第61話 一悟の受難②
月曜日の朝、いつもよりも非常に早く一悟は登校してきた。
校門に着くと、まだ門は開いておらず、部活の朝練に来ている生徒たちが数名、門が開くのを待っている。その生徒たちはおそらく、毎日この時間に登校しているのだろう。
だが、一悟は違う。一悟は部活には参加していない。
実は一悟は、祐人のためにこんなに早く登校してきたのだ。
今日、祐人は世界能力者機関なる組織の依頼でミレマーという国に行っているはずだった。しかも、そのことを学校には伝えていない。つまり、学校側から見たら、見事にずる休みなのである。
だが、一悟は唯一、祐人の事情を知る人間だ。
祐人が能力者であること、生活が困窮し、どうしても今は収入を確保する必要があること、また、祐人の実家、堂杜家の成り立ちや祐人が大きな力を振るう時の反動と、すべて祐人から聞かされた。
そのため、一悟は祐人の親友として、何とか今回の祐人のずる休みのフォローをするつもりでいたし、その約束も祐人としていた。一悟は約束に対して律義な男だった。
一悟は、今回の祐人のフォローをするのに最大にして、最恐の障壁がいることを知っている。
それは一年D組の担任、高野美麗だ。一悟は、この超強敵に対し、今日から六日間も祐人を庇い続けなければならない。まさに、インッポシブルな課題だ。
とにかく一悟は、この難題に対し、夜通しで考えたプランを実行すべく、こんな早朝に学校に来た。まずは、クラスメイト達を巻き込んでおきたい。少しでも有利にプランを進めるためだ。
そういう理由があり、一悟は、クラスの誰よりも早く学校に来て、クラスメイトで部活の朝練参加者も含めて、すべてのクラスメイトに話をすべく、この校門で待ち伏せることにしたのだ。
学校の警備員のオジサンが校門を開くと、一悟は、そこで一年D組のクラスメイト達が登校してくるのを待った。
一悟は、まずクラスの女子たちを味方にする必要があると考えていた。
女子さえ何とか味方にできれば、男どもなんぞ、どうにでもなると思っている。
今年の入学者は六対四で女子が多い。そのため、女子の権限は男子と比べて相対的に強い。
それに、高校一年の男子に女子と事を構える意味はないはずだ。今ここで女子を敵に回せば、今後の高校生活はそれは潤いのない、砂漠の中に生活するような地獄がやって来るリスクがある。
しかも、吉林高校の女子たちの容姿のレベルは高い。そして人数も多い。
これでは、どの男子も自身の今後の高校生活に夢想しても仕方ない。高校一年の男子という生態を一悟も熟知していた。
そして、この件だけに特化すれば、一悟には勝算があった。
一悟は自分でも思うに、女子との距離感の取り方が他の男子に比べてうまい。そのため、一悟は入学から少しずつ、女子からの人気を獲得してきた。
その分、男子の一部からは良く思われていないが、そんな雑魚共は女子の前にひれ伏すに決まっていると一悟は確信していた。
いつもは自然体が売りの一悟だが、今回は事情がある。ちょっと、強引にでも女子たちにはお願いをするつもりだ。
(こんなに必死になって、男友達のために働く俺の好感度は必ず上がる! ちょっと必死な感じくらいが丁度いい! ふふふ……そして、それは失敗しても同じこと……が言える)
祐人のためと言いながら、この辺はしっかり計算している一悟であった……。
が、だらしなくニヤついている一悟の視界に、ありえない人物がクラスの誰よりも早く登校してきた。
「うん? あれ? えーーーー!! 祐人!?」
今、一悟がまさに利用しよう……いや、助けてあげようとしている親友が身なり正しく、そして、姿勢良く鞄を持ち登校してきているではないか。
一悟は、驚きつつも、その祐人に駆け寄った。
「おい! 祐人! お前、何で!? 今日は来ないはずだったんじゃ」
「うん? 君は……。……御館様のご学友か? これはどうしたものか……」
「何を言ってんだ! 何だよ、世界なんたら機関の依頼に行ったんじゃないのか? 俺が昨日遅くまで考えた俺の好感度超上昇プランをどうしてくれんだ!」
一悟はそう言い、周りに聞かれたらまずいな、と校舎の裏まで祐人を連れて行く。それに付いて来た祐人は考え込むように何か言っている。
「ふむ、確か、こういう場合は……嬌子が言っていたな……」
校舎裏で一悟と祐人は二人きりになると、祐人は改まった口調で一悟に話しかける。
「いや、少年、申し訳ないが、今、私は体の調子が酷く悪い。できれば、一週間ほど放っておいてくれないか?」
「あ? 何を言って……うん? お前……」
一悟はこの祐人に違和感を覚えて、距離をとった。
「お前、祐人じゃねーな?」
「ほう……」
一悟に祐人ではないと言われた、その祐人は目を細くして一悟を見る。
