第87話 ツバキ小隊への贈り物
「というわけで、みなさんに素敵な発表がありますよ!」
ナツコ主催の冷やし中華試食会を終えると、今度はサネルマが皆の前に立って堂々と宣言した。
ナツコの企画とほぼ同時にサネルマの企画がタマキへと持ち込まれ、談話室の貸し切り許可も1度にまとめてくれた方が申請書作成の手間が省けるからという合理的な理由によってまとめられた。
そんなこんなで同時開催となったイベントだったのだが、隊員はこちらについては内容を知らされていなかった。
「サネルマに任せて大丈夫な内容なんだろうな?」
「内容は事前に確認しています」
不穏な空気を感じたイスラが尋ねたが、タマキは問題無いと一蹴した。
そんなイスラへとサネルマは手招きして呼び寄せる。
「ちょっとお手伝いお願いします」
「それって拒否権ないのか?」
「行きなさい」
タマキに有無を言わさずそう告げられたイスラは渋りながらもサネルマに連れられて談話室から出て行った。
残された隊員はタマキに一体何の発表なのかと尋ねたりもしたが、口止めされているとの理由で答えて貰えなかったので、期待半分、恐怖半分で待ち続けた。
「お待たせしましたー。いやあ、思ったより大きくて、台車借りてきました」
サネルマとイスラはそれぞれ段ボール箱の積まれた台車を押してきた。
ナツコはその中身を遠目に見ようとしたが、段ボールはしっかり閉じられていて、外装には数字と記号が走り書きされているだけで肝心の中身については分からない。
「で、何なんだ、これ? 重くはなかったが」
運んで来たイスラもまだ知らされていないらしく、箱を軽く持ち上げて音を確かめる。
硬いものが入っているようでゴトゴト言ったが、同時にビニールのこすれる音。
「気になるでしょう? ご心配なさらず! 早速配りますからね! 1人1箱ちゃんと用意したので名前を呼んだら取りに来て貰えると嬉しいです。これは――165のBなので隊長さん」
「個人情報をばらまかないで、名前だけ呼んだらよろしい」
サネルマの発言に意見しながらもタマキは箱を受け取りに立ち上がった。
これは失礼と軽く謝ったサネルマは持ち上げた箱を手渡して、次の箱を確かめる。
「あ、これイスラちゃん。ここ置いておきますね。次が――」
順番に名前を呼んでいき、箱が配られていく。
受け取った箱は最後に皆で開けますからね! とサネルマに釘を刺されていたため、箱を受け取ると座っていた席に戻り配り終えるのを待つ。
最後にナツコの名前が呼ばれて、一抱えある段ボール箱¥を手渡された。
両手で抱えたそれはほどよい重さで、かさばるが持ち運ぶのに苦労するほどではなかった。
まだ台車の上に箱が2つ残っていたが、全員1個ずつ箱を受け取った。
「これで全員行き渡りましたね。誰から開けましょうか」
「中身みんな違うのか?」
「ほぼほぼ一緒です。ほぼ」
イスラの問いかけにサネルマが答えると、だったら全員一緒に開けたらいいじゃないかと突っ込みが入る。困ったサネルマは判断を仰ぐようにタマキへと視線を向け、向けられたタマキはやむなくため息交じりに答えた。
「好きにしたらよろしい。サネルマさんが取り寄せたのですからサネルマさんが代表して開けたらそれで済む話でしょう」
「そう言いましてもですね。こう、驚く顔が見たいと言いますか」
「だったらナツコさんにでも開けて貰ったらよろしい」
「それは良い意見です! というわけでナツコちゃん。ぱかっと開けちゃって下さい!」
突然お鉢が回ってきたナツコは自分を指さして驚きながらも、直ぐにでも箱を開けたかった思いもあり、大きく頷いて立ち上がる。
「不肖、ナツコ・ハツキ1等兵。開けさせて頂きます!」
「お願いします!」
箱には封がしてあってナツコはカッターを探したが、サネルマより使わない方がいいと意見されると、指先で封の端を浮かせてそこからゆっくりはがした。
「で、では開けますよ!」
「お願いします!」
「本当にいいんですね!」
「さっさとあけなさいよ」
リルに冷たく言われて、ナツコは直ぐさま返事をすると箱を開けた。
一番上に入っていたのは紙製の箱で、箱の中に箱が入っていたため拍子抜けしながらもそれをまたしてもゆっくり開く。
「開けます!」
今度は宣言だけすると、直ぐに箱を開いた。
箱の中身は、作りの良い、丈の短いブーツであった。
「靴? あ、もしかして!」
ブーツの入っていた箱を取り出し、その下に埋まっていた別の紙製の箱を取り出すと、ナツコは皆の注目を集めてそれを開封した。
「やっぱり! ツバキ小隊の制服、届いたんですね!」
箱の中身は軍服一式。
白色の長袖ブラウスに、ハツキ色と呼ばれる薄い桃色をしたシングルブレストの上衣。上衣につけるサネルマ考案の部隊認識票と、ネクタイとリボンが1組。
下は上衣と同じ色をしたズボンとスカートで、ご丁寧にストッキングと冬用タイツまで入っていた。
それに婦女挺身隊の制帽と似たデザインのフィールドキャップや、防風・防汚用の丈の長いスモック。
