第43話世界能力者機関の初依頼③

 

「茉莉ちゃん……?」


 茉莉は涙を流したまま、祐人を見つめている。祐人は言葉が出せず、その場に立ち尽くしてしまう。今、茉莉にどんな言葉をかければ良いのか祐人には分からなかった。


「祐人……さっきの話は本当なの? いえ本当なのよね?」


「うん……」


 祐人は頷くしかない。今更、誤魔化す気にもなれなかった。

 何て思っているだろう? 今まで黙っていたのだ。祐人にしてみれば騙していたわけではない。だが、それは相手がどう思うかだ。

 茉莉はこの友人の中でも幼馴染と言ってよく、一番祐人との付き合いも長い。何度でも言う機会はあった。だが、仲が良いからという理由で簡単に言えるものでもなかった。


「おい、祐人……。すまん、俺……」


 一悟は済まなそうに、祐人の肩に手を乗せた。祐人は一悟のそのらしからぬ表情を見て、一悟の心の内の一端を見た気がした。

 一悟にとっても信じがたい話だったはずだが、一悟は驚きつつも祐人の話をすぐに受け入れた。それは一悟自身が普段から祐人に対しての疑問に向かい合っていたことがあったのだろう。それは祐人にとって有難いことでもあった。


 だが、茉莉は違う。いや、茉莉にも思うところはあったかも知れないが、茉莉は一度も祐人の存在を忘れたことがないのだ。

 だから、祐人のこの信じがたい事実を一悟のように受け入れられるのか? また、例え信じたとして茉莉は祐人のことをどう思うのだろうか?

 最も、祐人と付き合いが長く、祐人のことを一番知っているはずの茉莉であることが、ここではむしろ祐人を不安にさせた。

 祐人は一悟に頷いて見せた。その様子を見て一悟も祐人の肩から手を外す。


 祐人は覚悟を決めた。

 茉莉がどういう結論を出したとしても受け入れようと……。

 祐人は茉莉に向かい合った。

 茉莉は言葉を選んでいるのか、または考えがまとまっていないのか、まだ祐人を見つめていた。

 そして……茉莉は口を開く。

 祐人もそれを待った。


「祐人……私、知らなかった……」


「うん……」


 茉莉は一度、涙を拭う。そして、この上ない真剣な顔で祐人を見つめた。


「祐人が……こんなにも! 度し難い中二病を発症させていたなんて!」


「………………………………へ?」


 時が止まるというのは、こういうことを言うのだろう。



「男の子には、こういう時期は必ずあるとは思っていたけど……祐人が今頃、ううん、前から発症していたのね。それを放置していたから、こんなにこじらせて……」


 祐人の額から、汗がゆっくりと流れ落ちる。そして、祐人は確かめるように一悟の方に振りかえった。

 一悟は驚愕の目で祐人と視線を合わせて、ブンブンと顔を振る。どうやら一悟は勘違いせずに、祐人のことを受け入れてるようだ。

 すると、この上なく体を屈め、体中を震わせながら、茉莉の後ろにいた静香が頼りない足取りで前に出てくる。

 そして……静香は天に顔を向けた。


「ぶひゃひゃははははははははは! ひーひー! 堂杜君! これは酷い! あはははははは! お腹が! お腹が! 堂杜君! 私を! 私を殺す気なの!? ねー! 殺す気なの!? もう、助けてー! 助けてください! ひー」


 もう、手が付けられない。祐人は一世一代の告白をしたのだ。しかも、堂杜一千年の秘密も含めて……。

 なのに何故だろうか? 祐人は今、恥ずかしくて死にそうな気持になっていた。


「あ、あのー。茉莉ちゃん? 水戸さん? えーと……僕の話しを聞いていたんじゃ……」


「聞いてたよ! ちゃんと、聞いてたよー! はいはい、能力者なんだってねー? あはははははは、もういいから! 堂杜君止めてー!」


 祐人は顔を引き攣らす。何故なら、死ぬほど恥ずかしいので。


「祐人」


 茉莉が残念と悲しみと、ある決意をフルマックスにして、それらを綯い交ぜにした表情で祐人に話しかける。


「な、何? 茉莉ちゃん」


「さっきのことは、他の誰かに言ったことある?」


 ある訳がない。堂杜家をあげて秘匿としてきたのだ。


「な、ないよ!」


「そう……。それだけが唯一の救いね……」


 祐人は胸が痛い。それは先程の意味とは180度違う意味で胸が痛くなってきた。

 祐人は涙目になってきた。辛い、辛すぎる! この扱いは!

