第41話 ハイゼ・ブルーネ撤退戦

 ハイゼ・ブルーネ基地に所属していた統合軍およそ4000は基地を放棄して一斉に撤退を始めた。

 帝国軍は放棄された基地内に潜む伏兵を警戒して大々的な追撃は控えたが、それがいつまでも続いてくれるという保証はない。

 そして帝国軍が追撃を仕掛けてきたとき、どれだけの統合軍戦力がハイゼ・ミーア基地まで無事に逃れることが可能か試算もままならない。されど、その数字がいかに悲惨なものになるかは、退却の指揮をとる士官クラスには良く分かっていた。


 ハイゼ・ブルーネ基地からハイゼ・ミーア基地へ逃れるためにはコレン補給基地を経由する必要があるが、そこまでの道は山道である。

 道路照明の落とされ闇に包まれた、ぐねぐねとしたカーブの続く山道を、足の遅い装甲車両が列をなして進んでいく。避けられない渋滞をなんとか緩和しようと連隊の一部をハイゼ・ミーア方面でなく北西のデイン・ミッドフェルド方面へと待避させたが焼け石に水で、山道はたちまち車両でいっぱいになった。


「遅い遅い。なーにやってんだ」


 ツバキ小隊の装甲輸送車両を運転するイスラは、目の前をとろとろと進む輜重科の大型輸送車両に対してクラクションを鳴らそうとした。しかしいくら押しても音は出ず、イスラは抗議するように指揮官席に座るタマキへと視線を送った。


「急かして事故でも起こされたらどう責任をとるつもりですか」

「そりゃわかっちゃいるが。――抜いていいか?」


 山道は分離されていない1.5車線が登りと下りで1つずつだったが、撤退のため全ての車線が下りとなっていた。

 足の速い車両は当然のようにゆっくり進む大型輸送車両を追い抜いている。


「駄目です。わたしたちには輸送車両を護衛する役目があります」

「そうだけどさ。このままじゃ最後尾だぜ」


 いの一番にハイゼ・ブルーネ基地を出たというのに、後方警戒を命じられていたツバキ小隊の装甲輸送車両はいつの間にか撤退する統合軍の最後尾付近を進んでいた。

 これは122ミリ砲1門ながら、装甲騎兵に対して有効な攻撃手段を残した〈音止〉が随伴していることが大きい。

 片腕を失い正面装甲を一部損失していることからタマキは難色を示したのだが、トーコは殿を務めることに賛成であり、〈ハーモニック〉の存在について報告を受けたこともあり、対抗できる〈音止〉を戦闘可能な場所に配備していく必要があるのは確かだった。

 それでもタマキとしてはツバキ小隊を迅速に撤退させたかった。夕方に帝国軍の強襲揚陸船団を発見してからというもの、戦闘態勢がずっと続いている。正規の軍人ではなく十分な訓練も施していないツバキ小隊は、一部を除いて疲労がたまっていた。

 悪態をつきつつ余裕そうな顔で車両を運転するイスラでさえ、大分運転が荒くなってきている。

 タマキはやはり先に行くべきだったと後悔したが時既に遅く、ツバキ小隊は最後尾を進む護衛部隊と合流することになった。

 統合軍装甲騎兵〈I-M16〉4機からなる部隊と〈音止〉が合流し、後方警戒に当たる。

 既に山道を半分以上進み、車列の先頭はコレン補給基地に辿り着いたと報告があった。


(このまま何もなければ良いけど)


 タマキは願ったが、その願いは届かなかった。


「敵機接近」


 警戒塔に上がっていたフィーリュシカから報告。

 統合軍〈I-M16〉のレーダーも接近する敵機を捉えた。

 〈ボルモンド〉を主力とした装甲騎兵部隊に随伴の〈R3〉部隊。既に〈ボルモンド〉16機をレーダーが捉えていたが、統合軍が攻撃を開始すると同時に妨害電波が統合軍レーダーを機能不全に陥れた。


