第156話 〈空風〉

 イスラは右手に持ったショットガンを構えると、敵の移動予測進路へ向けて放つ。

 弾種は散弾。

 相手が〈空風〉と分かればグレネード弾を使う必要も無い。装甲は無いも同然なのだから、散弾でもダメージを与えられる。


 タマキも機関銃を運搬状態にして、手には個人防衛火器を持った。

 6.5ミリの小口径高速弾は生身の相手に滅法強い。高い連射速度、銃弾初速、豊富な弾数と、装甲の薄い相手に対しては非常に有効な武器だ。


 だがどちらの攻撃も、敵〈空風〉に有効打を与えられずにいた。

 敵は攻撃回避に専念し、2人が敵を追い込もうと機動したときにのみ、チェーンブレードで反撃する。


「こいつ時間稼ぎのつもりか?」

「その目的は達成されつつあります。厄介な敵です」

「だが無理に攻めたら相手の思うつぼだぜ」

「分かってます。1手ずつ詰めていきましょう」

「了解。逃げ道塞ぐ。援護頼むぜ」


 超高速で機動し始めたイスラが敵機進路の頭を押さえるように移動。

 敵機はそれを覗うようにしながらも、後方のタマキへの警戒を怠らない。収縮したままのチェーンブレードは的確に個人防衛火器の銃弾を弾き飛ばす。

 進路上へ割り込んだイスラはショットガンを構え1カートリッジ撃ち尽くす。回避ルートを塞ぐように放たれたはずの攻撃を、敵機はチェーンブレードを展開して、分離した刀身で防ぎきる。

 更に敵機は右手に持ったハンドアクスでタマキの攻撃を弾き、逸らした。

 互いに弾倉を空にしたイスラとタマキは装填のため後退するが、敵機は追ってこない。


 製造番号13の刻まれた〈空風〉を装備した女は、後退した2人を確かめるように視線を向けて、小さく首をかしげたままその場で待機した。


「こりゃ舐められてるな」

「面倒だわ」


 攻めきれない敵にタマキは苛立ちを募らせるが、直ぐ冷静になって敵機の分析を始める。

 敵は宇宙最速の高機動機〈空風〉。それがチェーンブレードと炸薬式アームインパクト、ハンドアクスだけ装備している。

 機動力はイスラと同等のはずだが、相手は極限まで無駄を省いた最小限の動作でこちらの攻撃全てを弾いてしまう。


 〈空風〉は電子戦装備はおろか、火器管制装置も最小限しか積んでいないような機体だ。

 対してタマキの〈C19〉は電子線装備の充実した指揮官機。されど射撃管制も誘導兵器も使わない敵は、元から存在しないが故にあらゆる妨害に対して無敵だ。

 こうなっては指揮官機は少し丈夫で火力の低い突撃機に過ぎない。


 本来ならば存在するはずの機体スペックの差を、敵は圧倒的な操縦技能と、ただそれだけに特化された機体速度でもって無くしてしまう。

 〈空風〉対〈空風〉に加え、援護射撃を行う指揮官機がついている状況で互角。――いや、向こう側有利な状況になっていた。


「これ以上時間はかけられません。一気に決めきれますか?」

「リスクがあるが、銃撃で決めきるには弾薬が足りないかも知れん」

「隙を覗いましょう」

「あの女が隙を作ってくれるかね?」

「何とかします。巻き込んだら、そっちで何とかして下さい」


 タマキは左手の汎用投射機へとカートリッジ式グレネードをセットした。至近距離で戦うイスラもろとも攻撃しかねないが、そうでもしなければ勝ち目はなかった。


「了解。上手いことやるから構わず撃ってくれ」

「そのつもりです」


 タマキは個人防衛火器を左手に持ち替えた。個人防衛火器物理トリガーに人差し指を伸ばし、汎用投射機の仮想トリガーに中指を登録。操作感に問題はあったが手数で押し切らなければならなかった。

 空いた右腕は運搬状態にしていた12.7ミリ機関銃を使用可能位置まで引き出す。連射速度は個人防衛火器に劣るが威力はこちらが勝る。武装やフレームで弾ききるには限界があるだろうと予想した。


