第176話 コゼット・ムニエ⑥

 レインウェル基地中央区画内にある、総司令官の執務室。

 東部戦線における戦力バランスが拮抗し、戦況が大きく動かなくなってコゼットの仕事も減っていた。

 大まかな攻略方針は示すが、実際に戦略を策定するのは副司令官のテオドールだ。


 コゼットの担う最も大きな仕事は本星将官たちのご機嫌取りだった。無駄な時間ばかりが過ぎるその仕事も、この日はようやっと積み重ねてきたことが功を奏して、後方星系から2師団の援軍を獲得した。

 到着まではしばらくかかるが、援軍が来るのと来ないのでは天と地の差だ。

 特に東部戦線は戦線が広がりすぎ、防衛のために多量の戦力を割かなくてはいけないような状況だった。


 やりとげた仕事に一息ついたコゼットは、たまには寝る前に1杯と、執務室内の冷蔵庫から果実酒を取り出した。

 しかし栓抜きが見当たらず探し回ってしまう。普段から酒を飲むわけでないし、飲むとしてもこういった仕事は副官に丸投げしていた。

 ようやく戸棚にあった栓抜きを見つけると、ついでにコップも取り出した。

 そこで執務室の扉が叩かれた。


「どうぞ」


 コゼットは何も考えずに入室許可を出した。

 警備の厳しい総司令官執務室。ここまで来て扉を叩いたとなれば相応の人物に違いない。

 今夜は面会の予定は無かったから、副官のロジーヌだろうと勝手に思い込んでいた。


「失礼する」


 だが入室したのはコゼットの予想とは異なる人物だった。

 トトミ星系副司令官テオドール・ドルマン中将。60近い歳ながらも刃物の如き眼光を携えた将軍だ。彼を副司令に任命したのは統合軍本星のニシ上級大将だったが、コゼットは彼に信頼を寄せ、東部戦線指揮の大部分を任せていた。