「ライトを消して。ツバキ8、ライトを消して下さい」


 直ぐにイスラとトーコは反応し、それぞれ車両と〈音止〉のライトを消した。

 妨害電波を使った以上、帝国軍側のレーダーも使えなくなっているはずだ。

 危険は伴うが闇に紛れなければ明かりを目がけて攻撃を受ける。

 それは帝国軍も同じで、展開しているはずの〈ボルモンド〉は全てライトを消した。

 時折、〈ボルモンド〉の1つ目が闇夜にぼうっと浮かぶ。

 それに対して〈I-M16〉が発砲。応じるように、発砲炎を目標にして〈ボルモンド〉が攻撃を仕掛けた。


「ツバキ8、発砲を許可。反撃に十分注意して」

『了解しました。攻撃開始します』


 トーコは左腕に装備した122ミリ砲を構え、発砲炎に照らされた〈ボルモンド〉へ向けると即座に発砲。

 射出された徹甲弾は〈ボルモンド〉の正面装甲を撃ち抜き、コアユニットすら破壊して爆炎を上げる。

 爆炎に照らされる帝国軍〈ボルモンド〉部隊。統合軍の〈I-M16〉が後方へ照明弾を打ち上げると、発生した光球が煌々と帝国軍部隊を照らした。


『映像確認――敵戦力、〈ボルモンド〉22。〈R3〉120まで確認』


 敵戦力解析を行った〈音止〉から報告が飛ぶと即座に統合軍へとデータリンクされる。

 あまりに多いその戦力に、統合軍部隊は絶望し、撤退部隊の全滅を覚悟した。

 狭い山道では交戦できる兵数に限りがある。より戦闘能力の高い装甲騎兵を前線に展開できる側が有利だ。紛れもなくそれは帝国軍側であり、輸送車両を随伴している統合軍は逃げることも出来ない。


『〈音止〉なら十分に時間を稼げます』


 トーコが絶望的な状況を察してタマキへと告げた。それは単機での特攻を意味し、生き残る可能性は限りなく0に近い。

 タマキが制止するより早く、〈音止〉から次の通信が入る。


『そんな馬鹿なことのためにこの機体を使うな』

『ユイは降りていい』

『そういう問題じゃない。馬鹿言ってないで寄ってきてる〈ボルモンド〉を破壊しろ。残弾を気にする必要は無い』


 タマキはユイの言葉に便乗するように、特攻を画策するトーコをなだめる。


「単機での時間稼ぎは許可できません。そのまま戦闘継続を」

『ですか隊長。このままでは全部隊が』


 トーコの言葉も正しい。

 この状況を脱するには、追撃をかける帝国軍に対して真っ当な防衛行動をとるか、逆侵攻して追撃部隊へ攻撃を仕掛けるかしなければならない。されど、そんな戦力も余裕も退却する統合軍は持ち合わせていない。

 希望があるとすれば他基地からの援軍だ。シオネ港、ハイゼ・ミーア基地。どちらかから援軍をよこしてさえくれれば帝国軍追撃部隊とも渡り合える可能性はある。

 だかこの状況で、いかほど動ける部隊があるだろうか。

 海岸と直接接する2基地はハイゼ・ブルーネ基地のように強襲揚陸攻撃を受ける可能性がある。それに備えた上で救援部隊を編成し、果たしてそれは帝国軍追撃部隊と渡り合えるか。

 更に時間的制約もある。

 ハイゼ・ブルーネ基地強襲は突然のもので、強襲の報を受けてから部隊を編成し、ハイゼ・ブルーネ方面へと救援に向かったとして、一体何時到着するのか。

 恐らく援軍の到着は望めないだろう。

 タマキはそう結論づけたが、その結論は良い意味で裏切られた。


『退却中のハイゼ・ブルーネ連隊、良く持ちこたえてくれた。これより追撃する帝国軍部隊に対して攻撃を開始する。ハイゼ・ブルーネ基地所属将兵は迅速にハイゼ・ミーアまで後退せよ』


 連隊に所属する全ての部隊に対する通信。その通信は、少しばかり歳を感じるものの凜々しい女性の声であった。


『周辺に味方機出現――〈音止〉?』


 山道両脇。山の斜面に展開していた装甲騎兵部隊が、一斉に帝国軍へと砲撃を放った。

 発砲炎に照らされたそれは、トーコの乗る〈音止〉とは形状が異なるものの、識別信号は〈音止〉であることを示していた。


『なんだ。量産が間に合ったのか』


 ユイはそう声を漏らして、展開している〈音止〉を見る。

 トーコの〈音止〉が装備する無駄に巨大な超々高出力コアの代わりに、機体寸法にフィットする高出力コアを装備し、十分な防御力を持つよう装甲を施された量産型の〈音止〉。

 それが1中隊。13機が展開して闇の中から帝国軍追撃部隊へと攻撃を加える。


「〈音止〉で編成された装甲騎兵中隊?」


 つい先ほど確認したときは量産前で統合軍データベースにも存在しなかった〈音止〉が中隊規模で最前線に展開している。そんな異常な事態に疑問を持ったタマキは量産型〈音止〉の所属部隊を確認して、息を呑んだ。


「アイレーン星系所属の精鋭部隊じゃない。ってことは――」


 タマキが辿り着いた事実に答えるよう再び展開中の全部隊へ向けた通信が入る。


『統合軍トトミ星系総司令官コゼット・ムニエより展開中の攻撃部隊へ。これより追撃を仕掛ける帝国軍に対して逆侵攻をかけこれを撃破する。各員、良く努め作戦目標を達成せよ』


