第11話 ハツキ島義勇軍ツバキ小隊 その②

 シオネ港にもとよりある軍事施設を拡張するようにして作られた臨時の執務室は、まだ内装まで手が入っていないため簡素な机と椅子に内装工事用の裸電球だけというありさまであったが、タマキの兄、統合軍少佐のニシ・カサネはまるで気にすることもなく、1つしか無い椅子に腰を下ろした。

 タマキは机の前で真っ直ぐ立つと敬礼して、それから体勢を崩してカサネが話すのを促した。


「まずは互いの無事を喜ぼう」

「それはさっき済ませたでしょ」


 ぴしゃりとタマキが言い返すとカサネは苦虫かみつぶしたような表情を浮かべた。だがタマキが「それで何?」と用件を話すように促すと、カサネは真剣な表情で話し始める。


「もうきいたかも知れないが、ハツキ島は完全に宙族に占領された。対宙砲は無力化され、今この瞬間もハツキ島に向かって宙族の降下艇が続々と下りている」


 まあそうなるだろうと予想していたタマキだが、改めてこうして聞かされると堪えるもので、大きなため息を吐き出す。


「当たり前だけど、宙族の進軍は止まらないでしょうね。次はトトミ中央大陸への上陸を目指すと」

「その通り。そして残念なことにトトミ中央大陸の沿岸防衛は十分ではない。元々トトミ大陸は沿岸防衛を想定していない上に、防衛陣地を構築しようにも人も資材も足りない。

 ハツキ島陥落の責任をとってトトミ星総司令官が更迭されたせいで他星系からの援軍は滞っているが、後任の任命は難航している。今いる戦力で何とかするしかない」


 タマキも内心ではそんなことではないかと薄々感じていたことだが、改めて聞かされるとやっぱり大きなため息が出てきた。


「守るのか捨てるのかくらいさっさと決めてもらえないの?」

「それを決めるのは次の総司令官だ。そこが決まらない限り話は進まない」

「父様は?」

「あの人が本星を離れることがあったらそれこそ大事だよ」


 どうにもトトミ大陸の置かれた状況は甚だ芳しくないようで、好転の兆しはまるで見えなかった。そんな話を区切るようにカサネは咳払いをした。


「ああ、話題が逸れてしまったが、お前に話しておきたいのはハツキ島陥落のことだ」

「どういうこと?」


 続きを促され、カサネは説明を始める。


「ハツキ島が陥落したのを受けて、ハツキ島婦女挺身隊は解隊となった。お前に預けたあの子たちも、今の仕事が終わった段階で正式に除名される。今後どうするか、彼女たちに決めて貰って欲しい」

「そういうこと」


 ハツキ島が宙族の手に渡った今、ハツキ島島民を守ることを目的としたハツキ島婦女挺身隊が解隊されるのは当然の道理であった。土地も人も奪われ存在意義がなくなった以上、解隊は避けられない。


「そういうの、お兄ちゃんから言ってくれた方がわたしの気が楽なんだけど」

「馬鹿言え。お前の部下だろう」

「それはそうだけどさ」


 タマキの脳裏にハツキ島の人々を助けるため任務に就いた隊員達の姿がよぎる。ハツキ島婦女挺身隊が解隊されたときいたら、彼女たちはどんな顔をするのだろうか。考えたくもないことだ。


「初めて持った部下はどうだった?」


 カサネに尋ねられ、タマキはハツキ島で出会った彼女たちと過ごした数日の出来事に思いを巡らせる。


「あの子達は良い子だった。でも、実際に人の指揮をとるのは難しいものね。学校で学んだとおりとは行かないわ」

「それが分かって貰えたのなら、お前に彼女たちを任せてよかった」


 上から目線のカサネの発言にタマキはむっとしたが、言い返すより先にカサネが口を開いたので文句を言うタイミングを逃す。


「だから上官として、最後の仕事を果たしてくれ。明日までに決めて貰えれば良い」

「分かった。伝えておく」


 答えて、用件は済んだと退室しようとしたタマキだが、直ぐに呼び止められた。


「待て、それだけじゃない。お前のこともだ」

「わたし? ああ、わたしはこの後どうなるの?」


 もう決まっているのだと思って尋ねたにも関わらず、カサネは首を横に振って答える。


「それを決めて欲しいんだ」

「わたしが? 自分で決めて良いの? 知ってると思うけどわたし少尉よ」


 軍人というのは上から命令されて立場が決まるのが相場だ。それが士官学校を卒業したばかりの少尉ともなれば当然のことで、自身の配置について決定権があるというのはとんでもない話だ。タマキの問いかけも当然だった。


「少尉であっても、ニシ家の末っ子だ。個人的には前線指揮官が足りないから指揮下に入って欲しいが、それ以外の道も選択できる。トトミの司令部では優秀な若手を求めているし、親父は本星の情報将校の椅子を最近1つ空けた。お前の好きにしたら良い」