それが2組と、防寒用の桃色をしたロングコートに、予備のブラウスと、夏用の半袖ブラウス。更には〈R3〉装着時に身につける機能性インナーが、質の良いお値段の張る生地をつかった高級品ながら、専用デザインでしかも2組入っているという至れり尽くせりな内容だった。
「わあ! 凄い! サネルマさん、こんな立派な制服、本当に貰って良いんですか!」
「モチロン! 皆のために作って貰ったものだからね!」
ナツコは喜びで表情を一杯にして、早速封を切った上衣を羽織ってみた。サイズは事前に健康診断で得られた情報を使っただけあって完璧であった。
「おー、こりゃ良い出来だな。にしても質もそうだし、これだけ全部専用デザインだとしたら、結構値が張ったんじゃないか?」
イスラの的を射た発言には、サネルマも無い髪をかきわける素振りをしながら答える。
「実は本当は婦女挺身隊時代に使っていた、といっても正式採用されていたわけではない隊員服みたいのを余ってたら譲って貰えないか打診していたのですが、連絡をつけたハツキ島で縫製工場を経営してた知人が、義勇軍の存在を知るとハツキ島から避難している人達に連絡をつけてくれてですね。
そのおかげでたくさんの人がツバキ小隊の存在を知ってくれて、知人のつてもあって結構な額の義援金が届いたそうなんです。
それで、折角なのでハツキ島らしい制服を作ろうということになったらしく、少しばかり時間はかかりましたがこのように完成した次第であります」
サネルマの報告に、イスラは偉い偉いとそのつるつるの頭を撫でる。
カリラも頷いて、制服一式をあらためて、その製造費を概算して頬を引きつらせる。これだけの質のものを少量生産したら、単価はとんでもなく跳ね上がるのは明白だったし、そもそもお高い機能性インナーだけでも相当な額になりそうだった。
「っていうか薄いとは言えピンクなの? 軍服としてどうなのよ」
「ピンクじゃありません、ハツキ色ですよ!」
リルが色合いについて意見をつけると早速サネルマはそれを否定する。
それでもリルは遠慮したそうな顔をしていたが、今身につけている服を見下ろすと、ハツキ色の軍服を受け入れた。
「統合軍の軍服着るよりかはずっとマシだわ」
「そうそう。リルちゃんピンク似合うぞ」
「うっさい、バカ」
からかったイスラへ一喝すると、姉をバカよばわりされたカリラが怒りを露わにして声を上げたり、サネルマが「ハツキ色です!」とすかさず指摘したりしたが、タマキが咳払いすると静かになった。
「確認して良いですか? このリボンは何です?」
軍服らしくない、スナップ式のリボンを手にとってタマキは尋ねる。
それはまるで女学生の制服に用いられるような代物で、1つだけ場違い感が否めなかった。
「よく聞いてくれました! 実はデザインの際に相談を受けていまして、そこですかさず可愛さ重視でリボンにしようと意見したのですが、軍服にリボンはないだろうと向こうで反対意見が多数あったんですよ!」
「でしたら何故これがここに存在するのですか?」
「無理言ってつけて貰いました!」
「なるほど」
タマキは納得はしないが事情は分かった程度に相づちを打って、それから「各自好きにしたらよろしい」と、事実上「ネクタイ着用のこと」と同義な発言をした。
「はいはい! サネルマ副隊長! スカートははいていいんですか?」
「それは問題無い、はず……?」
サネルマは了承を取り付けようと、タマキへと向けて慎重に視線を向けた。
タマキは面倒臭そうな顔を一瞬だけして見せたが、そちらについては裏もなく素直に頷いた。
「基地内であれば構いません。わたしも女性士官用のスカートは支給されてはいましたし」
「え!? タマキ隊長のスカート姿、見たこと無いです!」
「あんな面倒なもの、はきませんよ」
「え、ええー、ズボンより楽じゃ……。人それぞれですよね」
ナツコはタマキに睨まれると意見を諦めて、そう言う人も居るのだと自分に言い聞かせた。
「よく私とユイの分も用意できたね。後から入ったのに」
トーコは自分の制服を体に当ててみて、サイズがぴったりであることを確かめると呟いた。
それにはサネルマも自信満々に胸を叩く。
「ふふふ。無理言って後から追加で注文したんです。でも間に合わせてくれて、本当に持つべきものは友人ですね」
これは結構無理させたんだろうなと、トーコは思ったが口には出さなかった。
しかし逆に、そんなトーコと、タマキ、それにユイへとサネルマは声をかけて、1カ所に呼び寄せる。
「どうしました?」
「実はですね……。追加で頼んだ分、お金がかかりすぎてしまったみたいなところがありまして。
隊長さん、義勇軍の備品は自費調達ですよね? 領収書とかおりたりは……?」
「しませんね」
きっぱり言われるとサネルマは「まあそうですよね」とすんなり受け入れて、まだ台車に乗っていた箱の内、小さい片手で持ち上げられるサイズのものを取り上げた。
「そこで相談なのですが、ちょっと隊長さんに買って欲しいものがありまして」
