第95話 帝国軍の攻勢

 トーコは出撃待機状態で塹壕内に隠された〈音止〉コクピットにいた。

 後部座席にはユイが乗り込み、戦術データリンクを繋いだ整備士端末をなにやら操作していた。

 じっとしていると戦況がどうしても気になり、〈音止〉のコアユニットを最低出力で起動させるとメインディスプレイを立ち上げる。

 2脚装甲騎兵である〈音止〉には、一般兵たちよりは多くの情報が与えられた。


 前線では、既に確認されただけで〈ハーモニック〉60機以上。それらが統合軍の構築した対装甲騎兵装備の歩兵による防衛ラインを食い破り、その内側へ浸透している。

 対してこちらの撃破数は予想以上に少ない。それはもう、一点集中で大量の装甲騎兵を投入されたら攻撃のしようがない。攻撃を仕掛けると言うことはそのまま死に直結する。

 兵士の命をその辺の石ころ程度の価値としかみていない帝国軍ならともかく、統合軍では死ぬと分かっていて攻撃命令を出す指揮官は限られる。


 それでも工夫を凝らして攻撃を仕掛けようとするのだが、〈ハーモニック〉の振動障壁に阻まれているのであろう。命中弾は出せてもダメージを与えられていないようだった。

 そう考えると〈ハーモニック〉の集中運用は、コスト面はともかくとして、攻撃手段としては理にかなっているように思えた。振動障壁が有効な機体が代わる代わる最前線に立つことで、全体としての生存率を上げられるから。


「あんまり、良い状況じゃ無いみたいだね」

「そのようだ。122ミリ砲なら射程外から撃破可能だが――」


 答えたユイは、意味ありげに言葉を句切る。なかなか続きを言わないものだから、仕方なくトーコは引き継いでやった。


「パイロットが下手クソだから当たらないって言うんでしょ」

「ひねくれた奴め。そういうんじゃない。いや、違いはしないが。ともかくあたしが言いたいのは、敵が多すぎるってこった」

「それは確かにね。機体もパイロットもよく集めたね」

「その点に関して帝国軍は上手いことやってる。初期の攻勢の時点で、占領地域で少しでも装甲騎兵の操縦適性があるやつを見つけると国営の専門学校へ連行していた。結果として、現在こうして大量の装甲騎兵を動員できるわけだ」


 なるほどそういうことかと、トーコは納得した。

 むしろユイがそんなことまで知っている事に驚いたが、タマキから聞く限り、一時期帝国軍の占領地域で技術者していたそうだからその時に調べたのだろう。


 しかしそんなことに納得している場合でも無かった。

 統合軍側が繰り出せる対装甲騎兵戦闘が可能な装甲騎兵は、恐らく100機程度。しかもその大半が旧型機の〈I-M16〉で、この機体はトーコもよく知っているのだが、はっきり言って帝国軍の旧型機〈ボルモンド〉より弱い。

 当然最新鋭機である〈ハーモニック〉に勝てるはずもない。その〈ハーモニック〉がまだ60機健在で最前線にいる。


 この時点で勝ち目なんて到底存在しないのに、更に統合軍は配置転換が遅れて、装甲騎兵の配置が点在している。

 散発的に攻撃を仕掛けても振動障壁を持つ〈ハーモニック〉に対しては無力だ。

 集中運用を打ち破るには、こちらも装甲騎兵と歩兵を一カ所に集めて集中攻撃をかけるしかない。

 ――ないが、相手は機動力のある装甲騎兵で、一カ所に留まってくれたりはしないだろう。結局の所、誰かが散発的にでも攻撃を仕掛けて足止めをしなければ始まらない。それを誰がやるかは、たぶん誰も考えたくない話題だろう。


「これ、勝ち目あるのかな」

「ないな。さっさと逃げた方が良い」


 きっぱりと返されて、トーコも肩すかしを食らった。


「でも、逃げるっていっても何処に逃げるの? 素通りさせたらデイン・ミッドフェルド基地はすぐ陥落するし、少しでも数を減らさないとレイタムリット基地だってもたないんじゃない?」

「それが面倒なところだ。一か八かトトミ霊山を超えるしかないかもな」


 あまりに非合理的な提案だった。冬のトトミ霊山をまともな準備も無しに超えられるはずがない。


「この機体でも足止めは無理なんでしょうね」

「そりゃあパイロットが下手クソだから」

「そう言うと思った」


 さっきはひねくれた奴だなんて言ったくせに、こいつも相当ひねくれ者だ。トーコは怒りを感じながらも、今殴るわけにはいかず保留しておく。保留した分をいつ返せるか、最近では楽しみでもあった。


