もう一度、会えたなら
第17話 Y子のヒーロー
いっけない、約束の時間より遅くなっちゃった。
名声会W総合病院前でバスを降りてから、十五歳のY子は考えていた。
あの子に、何ていおうか。
彼氏なんて別に欲しくない。
第一、タイプじゃない。
正直言って面倒くさい。
先週、同じクラスの男子から付き合ってほしいって告白されたのだ。
しかも、いきなりSNSのIDを交換しようとかいってきて、ちょっと、ウザい。
でもすぐに断るのも可哀想だから、しばらく放置している。
このまま別の高校へ行って、返事せずにフェイドアウトはやっぱりまずいだろな。
病院の正面入口を入り、中央のエスカレーターを上がる。
ん?
目の前のエスカレーターのサラリーマン、ズボンのお尻がぱっつんぱっつんすぎて、破れそうなんだけど……。
破れてますよっていったらあせるだろなあー
うしししっ
こんなぱっつぱつの糸を見てると、家庭科で使う糸切りバサミでぷちんと切りたくなる。
それはそうと、J太くん大丈夫かな? 少しは良くなってるといいんだけど。
今どき木登りまでして受験票を取ってくれようなんて子、いるんだ〜
あの時はマジびっくりした〜
すごいイイヒトだよなー
なんて考えているうちに、二階が視界に入ってきた。
ちょっとしたカフェ? みたいな空間があるようだけど、なんだか騒がしい。
まず、子供が大きな声で泣いてゴネているのが聞こえてきた。
子供は苦手だ。
奥の方では、女の人のヒステリックな声がする。
え? けんかしてる? ちょっと面白そうかも。
と思った直後、目の前にいた、ぴちぴちズボンのサラリーマンが、風みたいにヒューっと走り出した。
なになに?
カフェの方へ行ったかと思うと、吹き抜けの方へ身を乗り出して、うあっとか、なんとかいう声を出している。
なになに? 何が起きてるの?
Y子が若干早足になって二階のカフェコーナーに辿り着いたとき、事態はますます大変なことになっていた。
どうやら、サラリーマンが何かを取ろうとしてエントランスの吹き抜けの方へ手を伸ばした勢いで、ズボンのお尻が破れたらしい。
えーっ、破れちゃったのっ?!
うししし
気の毒だけど、おもしろ……と、笑いをこらえていたら、ちょうどサラリーマンの真後ろあたりに、いたいた。
病室にいたんじゃなかったんだ、ケーキ運んでるみたいだけど、もしや私のため?
「J太くん!」
ところがJ太は、とても返事できる状況ではなかった。
サラリーマンの声と、ズボンのお尻が破れたのを見て驚いた拍子に、バランスをくずして、手に持っているケーキが、ユラユラしている。
おまけに、慣れない松葉杖が、今にも役目を放棄しそうなほどナナメに傾いている。
「J太くん危ない!」
「あ! わ、Y子ちゃん?!」
そう言った直後、J太は顔から地面に突っ伏すような格好で派手に転んでしまった。
ずでーん。
「きゃーッ、だだ、大丈夫?」
「うぐあ……やっちゃった。」
またしてもY子の前で失態を晒してしまったJ太であった。
おまけに、ケーキのトレーの上に顔をつっこんだせいで、顔じゅうクリームまみれだ。
何とかその場に起き上がって座ったJ太の姿を見て、子供が大笑いしている。
さっきまで泣きわめいていた子だ。
「あー! 仮面だいだ!」
「へ? 何言ってるの? お兄ちゃん転んで大変なんだから、失礼なこと言わないの……」
母親が諭す。
「ママ、お兄ちゃんが、仮面だいだダブル、仮面だいだダブルに変身したよー(笑)」
Y子は不思議に思い、ケーキまみれのJ太の顔をよく見てみると、白黒二色のクリームが、顔を左右半分ずつ、塗り分けていた。
「なるほど……ホントだ、仮面ライダーダブルだね! あはははは」
「もう俺何やってんだか……」
Y子は、優しくて、おっちょこちょいのJ太の事がすっかり気に入ってしまった。
「大丈夫、誰にも言わないから。二人だけの秘密だよ。」
「秘密……。」
J太は恥ずかしさと照れくささで顔が真っ赤になった。
幸い、ケーキまみれになっていたせいで、それにはY子は気付かなかった。
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