「突然の訪問ですね。予定は無かったはずですが。――まあ良いでしょう。閣下もどうですか?」


 コゼットが果実酒の瓶を見せたが、テオドールはかぶりを振った。

 席に戻ったコゼットに対して、その正面に立つと厳格な面持ちのまま尋ねる。


「ラングルーネ攻略戦のことで話がある」

「私も明日、それについて相談させて頂こうと考えていました。東部戦線は攻勢に転じるべきでしょう」

「これからの話ではない。第1次反攻作戦の話だ」


 コゼットは首をかしげた。

 その話は散々しつくしたはずだ。

 本星将官の意向に従い、統合軍はラングルーネ基地へ無謀な攻略戦を仕掛けた。その結果、無残に敗れ、東部戦線はレイタムリット基地まで後退を余儀なくされた。


「何かまだ話すべき事がありましたか?」


 尋ねるコゼットへと示すようにテオドールは手にした端末を机の上に置いた。

 表示されていたのは、アイレーン出身部隊の第1次反攻作戦中の行動。


「何故トトミ霊山へと建設部隊を差し向けていたのか。それも大隊規模。大型掘削機装備。――一体何を探している?」

「そのことですか」


 コゼットは作戦行動中、全く関係ない場所で秘密裏に部隊を動かしていたと認めて頷き、問いに答える。


「戦略ミサイルの発射基地を作っていました。戦争が長引けば必要になるでしょう」

「それは作戦の最中にやるべき事だったのか」

「ええ。秘密裏に建造しなければなりません。敵にばれてしまえば対策をとられるでしょう? ラングルーネ基地攻略は目くらましにちょうど良かった」


 コゼットはそう答えたが、テオドールは納得しなかった。


「もう1度きく。何を探している」


 重ねられた問いに、コゼットは観念したと、もう1つの回答をした。


「惑星トトミでの勝利に必要なものですよ」

「それは一体何だ」

「閣下も分かっているでしょう? 我々はラングルーネ基地で手痛い反撃を受けた。次もそうならないとは言い切れません」

「――内通者か」


 コゼットは声も無く頷いた。

 元々無謀だったラングルーネ基地攻略戦だが、大きな被害を受け敗走する羽目になった原因は、前線において戦術データリンクがハッキングされたからだ。

 それを為しえるためには統合軍内に協力者がいなければならない。

 それも広範囲での戦術データリンクに介入するとなれば、かなり上位の権限を持った人物に他ならない。


「トトミ霊山に手がかりがあると?」

「いいえ。ただ、私が想定外の行動をとれば向こうも動く可能性がありました。結局、空振りに終わりましたけど」


 テオドールは品定めするようにコゼットの顔を見やった。

 それに応えるようにコゼットは口を開く。


「安心して下さい。閣下を疑ってはいません。ニシ閣下の肝いりですから」

「――ニシ閣下からはどこまで聞いている」

「恐らくあなたが伝えられた内容は全て。私は元々ニシ元帥閣下と組んでいましたから」


 返答にテオドールは目配せした。総司令官の執務室ではあるが、内通者が誰だか分からない以上、発言内容に気を配る必要があったから。

 対してコゼットは頷いて、自由に発言するよう示す。それを受け彼は尋ねた。


「――アイノ・テラーはトトミに居るのか?」

「恐らくそうでしょう。何処で何をしているのかは分かりません」

「元帥閣下は?」

「互いに不干渉とする取り決めです。元帥閣下がトトミを発ってからの行動は、こちらで把握していません」

「イザートは何を考えている」

「あの人の考えは私には理解しかねます。ただ復讐心だけは人一倍あるようで、困ったものです」

「内通者は誰と繋がっている?」

「まだ答えに辿り着いていません。ですが数日中に明らかになるでしょう」


 テオドールは質問は終わったと、返答に必ずしも満足したわけでは無かったが小さく頷いて顎髭をいじる。

 コゼットは彼の端末を手にして、その裏に袖から出した紙切れを隠すと、そのまま手渡した。

 目配せされて何か隠されたことを察したテオドールは、端末と一緒に紙切れも掴んで、そのまま懐にしまい込んだ。


「そうでした。良い報告が有ります。バスコーラスから2師団の増援が来ることになりました。日程は調整中ですが、4週間以内には到着するでしょう」

「それは良い知らせだ。東部戦線に投入して構わないか?」

「もちろん。そのための援軍です。ラングルーネ基地は早急に落として頂かないと困ります」

「またラングルーネか」


 テオドールとしては帝国軍が待ち構えているラングルーネ方面よりも、デイン・ミッドフェルド基地やボーデン基地方面へと進路をとりたかった。

 だが総司令官であるコゼットはラングルーネ基地攻略を譲らない。

 それは少なからず本星将官の意向も含まれているのであろうが、テオドールにとっては悩みの種だった。


「ええ。あの場所に敵の基地が存在するのは好ましくありません。準備が整い次第、第2次反攻作戦を進めましょう」

「――承知した」


 指揮能力ではテオドールの方が経験豊かで実績もあったが、トトミ星系総司令官はコゼットだ。その指示に背くことは出来ない。

 それにコゼットは、トトミ中央大陸で戦争が起きた際どのように戦うべきか、ニシ元帥から直々に指導を受けている。恐らく統合軍内の誰よりも、トトミでの戦いをどう進めるべきか熟知している。。


 お目付役として副司令官に任命されたテオドールだが、これまでのコゼットの行動を見る限り、総司令官は彼女に任せるべきだろうと結論を出していた。

 それは本星を預かるニシ上級大将も認めるところであり、最早惑星トトミの命運は、彼女に一任されていた。


 テオドールは夜半の訪問を謝って退出しようとした。

 その背中へと、コゼットは「折角だから1杯どうですか」と果実酒を再度勧めたのだが、彼はこれからレイタムリット基地へ移動することを理由に断り、執務室を後にした。


 1人になったコゼットは、果実酒の栓を抜いて、炭酸が抜けないようコップへと注いだ。

 高級な酒ではないが、コゼットはこのアルコールの少ない発泡性果実酒を好んでいた。


「つれない人です。真面目なのはいいことですけど」


 果実酒を半分だけ飲んで、それからコゼットは端末に届いた秘匿通信をあらためる。

 本星からの通信を装った偽装文。内容は他者への漏洩を恐れたのか簡潔に「今日」とだけ。

 コゼットは既に日付が変わっているのを確かめた。準備する猶予はある。


「早かったですね。受け取りは――まだ居ますね。連絡方法はどうしようかしら」


 少しばかり思い悩んだ。

 都合の良いことに受け取りに最適な人物がレインウェル基地にいたのだが、そこと連絡を取る手段がない。

 コゼットは既に自分が内通者の監視下におかれていることを把握していた。

 その相手は抜け目なく、仕掛けた罠を避けながら、巧妙に必要な情報だけを盗んでいく。


 となれば、コゼット側から行動は起こせない。敵はコゼットの用いる秘匿通信すら知り尽くしている。

 最悪の手段として直接連絡をとることも考えられたが、望むならば向こう側から通信を繋いで欲しい。それも、コゼットの知り得ないような秘匿通信方法で。


「バカバカしい考えだわ。誰がこんな場所にかけてくるものですか」


 コゼットがいるのはレインウェル基地内でも最重要区画。惑星トトミ総司令部のある中枢部だ。

 よそ者が外部から秘匿通信をかけてくる可能性は低い。仮に通信が成功したとしても、バレたら即銃殺刑だ。リスクが高すぎる。


 結局コゼットはアナログな手法に頼ることにして、ここ数ヶ月で磨いた、手元を見ずに紙面へ文字を書く技術を使って、紙へ必要な情報を書き込んだ。あとはどうにかして目標に渡す方法だが――


 ――本当に最悪な母親だわ。


 娘を利用することに罪悪感を覚えたが、他に使える手段がないのも事実。

 残っていた果実酒を飲み干すと、明朝早くからの行動に備えて支度を始めた。


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