「ものによりますけど、宗教的なブツでは……?」
「ありません! しっかりと、ツバキ小隊に関係あるものです!」
言って、サネルマは箱の封を開けて中身を1つタマキへ手渡した。
タマキが指先でつまんだそれは、ハツキ島の象徴であるツバキの花をモチーフにした、ハツキ島婦女挺身隊の隊員章、のレプリカであった。
「ツバキ小隊の所属章を婦女挺身隊の隊員章にしてしまったせいで、皆さんつけるものがなくて不便そうだと思い、頼んで作って貰いました。
流石に銀は高いですし、そもそも解体されているハツキ島婦女挺身隊の隊員章を勝手に作ることは出来ないので真鍮製のレプリカなのですが、これをですね、こう、寄付するような気持ちで買い取って頂ければと……」
タマキはレプリカの隊員章をまじまじと見つめて、小さくため息をつくとそれを上着のポケットに入れた。
「後で振込先を教えて下さい。明日までには支払っておきます」
「ありがとうございます! トーコちゃんもどう?」
「買わせて貰おうかな。隊長ほどお金は払えないと思うけど」
その言葉にサネルマは良い笑顔で新しく取り出した隊員章をトーコへ手渡した。
そして最後の1つを――
「というわけでユイちゃん」
「あたしゃ買わんぞ」
「えっ!?」
この流れで拒否されるとは思っても居なかったサネルマだったが、その手からトーコが隊員章をひったくって、ユイに押し付けた。
「後で払わせるから気にしないで」
「なんで買わなきゃならん」
「制服、貰ったでしょ」
「押し付けられたのであって貰ったのでは――。いい、分かった。払えば良いんだろ。バカと話すより金を払った方がましだ」
「分かればいいのよ」
尚もトーコが言い含めようとする態度を見て、ユイは観念して隊員章を受け取った。
元々技術者として高給をとっていた上に金銭に対して執着も無かったので、お金で解決できるならトーコと口げんかするよりは安上がりとの判断であった。
「お金が足りないのでしたら言ってくれれば良かったのに! ちょっとですが、私も払いますよ!」
「気持ちは嬉しいんですけどねえ。元々はハツキ島のために何かしたいって思った元ハツキ島市民の善意みたいなところがあるので、皆さんからお金をとったりするわけには――。
――という建前はありますけど、ハツキ島奪還のための義援金口座は常にオープンされているので、振り込みはそちらにお願いします」
目ざとく支払いの意思があると主張したナツコを見逃さず、サネルマは振込先の情報をツバキ小隊宛に送りつけた。
足りなかった分はサネルマが個人で立て替える契約を勝手にされていたので必死だったのだ。
「ハツキ島奪還のための義援金とあってはわたしから止めろとは言えませんが、トラブルの元なので寄付を強要したり、他の統合軍部隊に寄付を募ったりするような行動は慎んで下さいね」
「はい! 当然です!」
「慎んで下さいね」
「え、何故2回も確認を――」
「分かったら返事」
「はい、分かりました」
宗教勧誘について部隊内での布教は止めるように言ったにも関わらずナツコを勧誘しようとした前科があったため、タマキは厳しい口調で再度確認をとった。
素直にサネルマが頷くとそれでよしとして、気になっていた、台車の上に残っている最後の箱を手のひらで示して尋ねた。
「その箱は何です?」
「あー、これもですね、ちょっと頼んでいたものなんですけど」
サネルマは箱を開けて、中から出てきた金属製の筒をタマキへと手渡す。
グリップのついた持ち手は片手で握って持つことが出来たが、筒状のそれは中身も詰まっているようでそこそこの重量があった。
「それで、何です?」
「室内ではちょっと広げられませんが、ツバキ小隊の部隊旗を作ってみました。ワンタッチで展開できる優れものですよ!」
「部隊旗ですか。義勇軍規定上、義勇軍が独自の旗を作成することは認められていますし、基地の許可があれば掲げても問題無かったはずです。――が、良い素材ですね。高かったでしょう」
問いかけにはサネルマは視線を逸らし、消え入りそうな声で返事をすると共に自嘲気味に笑った。
「早速広げてみましょうよ! あ、でも軍服の試着もしたいです!」
ナツコはそんなサネルマの様子などお構いなしで元気にそう提案する。
されどタマキは士官用端末を取り出してもう間もなく訓練開始時刻であることを確かめた。
「5分後より訓練を予定しています」
その一言で、明るかったナツコの表情はどん底に沈む。
タマキはそんな浮き沈みの激しいナツコの表情を楽しむように眺めた後、前言を撤回して別の指示を与えた。
「軍隊において、正しい衣類の着用はどんな訓練より基礎的で尊重すべきものです。
よって、乱れなく軍服を着用できるかどうか確認を行います。
各自、受領した軍服を着用の後、宿舎前に集合するように。よろしいですね」
今度こそナツコは目一杯表情を明るくして、溢れんばかりの元気と共に返事を返した。
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