第20話試験開始④

 

 祐人は試験会場を飛び出し、ホテルの自室に戻ると時間は既に夜八時を過ぎていた。


(うーん、使えない霊力を測定してランクを取るというのも心が引けるけど……この際、仕方ないよな! 要はランク取得後の仕事をきっちりこなせばいいんだから)


 そう祐人は強引に自分に言い聞かすと、えらくお腹が空いて来た。いつ、呼び出されるか分からなかったので、当然、食事も取っていない。お腹はペコペコだ。

 今試験は夕食までは用意されていないため、夕食は自分で用意しなければならない。

 ただ、ホテル内で食事をするには、祐人には高価すぎるので、駅まで歩き、コンビニエンスストアでおにぎりとお茶を買うことにした。


 駅に向い、目的のものを購入すると祐人は、ホテルの自室で食べようと、やや重い足取りでホテルに戻る。

 やたら広く、公園のようになっているホテルの敷地に入り、祐人は正面玄関に向う。


「あ~あ、こんな調子でランクなんて取れるんかなぁ? まあ、そんなこと考えても……ん?」


 そんな独り言を言う祐人はすっと足が止まる。そして、その表情は硬い。

 祐人は辺りをゆっくり見渡した。微かな違和感……という程でもなかった。


 だが、祐人はこの感覚を信じている……というより、多くの経験で信じるようになっていた。

 祐人は、近くにあったホテル正面玄関に向かう途中に設置してあるベンチにコンビニ袋を置いた。




「あら? あの子は確か受験者の……え!? 消えた?」


 そこはホテルの二階にあるレストランのバルコニー。

 日紗枝は食事を終え、アルコールで少々、火照った肌を冷やそうと、外の風を受けにレストラン専用のバルコニーに出てきたところだった。

 そこで、向こうから歩いてきたランク試験受験者の少年を見つけたのだが……見失った。


「どうかしたのかい? 日紗枝」


 後ろからやって来たアルフレッド・アークライト……その世界では剣聖とも呼ばれる男が日紗枝の腰に自然と手を回す。


「あの子は確か……堂杜祐人君って言ったかしら? 今、あなたのお気に入りがね、あの辺りを歩いていたんだけど……消えたのよ」


「ほう……」


 剣聖は目を細める。日紗枝は「気になる?」と剣聖を見る。


「いや、今は君の機嫌の方が気になるかな?」


「ふん! そんなこと言っても何も出ないわよ。アルは明日の体術試験官として、今日はしっかりと休んでね!」


 日紗枝は腰に回った剣聖の手を振り払うようにレストランの中に戻っていった。剣聖は肩を竦めるような動作をした後に、少年がいたという庭の方にダークブラウンの瞳を静かに向けた。




 ホテルの敷地内は多くの木々が生い茂っており、そして、その敷地内には散歩道がホテルを中心に、周りを囲むように作られている。その散歩道の途上には休憩所として東屋が数箇所設置されていた。


 今、その内の一つの東屋に祐人はいた。

 祐人は無言で、そこにある二つの異国人と思われる成人男性の死体を眺めている。


 祐人はあの後、違和感のある方角に向った。そして、その前方から男のものと思われる断末魔の声を聞くことになる。スピードを上げて現場に着いた時には、既に今のような状況だった。


(どうしたものかな? 警察に言うか、いや……それとも)


