第282話 200万分の1
〈ニューアース〉が現れて以来負け続けだった枢軸軍。
唯一土をつけたのが首都星系防衛戦であったが、代償として枢軸軍は首都防衛艦隊の半数を失った。
〈ニューアース〉の修理が完了し最前線に姿を現したとき、枢軸軍の運命が決すると誰もが思っていた。
だがそうはならなかった。
連合軍新鋭戦艦〈ニューアース〉。
その進路に1隻の宇宙戦艦が立ち塞がった。
アマネ・ニシが企画した新プロジェクト。
その成果として僅か6ヶ月で設計・建造された枢軸軍の新鋭機動宇宙戦艦〈しらたき〉。
〈しらたき〉は〈ニューアース〉へ正面決戦を挑むと主砲を互角に撃ち合い、至近での近接戦闘に持ち込み勝利。〈ニューアース〉を大破させた。
結局、宙間決戦兵器〈ハーモニック〉による追撃阻止によって〈ニューアース〉を逃してしまったが、枢軸軍は歴史的な勝利を収めることになった。
戦闘終了後、〈しらたき〉はワームホールへと入った。
〈しらたき〉自身も軽くはない損傷を負ったので修理をしたかったし、何よりまだ完成していなかったアイノ設計の新型宙間決戦兵器。二式宙間決戦兵器〈音止〉と、そのパイロットを受け取りに行かなくてはいけない。
どうせ〈ニューアース〉がワームホールへ離脱した以上、追撃は不可能だ。
修理に向かうだろうが、前回の〈ニューアース〉大破時に前線には多くの修理基地が建設されていて、そのうちのどれに向かっているかも分からないし、どのルートを通ろうとしているのかも特定できない。
可能性は200万通りあると試算された。こうなってしまっては為す術はない。
それに今回の戦いは全体としては勝利したものの、試作機の一式宙間決戦兵器は〈ハーモニック〉に対して為す術もなく惨敗した。
アイノ自身データ取り用の実験機体として割り切っていたためまともに設計していなかったし、パイロットも技術者見習いを捕まえてきて、「死んでも誰も困らなそう」という理由でコクピットに放り込んだだけの新米だ。
それでもスペック上は〈ハーモニック〉を上回っているはずなのに、散々な結果を残したとしてアイノはパイロットに対して怒り狂っていた。
そして次の要望として、二式戦には枢軸軍で最強のパイロットを放り込め、と言いだした。
これについては候補としてアキ・シイジ大尉の名前が挙がり、アマネもこれに賛同。
枢軸軍としても〈しらたき〉の戦果を見て、最強のパイロットであるアキ・シイジの転属を認めざるを得なかった。
アイノだけは彼女の実力に懐疑的で、〈音止〉をまともに扱えない半人前だったら宇宙に放り出すと息巻いていた。
私室のシャワールームで身体を流すユイ。
お湯は出しっぱなしにされていた。
宇宙船にとっては水も熱も貴重な資源だ。無駄遣いしてはいけないと分かっていても、止める気になれない。
水は身体の汚れを洗い流してはくれても、憂鬱な気持ちは流してはくれない。
――やっぱり私に艦長は荷が重すぎるよ。
どうしてあんなことをしてしまったのだろうと、悔やむ気持ちが湧き出して止まらない。
あのいつも朗らかで優しいアマネにさえ怒られた。
大破し離脱を試みる〈ニューアース〉。
ユイは艦長として全力追撃を命じた。
〈ニューアース〉さえ倒せるのならば、どんな犠牲でも払うべきだと。
相打ちになったとしても、絶対に倒すべきだと。
〈ハーモニック〉に包囲される中での強行追撃は、いかに〈しらたき〉と言えど無謀すぎた。
一式戦は機能停止し、間に合わせで製造した改装型宙間戦闘ポッドも直ぐには駆けつけられない状況だった。
決死の追撃で至近から〈しらたき〉主砲を叩き込めば、〈ニューアース〉は倒せただろう。
代償として支払うのは新鋭戦艦〈しらたき〉とその乗組員。
だがアマネも、アイノも、その選択には反対した。
結局、ブリッジでアイノと言い争っているうちに、操舵手のナギが混乱して追撃と離脱を同時に実行しようと無茶を試み、追撃は不可能になった。
〈ニューアース〉は戦線からの離脱を成功させ、〈しらたき〉もこうして無事に基地へと戻ろうとしている。
だがアマネからは「君の選択は士官としてもっともやってはいけないこと」だと強い言葉で叱責された。
どんなことがあっても、助けられる味方を見捨ててはいけない。
