第73話 敵襲⑥
祐人はマットウの護衛部隊のいる場所に急ぐ。祐人の足で行けば10分かからないはずだ。
その時……祐人の左前方から大きな振動と衝撃音が響てくる。
「あれは! クッ!」
(これは霊力と魔力がぶつかり合う衝撃音だ! この大きさ……相手は小物じゃない!)
やはり敵の大物の召喚妖魔が来ている。そして、今、瑞穂たちは交戦状態であると祐人は確信する。
(急げ! 急げ!)
祐人は唇を噛みしめて、木々の間を抜けていく。
それと同時に祐人は臍下丹田に仙氣を練る。その仙氣は祐人の体中から吹き上げると、祐人の体に纏うように全身を循環し、循環するたびにその仙気は昇華されていく。
その仙氣は霊的な力を持つまでに昇華され、この世のものならざる者たちをも粉砕できる能力を祐人に与えた。
今、祐人の顔は幾千の戦場を掻い潜ってきた戦士のものである。堂杜家管理の魔來窟という洞窟を通り、辿り着いた魔界と呼ばれる異世界で経験した数々の死闘が、祐人を一流の戦士に育て上げた。
そこで……祐人は数々のもの得て、数々の掛け替えのないものを失った。そして、祐人はその過程で驚異的に成長をしたのだ。本人が望むと望まざるに拘わらず……。
だが……、
(僕は! 失うために強くなったんじゃない! 本気で行く!)
祐人は目を見開くと声を上げた。
「来い! 陰陽の刃、倚白(いはく)!」
祐人の声に呼応するように、祐人の手首の辺りから落ちてくるように美しい白金の鞘に納められた一振りの刀が現れ、祐人の右手に握られる。
その忽然と現れた白金の鍔刀の鞘を逆手に持ち、祐人は目前のマットウの護衛部隊いる地点に突き進んだ。
祐人との2回目の交信の後、瑞穂とマリオンは祐人が可能性を示唆していた敵の大物召喚妖魔に注意しつつ、部隊の前面、北側から来る魔狼とガーゴイルに対処していた。
「来て……大地の精霊……。はあ! 岩壁となれ!」
瑞穂が声を張り上げると、魔狼の群れが放つ咆哮の衝撃波は地面から空を突き立てるように現れた岩の壁に遮られる。
「天に仇なす喧騒は澄み渡る静寂とならん!」
すると瑞穂の土精霊による防御術の発動に間髪を入れず、マリオンの詠唱が終わる。
十数体の魔狼の上空から光が差し、まるでスポットライトを当てられたように魔狼の体を強い光が包みこむ。
その眩い光は魔狼の姿を影も形もないほどに照度が高まると、魔狼達の断末魔の叫びが消えると同時にその光も消えた。
この間にも瑞穂は得意の火の精霊術を駆使して、十数本もの炎の矢を頭上に浮かべ、部隊に迫る多数のガーゴイルに狙いを定める。
「行けー!!」
瑞穂は発声と同時に手を振り下げると炎の矢はまっすぐガーゴイルの編隊へ飛び去り、まるで誘導ミサイルのように次々とガーゴイル達を撃墜した。
瑞穂とマリオンは目を合わせて頷きあい、瑞穂は不敵に、マリオンはニッコリと笑い合った。
この瑞穂とマリオンの息の合った連携攻撃とその火力は北側から迫る敵の妖魔をほぼすべて撃滅した。
「「「うおおおーー! やったぞ!」」」
味方のマットウの兵士たちから雄叫びが上がり、北側の敵の脅威が去ったことで一気に護衛が楽になり、兵士たちの士気も跳ね上がる。
戦場の均衡が崩れた瞬間だった。
装甲車の中にいるマットウに全体の兵の動きを逐次報告している参謀たちも喜色の顔でマットウに振り返り、マットウも大きく頷くことでそれに応じた。だが、マットウは先程、テインタンを通して瑞穂から受けていた敵の大物召喚妖魔が来るという警告を忘れてはいなかった。
「注意を怠るな。瑞穂君が言っていた敵の大物が来る可能性がある。その旨を全部隊に伝えろ」
「は、はい! 了解いたしました!」
気の抜けかけた通信官はマットウの指示を通達する。
だが……それよりも早く戦場は動いていた。
「行けるぞ! 西側の敵はこちらで食い止められます!」
「南側もOKです! ロケットランチャーであの汚いガーゴイルの野郎を叩き落とせ!」
それらの他の部隊の動きに合わせて勝負どころと見たマットウ本隊の東側に展開する第6、第7、第8部隊の隊長も攻勢にでた。
「我々も行くぞ!」
マットウ本隊の東側に展開する部隊は連携して、中距離攻撃をしてくる魔狼をうまく半包囲して追い詰め、上手くこちらのクロスファイヤーポイントに誘い込む。このチャンスを逃さんと火力を集中し、マットウ護衛大隊の東側から襲ってきた魔狼の群れの駆逐を開始した。