 普通、すぐに警察に通報しなければならないが、祐人が何故そんなことを思案しているのかというのも、この死体は……人間ではない……からだった。

 また、祐人がもう一つ気になるのは、この現場から怪我を負って逃げ出した者もいるということだ。

 地面にはホテルの外側へ向うように血痕が地面についている。その量から憶測するに、その血痕を残した主は決して軽傷ではないということが想像できた。


 春の生暖かい風が辺りを通り抜けて草木が揺れる。

 祐人は何気ない動作で地面に落ちている、まだ瑞々しい緑色のままの木の葉を拾った。そして、まるで投げナイフを扱うように、木々が生い茂る暗がりの方向に投げた。

 その木の葉は、その質量では考えられないほどのスピードで木々の間に消えていく。


「気のせいか……な?」


 辺りには先程より強い風が吹き、祐人の足下にある二体の死体が衣服を残して灰となり消えていく……。

 その衣服から一人は小柄で、もう一人はかなりの大男のものだったと分かる。


「うーん、まだ気になるんだけど……大峰っていう人に言っておこうか。僕の範疇じゃ無いだろうし……。あ! 僕のお茶とおにぎり! 捨てられたら大変だ。早く行かなくちゃ!」


 祐人は購入した夕食が急に気になりだし、ついでにこの件を試験事務局に伝えればいいかと考え、急いでその場から離れた。




 そしてそこには……大男と小男だっただろうという男性の衣服だけが残された。

 その祐人が消えた東屋の茂みの暗がりの奥……。

 まさに祐人が木の葉を放った方向の暗がりに、さらに暗い空間が出来る。


「何者だ? 奴は。ククク、新人……か? 私の存在に勘付くものがいるとは……。お陰で一人、刺客を逃してしまったじゃあないか……」


 暗がりの奥の空間で、その頬から流れる一筋の血をその長い爪先で拭った者がいた。




 祐人は夕食の無事を確認すると、すぐにその足で新人試験事務局がある部屋に行き、事の次第を説明した。主催者である日紗枝もすぐにやって来て、祐人の話を聞くとすばやく指示をだした。


「大峰様。確かに言われたところに衣服がありました。すぐに付近を調査しましたが、今のところ他に変わったところは見つかりませんでした。それと、そこを離れたという怪我人の捜索も継続中です」


「そう……。衣服から所持品を調べた後で報告を頂戴。それと念のため、人を動員して警備をしてくれる? 装備もB装備までの携帯を許可します」


「分かりました」


 機関の職員が退室するのを見届けてから、日紗枝は祐人に謝意を示す。


「堂杜君、ありがとう。でも……誰も気付かなかったのに良く気付いてくれたわね。後はこちらで対処するから、今日はゆっくり休んでね、明日からも試験は続くんだから」


  祐人を労いつつ、そう言うと日紗枝は祐人の持っているコンビニ袋が目に入った。


「それとそれが夕食? もうちょっと、ちゃんとしたものを食べないと駄目よ。育ち盛りでしょ?」


「そうしたいんですけど……。あははは」


 祐人はばつが悪そうに乾いた笑いをする。だが、すぐに真面目な顔になり、日紗枝に聞いた。


「今回のこれは新人試験と何か関係があるんでしょうか?」


「分からないわ。ただ、彼らのような人外が能力者の集まりにわざわざ仕掛けてくることは考えづらいわね。何の得にもならないどころか、場合によっては自分自身が危険よ。まあ、念のため、こちらで調査と警備はするから、この件は私達に任せて、堂杜君はもう休んでなさい」


「確かに……そうですね。じゃあ、僕はここで」


 祐人は日紗枝に会釈をして、退出しようとドアに手をかけた。


「あ、堂杜君。一応、この件は口外はしないで欲しいの。受験者の子達が変にストレスを感じて、実力通りに力を出せなくなったら可哀相だから。この新人試験にかけている子達も多いのよ。この件を知っているあなただけが貧乏くじを引いているようで申し訳ないのだけど……」


「あ、気にしないで下さい。僕はこういうの慣れて……じゃなくて、気にならない方なので」


 祐人が屈託のない笑顔を見せたので日紗枝も頬を緩めた。そして祐人は軽くお辞儀をし、新人試験事務局になっている部屋を出て行った。


「いい子ね。ああいう子ばかりだと、こちらも苦労が減るんだけどね〜」


 日紗枝はそう言うと、黄家からのクレームの書類処理に溜息をついた。

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