一悟は祐人との付き合いは長い。ましてや、一悟は祐人とは親友の間柄とも思っている。その一悟にとって、今、目の前にいる祐人が、本当の祐人ではないことぐらいはすぐに感づいた。
それは先日の公園で、祐人に能力者であることを見せられ、聞かされた、ということが、この不可思議な出来事にも、ついて行くことができ、すぐに偽者と思い至った理由でもある。
そして、一悟がそれに気づくのにもう一つの理由があった……。
それは……
分かりやすかったのだ……とても。
大体、祐人に化けるなら、物腰から話し方まで真似ぐらいしっかりして来いと一悟は突っ込みたい。
この祐人は、祐人の姿でありながら……なんと言うか……そう、恰好が良すぎるのだ。
一悟だって、健康男子。女性にはモテたい。そして、それがどんなものなのかと、女性から評価される格好の良さ、というものを日々模索している。
それは、口には決して出さないが、男子高校生なら誰しもが考えている。
だが、この祐人は……あの地味で、その恰好の良さを追求していない、天然お人好しの祐人とは違いすぎた。
もう、表情、物腰からイケメンの持つ空気が一悟レーダーにビンビン伝わってくる。内面の格好の良さが、祐人の外見でありながら外面に良い意味で出てきている。
それは言うなれば、外見はそのままに祐人の格好の良さが、数倍に跳ね上がった感じだ。
「お前は誰だ。本当のダサい祐人はどうしたんだ? は? うぐ!」
そう言った一悟に、その祐人は瞬時に近寄ると、ものすごい力で一悟のブレザーの胸倉を掴み、片手で一悟を持ち上げる。
「貴様! 御館様をダサいだと? あの神々しいばかりの御館様に対して、その言質……万死に値する!」
「グ……は? 御館様? 神々しい? 祐人が?」
「そうだ! あのお優しい、この地上で最高にして最大の美の結晶だ!」
こいつは訳が分からん、と一悟は思うが……こいつが祐人の姿をしている理由にはならない。
そして、一悟は一瞬、不安がよぎった。
祐人は能力者だ。一悟の知らない世界で、知らない何かと関わっていることは想像できる。
そして、あの公園で見せられた凄技は、明らかに戦闘のために磨いていたであろうものだった。
(まさか、祐人はこいつに……)
一悟は、祐人がやられたのではないか? と想像すると、自分でも信じられないほどの殺意がこの祐人の姿をした偽物に沸いてくる。
「てめー! まさか、祐人を! 許さねー! 祐人をどうしやがった! てめー、俺のダチに何をしやがった!」
一悟は祐人の偽物に抑えつけられつつも、必死の形相で抗う。その目には、軽く涙も浮かべていた。
「……」
その様子を冷静に見ていた祐人の偽物は、一悟を離す。
「少年……御館様とは、どういった関係だね?」
「俺は祐人の親友だ! てめー! だから、祐人をどうしたって言ってんだ!」
一悟はこれでも腕っぷしには自信がある。だが、先ほどのこの偽祐人の動きで、自分より遥かに強いだろうことは分かった。
でも、そんなことは一悟に関係はなかった。今にも偽祐人に襲い掛からんと身構える。
すると、そこに偽祐人が視界から消えた。
「ん? あれ?」
よく見ると、その偽祐人が自分の目の前まで来て、跪いているではないか。一悟は訳も分からず、ポカンとしてしまう。
「誠に申し訳ありません! 御館様の親友に私は何てことを……」
「な、何? 何なんだ?」
「私の名は傲光。御館様の従者にして、親方様の盾と自任する者です」
何が何だか、良く分からずにしている一悟の前で、偽祐人が頭を垂れて謝罪している。
「え、えーと……じゃあ、祐人の敵ではないのか?」
「とんでもありません! 私は祐人様……御館様の僕(しもべ)でございます。御館様はそれを認めてくれず、友人と言って下さっていますが……」
偽祐人のあまりの変わりように、一悟も驚くが嘘を吐いているようにも見えない。思い出せば、さっきも祐人のことをべた褒めで、一悟が祐人のことをダサいと言ったから、激高したのだ。
(あれ? じゃあ、なんなの? こいつ……。祐人の仲間ってこと?)
「えっと……名前は……」
「傲光です。知らなかった事とはいえ、御館様の親友に手を上げてしまいました。この上は!」
そう言うと、傲光はどこから出したのか見事な短刀を取り出し、上着を脱いでワイシャツの前を開けて腹を出す。そして、その短刀を自らに向け、
「え? うわー! ちょっと、傲光さん! 待ってぇぇぇ!」
腹を切ろうとする傲光を慌てて一悟は止めに入る。
「止めないで下さい! これでは御館様に合わせる顔がー!」
「ダメですって! まずは話を! 話をーーーー!」
ようやく、落ち着いた傲光を前に、全身で息をする一悟は、どうしてこうなったのかを、傲光から聞くことになった。
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