先程の瑞穂とマリオンの攻撃でマットウの護衛部隊は完全に優位に立ち、その士気も最高潮。一気に畳みかけにいく。
その様子を見て、顔色を変えた瑞穂はマットウの兵たちに大声を上げる。
「みんな! 今は前に出ないで! 強力な敵が来るわよ! テインタンさん!」
「分かっています! 四天寺様!」
瑞穂はテインタンを通して、敵の大物召喚妖魔の警鐘を鳴らすように言い、テインタンも各部隊に連絡を飛ばす。
しかし、敵の恐怖とも戦ってきた兵士たちは、この眼前の勝利の予兆に酔っていた。または開放感のようなものが兵たちの心を覆い、それが兵士たちをより高揚させ好戦的にさせていた。
そのため、マットウとテインタンからの指示が確実に各部隊に浸透するころには、兵たちは敵を夢中で追いかけ、森の奥まで進出してしまっていた。
その時である……。
明らかに異常で大きな地響きが聞こえ、部隊全体が前のめりになった兵士たちが思わず、動きを止めて呆然とし、互いの顔を見合わせてしまう。特に部隊が先行してしまった東側から、山林の木々をなぎ倒しつつ何かがこちらに近づいて来ていた。
「瑞穂さん!」
マリオンが瑞穂に顔を向ける。
「ええ! まずいわ! テインタンさん! 早く東側の部隊を後退させて! みんなが危ない! これでは援護も攻撃も出来ないわ!」
「もうやってます! おい! 後退の信号弾も上げるんだ! 第6、第7、第8部隊、後退しろ! 急げ! 後退しろ! 本隊に戻ってこい! 繰り返す……」
瑞穂は拳を握り、味方の兵の安否を気にかけた。だが、自分たちの任務はそれだけではない。
「グエンさん! 祐人から連絡は!?」
「はい! まだ来てません! こちらから連絡しますか?」
「……いえ、いいわ。今は祐人の仕事を邪魔するわけにはいないわ」
「は、はい、分かりました」
グエンも兵士だ。緊張はしているようだが、自分のライフル銃を東側に構えつつ、背負っていた無線機のパックを足元に下ろした。
やや瑞穂たちから離れたところでテインタンは全部隊に後退の指示を出しつつ、その耳は「祐人の仕事」というところに反応し、グエンの下ろした無線機に一瞬だけ目をやった。
瑞穂は部隊の東側を睨む。どんな奴か分からないが、今、凄まじい魔力を持った何かをしっかりと感じ取っていた。マリオンも瑞穂と同じように険しい顔して部隊東側から500メートル先にある大木が倒されていくのを見つめていた。
このままでは逃げ遅れた兵たちが危ない。しかし、もうすぐ祐人からの連絡が来るタイミングだ。今は作戦上、瑞穂もマリオンも動けない。ここで動けば今後、敵能力者に対しての直接攻撃の機会がいつ来るか分からないのだ。
東側の前方から銃声に交じり兵士たちの怒号と悲鳴が響いてくる。瑞穂とマリオンはハッとしたようにその悲鳴の聞こえてきた方向を見た。
思わず……瑞穂が東側の山林の中へ歩みだすと……グエンがその瑞穂の腕を取った。
「ダメです、シテンジさん。どんな作戦かは知らないですが、あなたはドウモリさんの連絡を待たなければならないのでしょう? 今、あいつらを助けに行って、その作戦を台無しにしてしまう可能性があるのなら、ここは我慢するべきです。あなたたちの任務はマットウ将軍の護衛なんですから」
瑞穂は驚いたようにグエンの顔を見た。グエンは真剣な顔で瑞穂を見つめている。
グエンも覚悟を持ってこの場にいる。グエンにとって味方の被害は戦友を失うことを意味しているのだ。だが、戦場では時に優先順位を明確にし、非情にならなければならない。そうでなければ、兵の犠牲までも無駄になってしまう。
確かに、瑞穂が持ち場を離れ、祐人からの連絡を受け取るのが遅れてしまうことで、敵への攻撃がうまくいかない可能性は考えられた。作戦は祐人の連絡と同時に術の発動準備の開始である。そして敵能力者に対し速やかに強力な一撃を与える。簡単に言えば、これが作戦の骨子だ。
だが、もし連絡後に瑞穂の攻撃がもたつく場合、敵が場所を移動させる可能性もなくはない。瑞穂はグエンを見つめ、グエンの……いや、マットウに属する兵の覚悟を感じた。
「グエンさん……」
瑞穂は戦場の兵士というものがどういうものか、少しだけ理解することが出来た。で、あるが故に、力のある自分の責任の重さと戦場の持つ兵士たちへの冷徹さに唇を噛みしめる。
