから調査が厳密に入るのよ。まあ、それを前提に進めていくでしょうね、調査とはそういうものよ」


「……」


「それと、そのスルトの剣を倒した存在……。これが一番の問題よ」


 瑞穂は日紗枝の言うことに、目を広げる


「え? 日紗枝さん、それは?」


「まあ、当たり前でしょう。まず、その存在が組織なのか、個人か……いずれにしても、とてつもない存在であることには変わりはないわ。この存在がどのような理由でスルトの剣と対立したのかも……機関にとっては重要な事だわ」


「……」「……」


「まあ、そういうことだから一応知っておいて。というのも、あなたたちもミレマー現地にいた当事者として、何かレポートが入る可能性も含めてね。あ、あと、その……何だっけ? そうそう、堂杜君にもね」


 相当に大事なことになっていることに、瑞穂とマリオンは緊張と驚きを隠せないが、スルトの剣を倒した存在、の話題になってからは、実は途中から聞き流していた。

 瑞穂は、今回のミレマーでの事件……その中身が詳細に解明された時、このこむずかしく考えている機関の大人たちは、どう思うのだろう? と考え、同情してしまう。


 何故なら……


 そのスルトの剣の壊滅の理由は……ある少年の偽善と酔狂によるものなのだから……。




 日紗枝から一応、今、言ったことは内密に、と言われ、瑞穂とマリオンは頷き、四天寺家に帰還した。



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