第53話 同期との再会

 


 祐人はミレマーに到着した。


 空路で6時間、一旦、ミレマーの隣国の空港に行き、そこから機関からの依頼で派遣された現地の案内人、グエンという中年男性に会い、そこから陸路でさらに休まずに9時間の行程だった。ミレマー国境では少々緊張したが、うまく通り抜けることが出来た。

 祐人は依頼の集合場所であるミレマーの第2位の都市、ヤングラに向かう予定だ。そこで四天寺瑞穂、マリオン・ミア・シュリアンと合流を果たし、今後の任務の在り方を確認する予定である。

 祐人にとって、瑞穂やマリオンは新人試験での同期であり、面識もある。

 だが……


「四天寺さん、マリオンさんは覚えていないだろうな……」


 祐人は悪路を走行中の車の中で、窓から見える日本よりも区画が出来ていない田園風景を見ながら、そう一人呟く。

 新人試験の時、祐人と瑞穂とマリオンは出会い、浅からぬ交流をしている。

 しかし、その時、祐人の能力解放で、その際の記憶、及び祐人の存在は瑞穂とマリオンの中で、消えてしまっただろう、そう祐人は考えている。いや、分かっている。

 それが、祐人の霊力、魔力の同時行使の、反動なのだから。

 だが、祐人はかぶりを振り、両頬を叩く。


「いや、いつものことだ! 一からやり直せばいい!」


 そう言い、目に力を込めた。

 助手席にいる祐人のその様子を、運転席で案内人であるグエンは見て、緊張しているのかと思ったのか、少々訛りのある日本語で話しかけてきた。


「もうすぐ着きますよ。大丈夫です。きちんと、目的地には送り届けますから」


「あ、ありがとうございます。グエンさん」


「ミレマーは確かに混乱気味ですが、何とか平穏を保っているんですよ。ですので、治安も日本とは比べものにはなりませんが、そこまでひどくもありません」


「へー、そんなんですね。それはミレマーの人たちの気質が、穏やかだからなんですかね?」


 祐人は一応、事前にミレマーがどういう状況なのかは機関から聞いていた。また、自分でもネットのニュースレベルではあるが、調べてもいたのだ。

 それらの少ない情報ではあるが、ミレマーは政治的に混乱しており、いつ内戦状態になるか分からないというものだった。そのため、案内人のグエンさんの話は意外だった。


「まあ、それもあるんですが、グアラン首相のおかげでしょうね」


「え? グアラン首相って……軍事政権側の……?」


 怪訝そうに祐人は聞いてしまう。というのも、今のミレマーの混乱はカリグダ元帥率いる軍事政権の腐敗が第一義的な原因である。

 その軍事政権側のナンバー2である、グアランのおかげとは……。


「はい、そうです。確かにグアランは民主化運動には目を光らせていますが、その手口はいつも、そういった民衆の集会を事前に抑えてしまう、といった方法に終始しています。それで、最悪の事態は何とか起こしていないのですよ」


 確かに一旦、集まった民衆が暴走してしまえば、軍事政権は必ず治安維持を理由に軍を動かすことになるだろう。そうなれば、血を見ずに事態は収拾しない。

 だが、グアランが今の地位に着いたのも、一年前に実際起きた民主化運動を、軍を率いて速やかに力でねじ伏せたのが評価されたから、というグエンの話だ。その時は市民に多数の死人と逮捕者がでたとも言っている。

 その時のことは、今でも忘れられておらず、市民の間でのグアランに対する恨みと恐怖は消えていない。


「今は、民主化運動の代表者と話し合いの場も設けて、ある程度のガス抜きもグアランはやっているようです。中々の切れ者ですよ。また、貧しい貧民街の身寄りのない子供達を収容する施設も作りました。それを盛大にアピールして、民衆を落ち着かせようともしています」


「…………。もし、それが軍事政権のためのものなら、中々食えない政治家ですね」


「まあ、見え透いていますがね。カリグダは自分たちのためにならないことは決してしません。すべて、軍事政権の正統性と盤石化を狙ったものです。そして、そのカリグダの一番の犬がグアランなんですから」


 不愉快そうにグエンは顔を歪めた。グエンはマットウ派の軍人とのことだ。

 マットウ最大の敵である、カリグダの腹心のグアランは許せない対象であるのだろう。

 その話に祐人は考え込む。


 確かに、権力維持のために、頭のまわる人間がやりそうなことである。だが、今までの軍事政権は、そういったことをしたことはない。

 そういった事を考えると、このグアランという人間は、今までの軍事政権幹部とは少々毛色が違うようだ。

 祐人は考える。そのグアランの本当の顔は一体、どういったものなのか。


「実際、グアランは金に汚くて、色んな所から資金を集めては、自分の懐に入れているようです。軍の装備にかかる金も、ちょろまかしているっていう噂も絶えません。カリグダからも相当な報酬をもらってるくせに!」


