第214話 追跡と遭遇
大隊が用意した大型牽引車両に、小さな家ほどの大きさがある〈パツ〉コアユニットが積み込まれた。
牽引車両だけでは護衛の隊員が乗り込むスペースが足りないため、ツバキ小隊のトレーラーも随伴する。
運転は牽引車両がカリラ。トレーラーはフィーリュシカが担当した。
入院中のイスラと、〈音止〉修理のためトーコとユイは基地に残る。
準備完了次第、ツバキ小隊はリーブ山地南西部へ向けて出立した。
元より低速な牽引車両に超大型機材を積み込み、なおかつそれが精密機器であるが故に移動速度は極めて遅かった。
更に路面状態が良いとは言えないリーブ山地の麓に差し掛かると、車両の横に〈R3〉が並び荷崩れしないか確認しながらの移動となった。
指定された合流地点に着く頃にはすっかり日が傾き、西の空が赤く染まり始めていた。
ここから先を引き継ぐ輸送科部隊は既に到着していた。
装甲車両1台。兵員は10人に満たない程度。
無線通信で互いの所属を確認し合ったタマキは、牽引車両を装甲車両前に停車させた。
車両ごと引き渡すのでカリラも下車し、念のためナツコとサネルマが隊長護衛につく。
「お待たせしてしまったようですね。准尉殿。
申し訳ありませんでした」
「待つのも仕事ですからお構いなく」
輸送部隊の指揮官。30代前半くらいの男性士官はタマキの謝罪に笑顔を返す。
輸送科の職章がついた真新しい統合軍士官服。
昇進したてなのだろう。その服装は彼にはどこか不釣り合いに見えた。
「引き渡しは車両ごとでしたね。確認をお願いします」
「直ぐに済みます。そのままお待ちを」
准尉は部下へと指示を出して物資の確認へ向かわせる。
部下たちは要領よく幌をほどき、コアユニットの各部状態を確かめ、エネルギーパックを繋いで一部機構をテスト動作させた。
「問題無いようです。
確かに受領させて頂きます」
「はい。こちらにサインをお願いします」
タマキは端末を差し出して受領印を求めた。
直ぐに電子印が押され、これでツバキ小隊に命じられた輸送任務は無事終了となった。
しかしタマキは興味本位を装って准尉へ尋ねる。
「ここから先、どちらへ輸送するのですか?
後送するならば鉄道を使うべきでしょうし、わざわざ前線寄りのこの場所で中継する意味もないはずでしょう?」
准尉は軽く笑って返す。
「こちらもこれからのことは分からなくて。
受領が済んだら輸送先を伝えると」
「そうでしたか。
我々もここに来る際、出立してから場所を伝えられました。
貴重な物資なのでしょうけれど、だからこそ事前に輸送先ははっきりさせて貰いたい物です」
「ええ、全く」
准尉の受け答えは至極普通で隙を見せなかった。
タマキは続ける。
「つかぬ事をお聞きしますが、お会いしたことありますか?」
「ないはずですが、もしかしたら何処かで顔を合わせているのかも知れません」
やはり准尉の回答は当たり障りない。
彼は作戦行動中の長話を良く思っていないらしく、話を打ち切ろうとした。
しかしタマキは最後に1つだけとすがり、許可を得て尋ねる。
「今日はスサガペ号はいらっしゃらないのですね」
「――何の話です?」
一瞬だけ間を置いて回答が為された。
タマキは彼の回答をなかば無視して続ける。
「いえ、これほどの大型機材ですからスサガペ号で受領しに来るのだと勘違いしていまして。
それならばこの中途半端な引き渡し地点も納得いくものでしたから。
引き留めてしまって申し訳ありません。
我々はこれで基地へ帰投させて頂きます。
では作戦の無事を祈っています」
タマキは一礼すると手を振って隊員へ合図を出す。
立ち尽くした准尉をその場に残して、隊員たちはトレーラーにきびきびと乗り込んだ。
運転手はフィーリュシカに変わってカリラが。
助手席にタマキが乗り込み、サネルマは屋根に乗って警戒に当たり、ナツコは荷室へと入る。
「この場所でやるべきことは終わりました。
帰投します。車両を出してください」
運んで来た大型牽引車両を残して、ツバキ小隊を乗せたトレーラーはエノー基地への帰路についた。
◇ ◇ ◇
車両を出してから少しして、残してきた牽引車両の姿が見えなくなる頃、運転しながら端末を見ていたカリラが告げる。
「追跡装置外されましたわ」
「でしょうね」
タマキはため息半分に報告を受けた。
カリラはコアユニットを牽引車両に積み込む際、指示を受けてこっそりと追跡装置を取り付けていた。
彼女としては上手く隠したつもりだったのだが、彼らのほうが一枚上手だったらしい。
「あなたから見て彼らはどうです?」
「技術者としてですの?