「行きますよ」

「おうよ!」


 声を掛け合い、タマキのグレネード弾投射を合図に2人は敵機へと距離を詰める。

 弾速の遅いグレネード弾は即座に回避されるが、移動先へとタマキは銃弾をばらまく。

 弾速と連射に優れる個人防衛火器と、威力に優れる機関銃の同時射撃。

 されど敵機は機銃弾を回避し、小口径高速弾をハンドアクスとチェーンブレードで弾く。


 ショットガンを突き出したイスラは敵機移動先へ回り込み散弾で牽制。展開されたチェーンブレードの刀身が散弾を防ぎ、それを通り抜けた弾すら〈空風〉フレームに弾かれる。

 だがそれで敵機の移動速度が若干落ちた。

 タマキがそこへとグレネード弾を投射。同時に回避先を潰すよう機関銃を乱射した。


 敵機の反応は早い。

 ワイヤー射出でグレネード弾の弾道を修正させる。小さく弾かれたグレネード弾は後続の弾道上へ割り込み、空中衝突した2発が爆発。余波によって弾道修正された残りも敵機を捉えることは無く、それどころか、グレネードの爆発がイスラの機動先を塞いだ。


「この程度で止められると思うなよ!」


 イスラはブースターを全開にし、最高速度でグレネードの爆発へと身を投じた。

 金属片がフレームの合間を縫って皮膚に突き刺さるが、痛みを堪えそのまま突き進む。


 横薙ぎに振るわれるチェーンブレード。刀身が展開され、のたうつ蛇のようにイスラへ襲いかかった。


「その軌道は見切った」


 ショットガンを投棄したイスラは、左手の振動ブレードを構え、右腕のパイルバンカーへエネルギー供給を開始。

 不規則な軌道を描くチェーンブレードの攻撃を速度を落とすこと無く紙一重で躱す。


 しかし敵は、展開されたチェーンブレードの根元へ右手を押し付けた。炸薬式アームインパクトが作動し、その衝撃がのたうつチェーンブレードの軌道を更に不規則に変化させる。