 吐き捨てるようにグエンは嫌悪感を込めて言う。


「はあ、なるほど……どうやら手強い人みたいですね。マットウ准将の暗殺も裏で糸を引いているのもグアランですか……」


「いや、仲間の話だと、それはカリグダが直々に指揮をしているみたいです。カリグダにしてみれば、自分より民衆に人気のあるマットウ准将がどうしても許せないみたいです。ですが、グアランはこの件に関しては慎重な立場を崩していません」


「え、そうなんですか?」


「グアランはマットウ准将派と事を構えるのを、今は避けるのが望ましいと考えているそうです。もし、暗殺がなれば、不満分子を糾合する人間がいなくなってしまいます。今、不満分子の旗印であるマットウ准将がいるから、何とか国が混乱せずにギリギリの平穏を保っているのは事実ですから」


「それは……。というとグアランもミレマーの混乱は望んでいない……ってことですか。でも、当然と言えば当然ですね。何も、好き好んで国を混乱させたい人なんていませんもんね」


「はい、ですがそれは国民のためという意味ではありません」


 グエンは祐人の言うことを一部訂正をする。


「グアランの野郎は頭の切れる男です。国が混乱すれば、自分も甘い蜜を吸うことは中々できません。であれば、マットウ准将のこれ以上の勢力拡大を防ぎつつ、その間に軍事政権の正統性をアピールし、徐々に民衆派の力を削ぐことが目的のようです」


「…………。そうすることで、自身の地位も安泰だと考えているということですか……」


「その通りです。国民の自由と豊かさとを引き換えに、奴らの贅沢と享楽を守り、自身の蓄財を進めるためです。そのために民衆の人気取りともいえる白々しいことも、盛大にアピールしながらやるんですよ」


「なるほど……」


 中々、この国も一筋縄ではいかないようだな、と祐人は考える。

 このような会話の中、周囲の田園風景は終わり、徐々に開けてきた。祐人を乗せた車は街の中に入っていく。


「でも、今の直面している問題はカリグダの雇っている暗殺者です。あの化け物たちは俺たちでは対抗できません。ドウモリさん、どうかマットウ准将をお願いします。准将は私たちの希望の光なんです。国連に招待されるように、命を狙われながら、血の滲むようなロビー活動をしてきたんです。何とか、その演説の日まで!」


 最後はグエンの切実なお願いに、祐人も神妙な顔をする。

 大の大人が自分のような高校生に頭を下げているのである。それは余程に切羽詰っているのだろう。それに、色々と話もしてくれて、道中も退屈はしなかった。祐人もグエンに頭を下げ、笑顔で大きく頷いた。


「もちろん、できる限りのことはしますよ、グエンさん。こう見えても僕は警護も得意ですし、戦場も良く知っています。絶対とは言えませんけど……期待してください」


「おお、その歳で戦場の経験も……、それはとてもありがたい!」


 周りにこんなことを言ったら疑われるが、グエンならいいかと思い祐人も返答した。少しでも安心させる意味もあったが、実際、これは嘘ではない。

 祐人を乗せた車は、街で一番広い道路に入り、この街の中でも大きい部類に入る建物の前に止まった。


「着きました。ここが目的地です。中で仲間が迎えてくれるはずです」


 グエンはそう言うと、祐人より先にホテルに入り、何やら数名いる警護兵と話をしている。

 祐人は車から降りて、自分の荷物であるスポーツバックを取り出すと、ホテル前の街並みを眺めた。

 いかにも、アジアの都市らしい清潔感の足らない、しかし、パワフルな印象を受ける。

 ミレマーは左程、大きな国でも裕福な国でもないが、一応、ここヤングラはミレマー第二の都市である。都市としての機能はそれなりにしっかり備えているようだった。電気、ガス、水道、下水道とが完備されている。

 暫くと待つとホテルの中からグエンと警備兵の上官らしき人が出てきた。


「堂杜祐人殿でございますか? 私はマットウ閣下の警備の責任者、テインタンです。今から、護衛に来ていただいている四天寺様とシュリアン様のいるお部屋に案内いたします。マットウ閣下は現在、会議中ですので、その後にご案内致します」


「あ、分かりました。お願いします」


 そう答えると、グエンが笑顔をみせつつ


「では、ドウモリさん、私はここで。また移動時には私が運転致しますので」


「グエンさん、ありがとうございました。じゃあ、またよろしくお願いします」


 そう言い、祐人は手を振るグエンと別れた。

 祐人はテインタンに先導されて、瑞穂たちがいる部屋に向かう。エレベーターに乗る際に、エレベーター前を警護している軍人に敬礼を受け、祐人は慌てて頭を下げた。

 無駄口をしないテインタンと共に、無言のエレベーター内。

 ここに来て、祐人は瑞穂とマリオンに会うのに緊張してきた。


(最初は何て言えばいい? 初めまして? いや、それはおかしいし……)