自ら味方を犠牲にする選択をとるなどもってのほかだ。
ユイは項垂れて、流れる水に向けて大きくため息を吐いた。
士官学校でも学んだ大切なことだ。なのにどうして、自分が死んででも〈ニューアース〉を倒そうなどと思ってしまったのか。
士官なんて向いていなかったのかも。
そんなのは今更考える事も無く、アイノに言われるまでも無く、士官学校に入る前から分かりきっていたことだ。
もう一度深くため息を吐く。
その瞬間、居室の明かりが落ちた。
何事かとユイが思案する前に、非常灯が灯り警報が響いた。
「緊急警報?」
非常事態を告げる警報だ。
だけど今はワームホールの中。一度入ってしまえば出るまで敵と遭遇することもないはず。
それでもユイはシャワーを止めると、外に飛び出し急いで身体を拭く。
艦長に向いているかどうかなんて、向いていないに決まってる。
そもそも士官だって向いていない人間なのだ。
それでも今は艦長なのだから、せめて最低限の仕事はしないと。
ユイはバスタオルを身体に撒くと私室から飛び出し、ブリッジへと向かった。
◇ ◇ ◇
「ええとですね、操舵の練習をしようと思いました。
それでいろいろボタンを押してみたのですが――」
「ワームホールに入ったら触るなとマニュアルに書いたぞ」
「それは良いことを聞きました!
まずはマニュアルを読むところから始めますね!」
ナギはアイノの意見を笑顔で受け入れた。
対してアイノは「大馬鹿者め」と一言だけ愚痴っぽく言い捨てるとブリッジから立ち去っていく。
非常警報を作動させたのはブリッジに残っていたナギだった。
操舵手を任された彼女は、ワームホール内で操舵練習をしようと試みたところ、異常な操作に警告を出され、それに驚いて非常警報ボタンを押した。
顛末を聞くとシアンはバカバカしいと悪態ついて。フィーは無言のまま自室へと戻っていった。
「艦が無事なら問題はないだろう。かなり外れた位置に出てしまいそうではあるが。
遠回りにはなろうとも、基地までは問題無く辿り着けるだろう。
ルートを修正すれば良いだけのことだよ」
アマネはまだあたふたとしているナギへと優しい言葉をかける。
ワームホール内で一度進路を変えてしまったら戻ることは出来ない。
本来なら進路変更さえ禁止されている。入る時に設定した以外の出口から出ようとすると、どこに繋がるのか予想も出来ないからだ。
だが〈しらたき〉には認識外の事象を観測する能力がある。そのおかげでワームホール内でも進路を予想することが出来た。
ねじ曲げてしまった出口の位置からいったん通常空間へと出て、そこから本来出たかった出口まで繋がるワームホールへのルートを設定し、後は自動航行で問題無し。
アマネは修正を終えると、ナギへと落ち着いて行動すれば何も問題は無いと言って聞かせて、それからユイへと視線を向けた。
「イハラ君、あまり艦長である君にこういうことは言いたくないのだが」
「ごめんなさい。
自分でも、艦を玉砕させるなんて間違った選択だったと思います」
ユイは戦闘時の失態を謝罪するが、アマネはそれを笑って許した。
「なに既に終わったことだ。失敗しない艦長など何処にもいないよ。
わしだって若い頃は失敗ばかりだった。
これから先、艦長として何が正しいのか、君自身が考えていけばいいことだよ。
――であるから、この話も強要する訳でもなく、イハラ君の好きなようにすれば結構だとも思っているのだが、念のため伝えるだけ伝えておこうと思う」
アマネはもったいぶって咳払いをして、ユイが頷くのを見ると告げる。
「いくら緊急警報だろうと、ブリッジに入る以上は服を着た方が良いかも知れないな。
若者の新しい発想は歓迎するがね。
何、決めるのは君自身だよ」
アマネはそう笑うとユイに背を向けた。
ユイは自分がタオル一枚であることを思い出し、突然恥ずかしくなって顔を赤く染めた。
「い、以後気をつけます」
アマネに声をかけるが、既に彼はブリッジから出ていた。
またやってしまったと項垂れるユイ。でもいつまでもこうしては居られない。少なくとも、こんな格好でブリッジに居座ることは出来ない。
「やっぱり私、艦長は無理かも……」
つい声に出てしまっていた。
それを操舵席に残っていたナギが聞いて、おかしそうに笑う。
「大丈夫ですよ!