だとしたら優れた技術を有しているとしか言えませんわ。
わたくしがユイさんから説明を受けるまでちんぷんかんぷんだったアレの制御装置の起動チェックも容易く行えているようでしたし」
「そうですよね。
貴重な意見感謝します」
礼を述べるタマキに対してカリラは問う。
「彼らが宇宙海賊の関係者だと考えていますの?」
「アレを運用できるのは彼らくらいだというユイさんの言葉を信じるのならば。
彼らは総司令官閣下とも知り合いのようですし」
「確かに一理ありますわ。
ですけれど仮にその通りだとすれば、スサガペ号はどちらに居ると思われます?」
「少し確かめる必要があるかも知れません」
タマキは荷室との通信を繋いで、ナツコの機体装備が解除されていないことを確認した。
更にはフィーリュシカへと〈アルデルト〉の装備を指示する。
「引き継ぎ先の輸送部隊追いかけたとバレたらただでは済みませんわよ。
既に指示されていない追跡装置取り付けたのバレていますし」
「1つバレたら2つバレても一緒ですよ」
率先して軍規違反を犯そうとしているタマキはどこか楽しげだった。
これから悪いことをするというのに微笑んでいるようにすら見える。
そんな彼女の姿に、カリラもにやりと悪い笑みを浮かべる。
「わたくしの私物ですけれど外付けの簡易ステルスユニットが荷室に積んでありますわ。
〈アルデルト〉で追跡するのでしたら使うべきかと」
「よろしい。
出所は不問としましょう。
直ぐに使えますか?」
「ええ。通常ユニット同様に使用可能ですわ」
「大変結構。
車両は速度を落として移動継続。
通信履歴は後で手を加えておいて下さい」
「畏まりましたわ」
◇ ◇ ◇
『ナツコさん、フィーさん。
出撃し輸送部隊を追跡して下さい。
距離を保ち発見されないように。
出撃コードは発行しません。あくまで実戦演習の一環です』
タマキからの怪しげな指示を受けて、ナツコは走行するトレーラー荷室の側面扉からこっそりと出撃した。
後からフィーリュシカも続き、2人は低速で後退を開始。
輸送部隊と別れた地点へと引き返し始めた。
「我々の任務は輸送部隊へ物資を引き渡した時点で終了しているはず」
『先ほど言った通り実戦演習です。
不満ですか?』
フィーリュシカの通信に対してタマキから返答が返る。
確認をとられた彼女は淡々と答える。
「いいえ。
念のため確認させて頂いた。
命令には従う。ステルス機構起動準備を開始する」
返答を受けたフィーリュシカは、外付けされたステルスユニットを起動待機状態まで移行させる。
ハンドサインで側に寄るよう指示されたナツコはフィーリュシカと併走を開始した。
「これって、見つかっちゃったら怒られますよね?」
「そう」
「ですよね……。
大丈夫かな?」
「問題無い。
向こうの車両は十分な索敵装置を装備していなかった。
距離を保ちさえすれば見つかることは無い」
「なるほど」
見つかったら怒られるようなことをする是非について問いかけたつもりだったが、フィーリュシカは発見される可能性について答える。
ナツコも見つからないのならそれでいいやと、それ以上考えるのを止めた。
タマキからの命令だ。
彼女が必要とするのならばそれは必要な事なのだ。
命令は守らなくてはいけない。
それはナツコが義勇軍生活で学んだことの中で、一番大切なことだ。
「しかし少しばかり問題があるのも事実」
「あ、やっぱり」
フィーリュシカは指先で小さくヘルメット側面を叩き首をかしげる。
彼女もこんなふうに考え込むこともあるのかと、ナツコにとってはちょっと意外だった。
しかし案外直ぐに答えが出たらしい。いつものように淡々とした無感情な声で指示を飛ばす。
「ステルス機構を稼働させる。
出力が小さい。あと1メートルこちらに」
「はい!」
指示を出されるとナツコは更に機体を側に寄せた。
ぴったりくっつくとステルス機構が稼働される。
なだらかな斜面の稜線を越えると、遠くに一瞬だけ牽引車両が見えた。
「姿勢を低く」
「はい」
「追跡は容易。不用意に視線を通さないで。
目視せずとも痕跡を追えばいい」
「なるほど!
あれだけ大きい車両ですから通った後も分かりますもんね」
牽引車両を抱える彼らは高速で移動できない。
大型車両であるが故に移動ルートも制限され、移動すれば痕跡も残る。わずか10名に満たない分隊規模の彼らでは痕跡を消しながらの移動は不可能。
ともなれば、後をつける難易度はそう高くは無い。
「警戒は偵察機〈ティアⅢ〉2機のみ。レーダーは不使用。
ステルス機構を解除。こちらに」
引き寄せられたナツコは地面に空いた窪みに入る。
フィーリュシカはステルスを解除すると通信を繋ぎ、タマキへと輸送部隊の発見と現在位置を伝え、追跡は容易だと付け加える。
タマキからは追跡継続が命じられ、そこからはステルスユニットを切ったまま追跡を行った。
追跡開始から15分。
輸送部隊はリーブ山地麓に沿うように移動を続けていた。
日は沈み、空は明るい藍色をしていた。
光の限られる中でも、2人は目視で輸送部隊の痕跡を確認しつつ進む。
「何か聞こえました」
「緊急後退」
報告に対してフィーリュシカが突如後退を命じる。
ナツコは低出力状態だったコアユニットを戦闘出力まで引き上げると、全速力で後退をかけた。
目前に大口径榴弾が着弾。閃光が瞬き、爆音が響く。
「こちら損害無し!」
「了解。
戦闘態勢へ移行」
2人は互いをカバーできる距離を維持しつつ後退を開始。
フィーリュシカはいつも通り落ち着いた調子で、タマキへと攻撃を受けた旨報告する。
「捕捉。距離500メートル」
ナツコの目が稜線を越えてきた敵機の姿を捉える。
既に距離が近い。
それに見えてしまうとどうして今まで発見出来なかったのか疑問に思うほど、敵機の姿は巨大だった。
「敵機戦闘態勢。
コアユニット出力確認。該当機体――無し。
でもこの機体って――」
視界に飛び込んだ敵の姿。
夕闇の中でも、その姿を見間違えることは無かった。
右腕に100ミリ砲。左腕に76ミリ砲を装備した、規格外なまでの巨躯を誇る、超大型〈R3〉。
それは紛れもなく、かつてレインウェル基地北部への捕虜輸送護衛中に戦った、超重装機〈アヴェンジャー〉だった。
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