 エレベーターの階を表わす電光が5、6と進んでいく。


(いやー、一か月ぶりだね! これは? どうせ覚えてないのに、こんなこと言われても困るよな)


 エレベーターは12階で止まり、テインタンがどうぞ、という仕草をする。祐人は促されるままにエレベーターを降り、テインタンが向かう方向に付いて行く。


(無難に挨拶するのがいいよな。今回、派遣された堂杜です。よろしくお願いします! うん、これでいいだろう。新人試験にあんたなんかいたっけ? と言われたら、僕は影が薄いから! と言えば……うん、これで行こう……)


そう考えて祐人は悲しくなってきた。

自分で影が薄いって……。

 テインタンは瑞穂たちのいる扉の前に来ると祐人に振り返り……ギクッとする。

 祐人は落ち込んで顔に影を作り、涙ぐんでいた。少々、怖い。

 だが、そこは訓練された軍人である。細かいことは触れずに、扉をノックする。


「四天寺様、シュリアン様。能力者機関から派遣された堂杜様が到着しました」


「どうぞ」


 と瑞穂らしき声が返ってきた。

 祐人は慌てて涙を拭き、顔も整えてテインタンが開けた部屋に入っていく。

 祐人は部屋に入っていくと、シンプルで余計なものは置いてないが、そこそこ広い部屋なのが分かった。

 祐人は緊張気味に部屋を見渡す。その部屋の扉からやや右奥のテーブルにティーカップを片手に腰を掛けた瑞穂とその横にあるソファーに両手でティーカップを膝の上に置き、マリオンは座っていた。

 瑞穂とマリオンがこちらに顔を向けて、祐人は二人と目が合う。 祐人は何とも言えない、嬉しいような、寂しいような気持ちになる。だが、祐人は試験終了後に決意したのを思い出した。

 もう一度、この二人に会うことがあったら、また一からでもいい……自分のことを改めて知ってもらうと。そして、今度は何があっても忘れられないくらいに、良き友人になろうと。

 覚悟は決まった。


 祐人は二人に近づき、でもやはり少々緊張しないがら、まずは先程考えた無難な挨拶をしようとする。

 すると、瑞穂とマリオンは祐人に気づくとティーカップを置いて近づいてきた。

 二人も自分に、挨拶をしに来たのだろう。

 何故か、顔が強張っているように見えたが、二人にしてみれば見知らぬ顔の仲間が来たのだから、最初はこんなもんだよな、と祐人は思い、挨拶を始めようとする。


「あ、今回、派遣された堂杜です。よろしくお願い……ブフォーーー!!」


 突然、挨拶の途中に祐人は瑞穂、マリオンからの強烈なビンタで両頬を拉げさせて、脳みそが激しく揺れた。


「……な……何でかな……?」


 ランクAを保有する2人の少女に、左右からの張り手を見事にもらって、祐人は意味も分からず情けない顔で後ろに倒れて大の字になった。


「ハッ! 私、何でこんなことを!? ちょっと、あなた大丈夫!?」


 瑞穂は今の自分の行いに、驚くように声を上げる。


「あああ、私も何でこんなことを!? ご、ごめんなさい! だ、大丈夫ですか!?」


 マリオンも自分が分からない、という感じでオロオロする。

 目を回して倒れている祐人の前で、極度に慌てる少女二人。

 到着した仲間を突然、はり倒し、その倒れた仲間相手に謝りながら声をかける少女二人、というカオスな光景を見て、冷静なテインタンもさすがに額から汗を流す。

 テインタンはハッとすると、無言で敬礼して……部屋を出て行った。というより、逃げた。


 扉を閉めた後。テインタンは、日本の文化には驚かされる……私の理解を超えている……と呟きながら、部屋を後にした。

 テインタンが出て行った後の部屋では、まだ、祐人をはり倒したことに混乱する少女二人が慌てふためいている。


「な、何てことするのよ、マリオン! さっき、派遣されてくるのはランクDで緊張しているに違いないから、優しく迎えようと言ってたじゃない!」


「瑞穂さんだって! 新人試験で堂杜なんて全く覚えてないから、大した力もないだろうって言って、取り敢えず最初は緊張を解して、しっかり働いてもらおうって!」


「っ! でも、マリオン、あなた霊力を込めた張り手なんてやり過ぎじゃなくて!?」


「み、瑞穂さんも結構な霊力でしたよ! 普通の人だったら、ただでは済まなかった一撃でした!」


「わ、分からないのよ。何故かこいつの顔を見たら突然……」


「私もこの人の姿を見た途端に……」


「ものすごい頭に来たのよ!」「とても、頭にきたんです!」



 祐人は覚悟空しく……任地に着いた途端に、二人の少女からの強烈なビンタでノックアウトされ……この上なく情けない顔で……意識を失ったのだった。


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