お母さんはちゃんと艦長をしています。
私なんて、前進と後退を同時にやろうとしたり、ワームホール航行中に進路変更してしまったりする操舵手ですよ!」
ナギは無邪気な笑みを見せて宣言する。
ユイは自分と見た目のそっくりな彼女がそんな風に胸を張っているのを見て、更に自分が情けなくなった。
「ごめんナギちゃん。
遺伝子の問題かも」
謝罪に対してもナギは笑う。
「だったら安心です。
お母さんみたいになれるなら、私も立派な操舵手になれます」
底抜けに前向きなナギ。
そんな彼女がユイにはとても眩しかった。
「ナギちゃんは前向きで良いね」
彼女のことが羨ましくて口にした言葉。ナギは微笑んで返す。
「えへへ。そうですか?
でも遺伝子の基本部分は同じはずなので、お母さんも同じくらい前向きになれるはずですよ」
「それはどうだろう。――ううん、出来るかも。
もうちょっとだけ頑張ってみようかな」
「はい!
一緒に頑張りましょうね!」
ナギの姿を見て、ちょっとだけやる気がわいてきたユイ。
ナギに出来ることなら自分にも出来るはず。
これから先も艦長を続けていけるか不安になっていたが、もう少しだけ、アマネやアイノに見放されない限りは続けてみようかと思えるようになった。
ブリッジを退出し私室に戻ったユイ。
もう1度シャワーを浴びて、今度は手短に済ませると、体を拭いて服を着る。
髪を乾かしていると身体が浮遊感に包まれる。自分が2つに分身してしまったような奇妙な感覚。
ワームホールの出口だ。通常空間へと出たのだろう。
浮遊感は直ぐに消え去って、艦が通常航行へと移り変わる。
と、突然照明が落ちて非常灯が点灯。警報が響いた。
「今度は何だろう。自動航行解除しちゃったかな?」
またナギが慌てて操舵を失敗したのだろうとユイは笑う。
誰だって失敗はする。特に、ユイの遺伝子を引き継いだナギなら失敗して当然だ。
ユイは今度は落ち着いて、しっかりと帽子をかぶってからブリッジへ向かった。
ブリッジへ続く扉が開く。
案の定、どうしたら良いのか分からないと狼狽したナギがそこに居た。
「たたたたた、大変ですお母さん!」
「うん、大丈夫。落ち着いて、何があったか教えて」
1つ1つ片付けていけば問題無い。
ユイは優しい言葉でナギの混乱を鎮めて、説明を求める。
ナギも呼吸を落ち着けると、それからゆっくり説明を始めた。
「あの、ワームホールを出たんです。
そしたら次のワームホールへ入るために〈しらたき〉が転舵してですね」
「うんうん。それで?」
「はい。そしたら目の前に〈ニューアース〉が居たんです」
「なるほど。
――なるほど?」
ユイは視線を動かし、艦前方を映し出すディスプレイへ向ける。
〈ニューアース〉? 〈ニューアース〉って何だっけ。もしかしてあの〈ニューアース〉だろうか? まさかそんなはずは――
しかしユイの希望的観測は見事に打ち砕かれた。
メインディスプレイに映っていたのは、紛れもなく連合軍の新鋭機動宇宙戦艦〈ニューアース〉だ。
大破した状態で、宇宙空間を低速航行している。
ナギの操舵ミスによるワームホールの行き先変更は、こともあろうに200万分の1とされた〈ニューアース〉の航路を引き当ててしまった。
「〈ニューアース〉!?
ま、まずい、戦闘準備――あれ!? なんで誰も来ないの!?」
慌てふためくユイ。
緊急警報が鳴ったというのに、ブリッジに駆けつけたのはユイだけだ。
他の乗組員はまたナギがやらかしたのだろうと考えているに違いない。よりにもよってアマネまでもが遅刻だ。
ユイは艦内放送のマイクを掴み叫んだ。
「艦前方に〈ニューアース〉発見!
至急戦闘準備を! 大至急です! 早く来て!!」
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