 そう……今、祐人はただの中二病を極度にこじらせた町一番の痛い人の扱いを受けていた。


(これなら、秘密がばれて信じてもらった方がマシだよ!)


「茉莉ちゃん! あのね! 俺の家なんだけど! 実は!」


「祐人!」


「はい!」


「もういいの。良く分かったから。これからは私があなたを更生させるわ。ここまでの重度の症状だから、一筋縄ではいかないと思う。でも私は、同じ門下生として全力で取り組むから! じゃないと師範にも顔向けができないわ!」


「あああああ」


 祐人は体中からの力が抜ける。こうなった時の茉莉は容赦がないことを知っている。昔からそうだった。一度決めたら意志が強く、手を抜くことが全く無いのが茉莉だ。

 この様子を呆然と見ていた一悟は横でまだ、息も絶え絶えに体を振るわせている静香に小声で話しかける。


「ちょ、ちょっと水戸さん?」


「な、何? 袴田君。ひー! プププ! さっきの一悟君は最高だったね! 本当に人が悪いよ! 袴田君! でも、グッジョブ! あそこまで堂杜君の黒歴史確定の情報を引き出すなんて!」


 静香は一悟に親指を立てる。


「お、おう……。えっとな? 聞きたいことがあってな? こら、ちょっとは落ち着けよ水戸さん」


「プププ! はあはあ。フー、はー、笑った。で、何?」


「さっき、祐人が話をしだす前からいたんじゃないの?」


「いたよ?」


「え? じゃあ、あれを見なかったの?」


「あれって?」


「いや、だから……」


「あー、何か面白いことやってたの? しまった! 見てなかったよ。その時、公園の横をベリーベリーの車が通ったから、茉莉とそっちに意識が行っちゃって。多分、駅前に来ているかも知れないから後で行こうって茉莉と話してたんだよ」


 ベリーベリーとはこの辺りの地区で流行り出したフルーツたっぷりが売りのクレープ屋さんだ。不定期に車で駅前やショッピングモールに来ていて女子生徒にも絶大の人気があった。

 一悟は目を半開きにして考える。まさか、あれが見られてなかったとは……。

 確かに、あの祐人の人間離れした凄技を見ずに祐人の話を聞けばどうなるか? その答えが今の茉莉と静香の状況だろう。


(運が良いのか、悪いのか……)


 祐人は秘密が守れた代償に、ただの中二病の急患扱いだ。

 だが、一悟には祐人を救うための手段がない。

 もう、仕方がないと考え、現在、茉莉に今後の中二病リハビリテーションのスケジュールを有無をも言わさず、告げられている祐人を力強い目で見る。

 祐人は、その一悟の視線に気づき、この二人だから通じる一悟の言わんとすることが祐人に伝わってきた。

 それは……


 全力でこの状況に乗れ! 


 というものだった。


 祐人は茉莉の説明の最中に、一悟のその指令に目を大きく開ける。そして、一悟を睨み返す。


(い、嫌だ! このままじゃ僕は! 僕は!)


(馬鹿野郎! あんなスゲー秘密がばれずに済むんだ! これぐらいの代償は致し方なしだ!)


(僕の身にもなってくれ! 茉莉ちゃんのことだから、きっと周りも見えずに指導して来て……クラス中にばれるよ! あああ、僕が痛い人に……)


(それは、それだ! 今は秘密の保護を最優先するべきだろう! 事の軽重を見誤るな。俺だけは……俺だけはお前のこと分かっているから! それだけじゃ不満なのか?)


(い、一悟……)


(祐人……。俺だけはお前の味方だ……。どんなお前でも俺にとって大事な親友だよ……)


(…………。うん……分かったよ)


(祐人。俺もなるべくお前の傷が浅くなるようにフォローしていくから……)


(う……うう。一悟、ありがとう……頼んだよ)


(分かった……任せておけ)


 一悟は未だ話し続けている茉莉を制止した。


「白澤さん。もういいだろう?」


「袴田君! まだ!」


「いや、もう祐人も分かってくれているよ」


「…………」


 一悟のその真剣な態度に茉莉も冷静になった。祐人も一悟のその態度に感動を覚える。

 一悟は日も傾いてきて赤茶に染められてきた公園を見ながら、祐人の横に立つ。


「例え、こいつがどうしようもない、現実とファンタジーの違いも認識できない、重度の中二病患者でも、俺たちが力を合わせれば……何とかなるさ。相当、困難だとは思うが」


(は? 今、何て?)