 総司令官より命が下されると、闇の中に伏せていた部隊が一斉に姿を現す。

 〈I-M16〉を主力とした装甲騎兵部隊。4脚装甲騎兵を主力とした重砲運用部隊。中装機及び重装機〈R3〉を主戦力とした歩兵部隊。どれも所属はシオネ基地の機体だ。

 加えてアイレーン星系の旗を掲げた近衛部隊が姿を現す。

 姿を現した攻撃部隊は斜面を一斉に駆け下り、追撃中の帝国軍側面へと苛烈な攻撃を仕掛けた。

 最前線に展開していた〈ボルモンド〉中隊が集中攻撃を受け半数が撃破され残りは損傷を負い後退。それに従って、随伴していた〈R3〉部隊も防御に専念しつつ後退を始める。

 統合軍は撤退する帝国軍へと重砲による追撃を仕掛けたものの、それ以上深追いすることはなかった。


『攻撃止め。作戦目標を達成。これより統合軍はハイゼ・ミーア基地まで後退する』


 総司令官直々に後退命令が下され、統合軍はそのまま一塊となって山道を下った。


「アイレーン所属部隊にシオネ港所属部隊。展開が早すぎる……。もしかしてコゼット・ムニエはハイゼ・ブルーネ基地強襲を予測していた?」

「総司令官殿が冴えてるのはいいことじゃないか」

「それはそうだけど。――お兄ちゃん?」


 ツバキ小隊の装甲輸送車両脇を通る指揮官機〈C19〉をタマキは見逃さなかった。肩に描かれた部隊識別記号は紛れもなく兄、カサネの部隊のものだ。


『タマキか? こんな位置で、良く無事だったな』


 そんなに長い期間離れていたわけでもないのに、タマキはそんなカサネの声を懐かしく感じた。しかし感慨に浸ったのもわずかな間だけで、これ幸いと気になっていたことを尋ねる。


「そんなことより、どうしてシオネ港所属のお兄ちゃんがここにいるの?」

『そんなことって――分かってる。質問に答えろって言うんだろ? ムニエ閣下の指示でな、シオネ港には最低限の兵だけ残して、この山道に部隊を展開させていた』


 シオネ港の部隊を大々的にこちらへ向けていたという報告にタマキは困惑した。


「はい? じゃあ今、シオネ港は?」

『もぬけの殻さ。ハイゼ・ブルーネ基地が落ちた時点で、シオネ港も放棄された』


 タマキはコゼットの判断の速さに驚愕した。ハイゼ・ブルーネ基地が陥落したからと言って、重要拠点のシオネ港を易々と放棄するとは。一体どんな算段なのだろうか。


『恐らくだがハイゼ・ミーア基地も――いや、忘れてくれ』

「嫌よ。そこまで口にしたなら最後まで喋って」


 兄相手だと遠慮のないタマキは厳しい口調でカサネへ命じる。カサネも、タマキにそう言われると観念して応じた。


『ムニエ閣下はレイタムリット基地にアイレーンからの増援部隊を集結させている。ここからは想像に過ぎないが、レイタムリットを防衛ラインとする場合、ハイゼ・ミーア基地はあまりに遠い』

「それで、放棄すると?」

『守れない拠点に意味は無いだろう。言ったとおりこれは想像に過ぎない。この後どうなるかは分からん。お喋りはここまでだ。先にいくぞ。会えたらハイゼ・ミーア基地で会おう』


 タマキは得心いったわけではないが、これ以上シオネ港の部隊指揮をとっているカサネをここに留まらせることも出来ず、「分かった。愛してるわお兄ちゃん」と、肯定といつもの台詞を口にして先へ行くカサネを見送った。


「となると移動も長そうだな」


 2人の会話を盗み聞きしていたイスラが口にすると、タマキはため息交じりに返した。


「分かっていると思いますけど他言は無用です。それと、運転に集中して下さい。先ほどから加減速が激しすぎます」

「了解したよ、少尉殿。でも叶うことならどっかで運転手交代して貰えると嬉しいね」

「考えておきます」


 タマキは肯定するでも否定するでもなく答えると、話は終わったとばかりにおもむろに士官用端末を手にとって視線を落とす。それを見てイスラも口をつむいで、車両を道なりに走らせることだけに集中した。

 カサネの予想が正しいかどうかは分からなかったが、コレン補給基地にてエネルギーの補給と運転手の交代を行いハイゼ・ミーア基地へと向かう途中、トトミ中央大陸東部方面に展開している全統合軍将兵向けに、総司令官コゼット・ムニエ大将よりハイゼ・ミーア基地を放棄しレイタムリットに新しい防衛ラインを構築するとの宣言がなされると、タマキは兄の言葉をもう少し信じてあげてもいいかも知れないと思うようになった。

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