 波打って暴れた刀身が目前まで迫っていたイスラの脇腹を捉えた。

 フレームに対して斜めに突入した刀身は貫通こそしなかったものの、強い衝撃がイスラを機体ごと吹き飛ばす。


「そこです!」


 動きを止めた敵機へ、タマキは狙い澄まして12.7ミリ機銃を放った。

 胴体目がけて放たれた3発の銃弾。

 敵機はチェーンブレードを引き戻す力を使って右腕を振るう。ハンドアクスの一振りが、3発の銃弾を空中で両断した。


「なっ――」


 驚愕するタマキへと敵機はワイヤー射出。ハーケンが緊急後退をかけたタマキの右腕。12.7ミリ機関銃と腕部パーツの接合点に突き刺さる。


「っ――させるか!」


 攻撃の衝撃から何とか体勢を立て直したイスラがブースターに点火。しかしワイヤーを巻き戻し、一瞬早くブースターに火をつけた敵機が追撃を振り切ってタマキへ追いすがる。


 タマキは機体との接続が途切れた機関銃の物理トリガーを引き、向かってくる敵機へ銃弾を叩き込む。正面からの攻撃を全て回避されると、機関銃を接合部ごと強制脱離させる。

 敵機はワイヤーを急速に巻き戻し、機関銃を引き寄せハーケンの固定を解除。敵機後方へ転がった機関銃がイスラの進路を塞ぐ。


「まずい――下がれ!」

「下がって逃げ切れる相手じゃないでしょう!」


 タマキは緊急後退をかけながらも個人防衛火器を構え敵機へ向けて乱射。

 全て防がれ、あっという間に肉薄された。振りかざされるチェーンブレード。

 攻撃の寸前、高周波振動ブレードを右手で引き抜いたタマキはアンカースパイクを起動。緊急停止後即解除し、地面を蹴って前進。肉薄する敵機へ向けて突撃をかけた。


 チェーンブレードの攻撃をかいくぐり突き出された振動ブレードの切っ先が敵機のど元をかすめる。

 しかし次の瞬間には敵機は既にタマキの側面を取り、右手のハンドアクスを振るっていた。


「――こんのっ」


 ハンドアクスが機体背面に搭載された指揮モジュールを抉った。戦術ユニット、レーダー、通信装置が深刻な損傷を訴える。

 タマキは警告を無視し左手を振るう。振り回された個人防衛火器が火を噴くと敵機は突き刺さったハンドアクスを手放し、アームインパクトへ次弾装填しつつ後退。

 そこへ向けてタマキが振動ブレードをぶん投げた。敵もそれは予想外の行動であったが、真っ正面から放られたそれの柄を肘で軽く叩いて処理。


 だがそこへ最高速度まで加速したイスラが突撃を敢行した。

 違法改造を施され、リミッターを解除されたブースターが残っていた全ての燃料を噴出して、機体限界を突破した速度で追いすがる。


「イスラ! これを!」

「おうよ!」


 タマキはバックパック下に懸架されていた武装を投擲。

 空中でそれを受け取ったイスラ。既にエネルギーパックを接続されていたそれが青白い刀身を展開させる。

 近接戦闘用レーザーブレード。

 接近戦において類い希なる攻撃力を発揮するものの、エネルギー効率が悪く、わずが数秒でエネルギーパックを1本食いつぶすロマン兵器。


 イスラは左手に高周波振動ブレード、右手にレーザーブレードを構え突撃。

 その進路を塞ぐようにチェーンブレードの刀身が舞う。

 切っ先を高周波ブレードで受け止め、刃を滑らせ邁進。振るわれたチェーンブレードは軌道を複雑に変化させるが、その根元をレーザーブレードが断ち切った。

 刀身が破損した高周波ブレードとエネルギーの尽きたレーザーブレードを投棄し、イスラは更に踏み込む。


 決して速度で負けるはずの無い〈空風〉。

 その〈空風〉を、イスラの〈空風〉が速度で圧倒し肉薄した。

 ブースターが爆発し黒煙を上げる瞬間、至近距離まで到達したイスラは、敵の頭部へ向けて右腕を構えた。

 既にエネルギーを充塡されていたパイルバンカーが電磁銃身を展開し周囲にオゾン臭が立ちこめる。


「くたばれクソヤロウ」


 敵機頭部へ向けて、亜光速まで加速された金属杭が射出された。


 ブースター爆発による黒煙と、パイルバンカーの放熱で気化した雨によって視界はゼロになる。

 灰色の煙に包まれた空間から、イスラが後ろ向きに弾き飛ばされ、背中から地面に落ちた。


「大丈夫ですか!」


 レーダーを破壊され視界不良の状況では銃撃不可能であったタマキは慌ててイスラへと駆け寄る。

 それに応えるようにイスラは左腕を上げて見せたが、直ぐには立ち上がれなかった。


 空中に発生していた灰色の煙が晴れると、破損したヘルメットをかぶり直した敵〈空風〉は、2人へ向けて頭を下げる。


「何のつもり――」


 タマキは拳銃を抜いたが、相手はそのままきびすを返して2人の前から立ち去った。

 タマキの〈C19〉では〈空風〉には追いつけず、イスラはとても直ぐ動ける状態ではない。逃げる相手に対してとれる行動は何も無かった。


「無事ですか?」


 敵機がいなくなると、あらためてタマキは地面に転がるイスラへ尋ねた。

 イスラは壊れたパイルバンカーモジュールを手動で外すと、その場で上体を起こす。


「見ての通りぴんぴんしてる」

「元気そうで何より。で、何があったのですか?」


 問いかけに対してイスラも答えを戸惑った。彼女自身も、目の前で起こったことが信じられなかった。それでも事実をそのまま報告する。


「パイルバンカーの杭に下からアームインパクト合わせられた」

「はい? あの距離でですか?」


 それはタマキにはとても信じられない内容だった。

 至近距離から放たれた亜光速の杭に対して、炸薬式アームインパクトの衝撃を正確に合わせるなど、人間に出来る芸当では無い。

 それでも戦った相手は人間離れした戦闘能力を確かに示していた。

 それは帝国軍ブレインオーダーを凌駕し、フィーリュシカですら達し得ない領域であるとも思えた。


「命があったことに驚きだよ。とんでもない化け物だぜ」

「同感です。ヘルメット壊れていたようですが、顔は見ました?」


 イスラはぼんやりする頭をかいて、思い出すように答えた。


「ちらっとだけだから何とも言えないが、どっかで見た気がするんだよな」

「思い出しなさい」

「頭打ったばっかなのに無理言ってくれるよ」

「いいから思い出す」


 無茶を言われたイスラだが賢明に記憶をたどる。

 それでもぼんやりとした情景しか思い出せず、目を細め、タマキの顔をじっと見つめた。


「似てる気がする」

「わたしにですか?」

「うーん、でも違うな。あ! 1つだけ確実なことがある」

「なんです?」


 タマキが尋ねると、ふざけたようにイスラは答えた。


「あいつ、タマちゃんより胸がでかかった」

「大馬鹿者」


 タマキは言葉と共にイスラの尻を軽く蹴飛ばした。


「作戦行動中に隊長に対してそのふざけた呼び名はなんですか。後で罰を与えるので覚悟しておくこと」

「そりゃないぜ少尉殿」

「中尉です。訂正なさい」

「そりゃないですよ中尉殿」


 訂正されたが、タマキは罰を与える件について譲歩するつもりは一切無かった。


「いつまで座っていますか、直ぐ立ちなさい。通信機は動きますか?」

「動いてない。あの中尉殿? 罰の件は?」

「しっかり与えるので感謝するように。

 ――戦術データリンクが途切れています。ともかく、部隊員と合流しましょう。〈音止〉との合流を目指します。ついてきて」

「了解。ついていきますとも」


 諦めたイスラは立ち上がると、指揮用端末にローカル保存された地図を見ながら移動開始するタマキの後を追いかけた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る