 祐人は聞き間違いか? と一悟を見るが、一悟はこちらを見ない。


「高校生にもなって、さっきのような事が言える痛々しい中二病は日本でも少数だろうよ? でも俺たちはこいつの……このガラクタ中二病患者の友達じゃないか。白澤さん、水戸さん」


 祐人の額に血管が膨れ上がる。

 茉莉は一悟の言葉を受け、軽く目を瞑る。


「そうね……。このままじゃ、祐人が社会に出ても何の役にも立たないものね」


「私も手伝うよ! 袴田君。私も友達が、堂杜君が重介護の中二病患者のままなのは可哀想だもん!」


「おう! 俺たちで何とか頑張ろう! このしょーもない中二病患者のために!」


「うおい! 僕は!」


 たまらず声を上げる祐人に一悟は手で制止し、ここは俺に任せておけと言うように合図を送る。

 祐人は歯を食いしばり拳を握る。


(そ、そうだ。秘密保護のため、秘密保護のため、秘密保護のため)


 そこで、茉莉は珍しく不安そうな顔をした。


「でも……祐人は戻って来れるかしら……こちら側に」


「そうだね。堂杜君みたいな中二病重体患者は見たことないもんね……」


「ちょっと! 二人とも! どんな扱いなの! 僕は!」


「そうだな……その時は、クラスの皆にも。いや、全校生徒にも力を借りよう」


「はあああああ? てめー! 一悟!」


「ぬわ!」


 祐人は一悟の提案に声を張り上げ、一悟の胸倉を掴む。


(さっき、学校生活での傷が浅くなるようにフォローするって言っていただろうが!)


(馬鹿! ここだけの話だ! 本当にする訳ないだろ! お前は話を合わせておけばいいんだよ!)


(ほ、ほ、本当だろうな? 何かわざと、より貶めているように聞こえるんだが)


(まったく。良く考えろ。お前の話は知らない人間にしてみれば、それほどのレベルなんだよ。「僕は能力者で、うちの家は千年前からそういう家なの、テヘ!」だぞ?)


(うぐ! そんな言い方してない!)


(むしろ、こんな言い方の方が良かったわ! これを真剣に語られてみろ、そちらの方がドン引きだわ!)


「ちょっと、祐人! 何してるの! 袴田君はあなたのために言っているのよ!」


「だって!」


「だってじゃない! 袴田君を離しなさい!」


 茉莉にそう言われ渋々、一悟から手を離す祐人。


「いや、白澤さん、俺は大丈夫だよ。こいつが良くなるのであれば、これくらい……」


「袴田君……」


「ははは、袴田君は本当に堂杜君の親友だね~」


 祐人は先程の一悟の言うことは分からなくもないが、何故かドンドン一悟の好感度が上がっていくのが、何とも納得できない。そして、それと比例して祐人は痛い人になっていくような気がする。


「よし! 祐人! 明日からリハビリ開始だ! 俺の優しさに感謝しろよ?」


「う、うん。よよよ、よろしく頼むよ」


(納得がいかない!)


「そうね。私も厳しくいかなくちゃ」


「私も、私もー!」


(もう水戸さんは楽しければ良いという感じじゃないかな? これ……)


 諦めがついた祐人はガックリしている。

 そこに、やりきった顔で一悟が茉莉と静香に声をかける。


「なあ、知ってる? 少数しかいない難病の患者さんのための薬をオーファンドラックって言うんだよ」


「ええ、知ってるわ」


「へー、知らなかったー」


「祐人みたいな日本でも少数の難病中二病患者のために俺たちはそのオーファンドラックのようになろうと思うんだ!」


 一悟の提案に茉莉も静香も大きく頷く。


「じゃあ。俺たち三人はチーム・オーファンドラックと命名しよう!」


「分かったわ」


「あはは! いいね!」


「いいわけあるかーーーーーーーーー!! 一悟! ぶっ殺す!」


 その次の日から学校で派手に茉莉、一悟、静香のチーム・オーファンドラックが活躍し、祐人は一日にして学校中に痛い中二病患者という地位を確立したのだった。

 秘密保護の代償に…………。

 そして、祐人は心に誓った。

 当分、日本を離れようと。

 世界能力者機関の依頼であるミレマーに行くことを固く決心した。


 もう叱られても、構うもんか! とのことだ。

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