『敵集団進路変更。このままでは正面に立つことになります。ツバキ全機移動準備』


 通信機からの命令にトーコは応じ、〈音止〉を機動状態へと移行させた。


『ツバキ8。身をさらすことになります。くれぐれも敵の攻撃に気をつけて』

「了解」


 まだ射程外ではあるが、〈ハーモニック〉が超長距離砲を装備していないとも言い切れない。システムを通常稼働させ、レーダーも起動させて偽装網をとき立ち上がった。


「よし行こう。ユイ、今日は吐かないでね」

「それはお前の操縦次第」


          ◇    ◇    ◇


「各機指定位置まで移動。既に帝国軍が迫っています。歩兵部隊は塹壕から絶対に頭を出さないように」


 指示をして、タマキも移動を始める。

 敵が対空砲陣地へ向けて進路変更。ツバキ小隊の潜む拠点はその進路上にあった。

 いくらなんでも正面切って戦っては一撃離脱もままならない。所属大隊から拠点放棄の許可も得られ、速やかに移動した。


『道を譲っちまっていいのか?』


 問いかけたのはイスラだ。先に外に出て配置についていたため移動が早く終わり尋ねてきたのだろう。


「仕方がありません。そのかわり、側面攻撃で可能な限り数を削ります」


 答えながらも、タマキは何機倒せるか試算する。

 といっても絶望的な数だ。ロケットは遠距離から撃っても簡単に迎撃されるであろう。だからといって距離を詰めるわけにはいかない。あの数を相手に接近したら、発見されずに攻撃出来る可能性は限りなく低く、攻撃出来たとして生きて戻れる可能性はゼロに等しい。

 だから有効な攻撃手段は〈音止〉の122ミリ、88ミリ、55ミリ砲と〈アルデルト〉の88ミリ砲、〈サリッサ.MkⅡ〉の55ミリ砲のみ。それ以外はロケットを撃って注意を引きつけることしかできないだろう。

 そして〈音止〉の122ミリ砲なら振動障壁を貫通してダメージを与えられるが、それ以外では有効打にならない。振動障壁さえ無効化してしまえば88ミリ砲でもダメージを与えられるが、55ミリ砲では駄目だ。これは振動障壁の一時的な解除にしか使えない。


 となると、今の戦力から鑑みて〈音止〉は上手く行けば1機撃破出来るだろう。

 そして更に都合良くいったならばもう1機の振動障壁を解除せしめるであろう。そうすればフィーリュシカは〈アルデルト〉に装備された88ミリ砲を間違いなく命中させてくれる。

 カリラはこの距離なら恐らく外すので、計算に入れる必要は無い。

 つまり、最大限上手く言った場合に〈ハーモニック〉2機。

 これを少ないとみるか多いとみるかは微妙なところだが、1機ずつでも減らしていかないとこのままでは手がつけられないのも事実だ。この攻撃は失敗するわけには行かない。


「移動完了。攻撃準備。〈ツバキ8〉は攻撃を躱せる距離を保って」

『了解。なるべく本隊から離れます』


 トーコはそう告げて〈音止〉を歩兵の潜伏した塹壕から遠ざける。

 〈音止〉を狙った攻撃で歩兵が傷ついてしまっては大変だ。なるべく歩兵部隊との距離をとって、それから敵部隊の攻撃を余裕を持って躱せる距離をキープする。

 〈ハーモニック〉の主武装は90ミリ。弾道予測線さえ確認できれば躱せるが、相手が60機――前線を移動する途中で脱落機がでたようで今は57機――もいるのでは、避けた先に砲弾が飛んでくることも十分考えられた。


 統合軍の照明弾が打ち上げられ、夜闇の空に太陽の如き真っ赤な光球が3つ出現する。

 それは邁進する〈ハーモニック〉の部隊を明らかにした。

 〈ハーモニック〉は速度を落とさず進み続け、攻撃を受けると振動障壁で阻み、入れ替わるように前に出た機体が反撃する。


 群れとして完全に統率された集団。

 タマキが実際に敵軍を見た印象はそれだった。

 それはあまりに隙が無く、対して散発的な攻撃しか仕掛けられない統合軍部隊は、攻撃した端から撃破されてしまう。


「全機、構え――」


 攻撃指示を出そうとした。既に敵集団の先頭は、ツバキ小隊の潜む塹壕正面に達していた。

 しかし、指示を出せない。


 ――数が、多すぎる。


 攻撃を仕掛けても返り討ちに遭う。それが分かりきっていて、攻撃しろとは命じられなかった。

 タマキは、ツバキ小隊をハツキ島まで連れて行くと約束したのだ。それを、こんなところで〈ハーモニック〉1機か2機のために死なせるわけには行かなかった。


「攻撃中止!! これよりツバキ小隊は北部方面へ一時退避します!」


 一時退避とは言ったが、統合軍部隊が足止めに成功し、攻撃の機会を作り出せなければそのまま撤退するしか無い。

 帝国軍はデイン・ミッドフェルド基地を占領するだろう。

 北部に取り残されたツバキ小隊は、トトミ霊山を越えるか、デイン・ミッドフェルド基地周辺の荒野に身を潜めるか。

 どちらもろくな準備の無い状態ではあまりに無謀な選択だ。

 それでも、今ここで隊員を殺す選択を下せなかったタマキには、そうするほか無かった。


『こちらツバキ8。敵の攻撃を確認。可能な限り攻撃を引きつけます』


 唯一姿を現していた〈音止〉に対して、90ミリ砲が放たれた。距離は十分にあり、砲撃も散発的。近寄ってこないよう威嚇している程度の攻撃だ。

 トーコはそれを余裕を持って回避しながら、隊長へ報告。

 即座にタマキも返答した。


「お願いします。歩兵部隊の待避完了次第そちらも待避を。それまで絶対に無理をしないで」

『承知してます』


 トーコの返答に満足して、タマキは歩兵の待避を優先させる。

 重装機の〈サリッサ.MkⅡ〉を連れている以上どうしても時間がかかってしまう。それでも待避しないことには、もう少ししたら〈ボルモンド〉を主力とした部隊がやってきて、その後からは歩兵部隊も展開されるだろう。

 最早、帝国軍の進出を防ぐ術はないように思えた。

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