マリオンはこのグエンと瑞穂のやり取りを見つめて、覚悟を決めたように一歩前に出た。
「瑞穂さん……私が部隊の後退の援護に行きます」
「え!? マリオン」
「瑞穂さんはここで祐人さんからの連絡を待つのと、マットウ将軍の護衛をお願いします」
「でも、それじゃあ!」
「いえ、そもそも、この作戦の肝は祐人さんと瑞穂さんです。祐人さんが敵能力者の場所を特定、そして瑞穂さんが強力な一撃を与える。その間、私は万が一に備えてのマットウ将軍の護衛です。でも今は、あの東側から迫る敵以外はほぼ駆逐しました。それに、あの敵を相手にしていては、瑞穂さんは敵能力者への攻撃の術に専念できません」
「でも、危険すぎるわ! どんな敵かも分からないのよ? それにこの魔力量……マリオンも感じているでしょう!?」
「ふふふ、瑞穂さんだって、さっき一人で行こうとしてたじゃないですか。大丈夫です、瑞穂さん、私もランクAですよ? そこら辺の妖魔ごときには後れを取りません。それに……」
マリオンは、その優し気な顔に強い意志の籠った目で、敵の妖魔がいるであろう方向に顔を向ける。
「この敵の……人の命を何とも思わないような戦い方。自分たちは安全なところに身を隠し、あざ笑うかのように攻撃をしてくる……このような連中は許せません。私がお仕置してきます」
瑞穂はマリオンの目を見る。マリオンも瑞穂を見つめ返した。
「……分かったわ。じゃあ、お願いするわね、マリオン。あそこにいるみんなを援護して、できるだけ多く救出して!」
「もちろんです。 皆を後退させて、瑞穂さんと祐人さんが敵能力者を倒す前に、こちらも済ましてそちらに向かいます」
瑞穂とマリオンは頷きあうと、マリオンは東に向かい走り出した。
「シテンジさん、いいんですか? シュリアンさんを行かせて……」
グエンは心配そうにマリオンの消えた山林の方を見つめる。
「ええ、大丈夫ですよ、グエンさん」
瑞穂はグエンに自信に溢れた顔で答えた。
「いつもマットウ将軍のすぐ近くから動かさずに護衛を任せていて、私は忘れていたわ……」
瑞穂はこの少女には珍しく、自嘲気味に笑う。
「マリオンはエクソシストにして機関の誇るランクAの能力者。それはまさしく、敵妖魔の天敵だったじゃないの……」
今回の依頼で、瑞穂は学ぶことが多いと痛感する。
祐人の持つ現状の把握能力、高い判断力にも関わらず徹底した慎重さ。マリオンの冷静さと指示されたことを確実に実行する安定感。
そして、今回、何よりも瑞穂が学んだことで大きかったことがある……。
それは、瑞穂自身の視野の狭さ、柔軟さの欠如、そして、敵も味方も過小評価する癖……。
このことを知ることが出来たのが一番の収穫だと瑞穂は心から思う。瑞穂は自分の欠点を知って喜んだのは初めてのことかもしれない。今までなら、自分の欠点が見えても、目を逸らし、認めず、怒り、自分を誤魔化したかもしれない。
だが、瑞穂は自分の欠点を知ることで……そして、それを認めることで、目の前の光景が広く、明確に見えるようになったような気分だった。
今まで人との関わりあうことを苦手としていた瑞穂は、人と対等に関わることで自分自身を知るきっかけを掴んでいた。そのことに本人はまだ気づいていないが……。
この少女は今、一段階上に……脱皮しようとしていた。
グエンは瑞穂の表情から一人前の大人の顔を見た。グエンはさっきまで、自分の子供と同じような年齢の、ましてや少女たちに守られているというのは忸怩たる思いもあった。
だが、今の瑞穂の表情を見て、その判断を信じる気になった。
グエンは、であるならば今は自分のできる最大限のことをするだけだ、と考える。瑞穂とマリオンの話から祐人との密な連絡がこの度の作戦のカギとなるようだ。
グエンはそう思い、先程、地面に置いてきた無線機のパックをいち早く連絡が取れるよう常に背負うことにし、取りに戻ろうとしたところで大声を上げた。
「あああ! シテンジさん! 無線機が!」
「グエンさん? どうしたんですか?」
「無線機が……無くなってます!」
「何ですって!?」
祐人と瑞穂たちを繋ぐホットラインでもある無線機がこの僅かな時間に無くなっていた……。
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