「何選んでも良いっていうのが一番面倒くさいのよ」

「やりたい放題はお前の得意分野だろ」

「何?」


 タマキが一睨みするとカサネは即座に「悪かった」と謝る。少佐と少尉ではなく兄と妹の関係においては2人の場合絶対的に妹が強いのだ。タマキが怒ったら、カサネには素直に謝るほか選択肢はない。


「それも明日までで良い?」

「あ、ああ。明日で構わない」

「分かった。考えとく」


 それだけ短く答えてタマキは退室しようと扉に手をかけた。退出の間際、1つ言い忘れていたのを思い出して振り返ると、しかめっ面していたカサネへ向かって笑顔を作り、社交辞令以上の価値はないお決まりの台詞を口にした。


「無事に再会できてよかった。大好きよ、お兄ちゃん」


 カサネの返答を待たず、タマキは執務室を後にした。




「カリラさーん。新しい〈R3〉持ってきました」


 ナツコはフィーリュシカと共に運んできた格納容器に収納された〈R3〉をカリラへと渡す。カリラは受け取ったその中身を改めて、表情を輝かせた。


「あ、珍しい! 〈ヘッダーン2・アサルト〉ですわ!」

「ヘッダーン2? ということは、ヘッダーン1の後継機ですか?」


 ナツコは出てきた〈R3〉を自身が装備している〈ヘッダーン1・アサルト〉と見比べて見るが、格納容器に収納された状態なので何となく雰囲気は似ている程度しか分からなかった。


「これに関して後継機という言葉を用いるのは正しくありませんわ。〈ヘッダーン1・アサルト〉の大成功で調子に乗ったヘッダーン社が、独自路線を追求して開発した全く新しい〈R3〉ですから」

「へぇー。凄い機体なんですね!」


 無邪気に答えるナツコに対し、カリラは不気味な笑みを浮かべて答える。


「ある意味凄いですわね。当時ほぼ独占状態だったヘッダーン社の〈R3〉シェアを地の底に叩き落として数社乱れる〈R3〉戦国時代を築くきっかけとなった機体ですから」

「え、それってつまり……あまり良くない機体だったと……?」

「緊急制動の操作方向が逆とか、射撃管制装置が独自仕様だとか、武装のハードポイントが固定されていて動かせないとか、まあいろいろ言われていましたけれど、大雑把にまとめるとすれば、ヘッダーン社のやろうとしたことが全て裏目に出た、といってしまっていいと思いますわ」

「うわあ」


 詳しいことは分からないまでもとんでもない機体だったことは納得して、ナツコは感嘆の声を上げた。


「どうしてこのような仕様になったのかは謎ですが、ヘッダーン社にお勤めだったサネルマさんならヘッダーン2について何か存じているかも知れないですわね」


 カリラが丁度リルと2人で〈R3〉を運んできていたサネルマへと視線を向けながら語りかけると、サネルマは目の前の〈ヘッダーン2・アサルト〉から目を逸らして、視線を泳がせながら震えた声で答えた。


「嫌だなあ、とんだぱちもんだなあ。ヘッダーン1の次はヘッダーン3を作ったんですよ。その間は存在しませんって」


 そんなサネルマの返答にカリラは大満足してにやりと笑う。


「このとおり、ヘッダーン社にとってはとんでもない黒歴史として扱われている機体ですわ。といっても生産台数は多くて、ヘッダーン社の倉庫には200万台の〈ヘッダーン2・アサルト〉が眠っているなんて噂があるほどですから希少価値はそこまで高くありません。変態機収集家としては、ヘッダーン社が重装機に手を出してやらかした〈ヘッダーンH〉の方が興味がありますわ」


 続けての言葉にもサネルマは「嫌だなあ、そんな間抜けな名前の機体なんて作ってないですよ」と目を泳がせながら呟いた。そんなサネルマの様子がおかしくて、ナツコは笑う。


「カリラさん、〈R3〉に詳しいのですね」

「それは修理工ですし、まだ黎明期で大手からベンチャーまで様々なやらかした機体がありますから見ていて飽きることはないですわ。そもそも、ナツコさんが物を知らないだけで、〈R3〉を扱う身分なのですから多少なりとも知識は持っておくべきですわ!」

「うぅ……。全くおっしゃるとおりだと思いますけど、まさか今の流れで無知を非難されるとは思いもしなかった……」


 普通に話していたつもりが突然受けた非難にナツコは傷心する。しかしいつまでも項垂れていることも出来なかった。


「任務中におしゃべりですか。ナツコさん、カリラさん」


 背後からの声に驚いて、カリラは立ち上がって振り向く。そこにいたタマキに慌てて弁明した。


「これは――機体に関する知識を共有して、今後の任務をより円滑に進められるよう努めていたのですわ」

「そ、そうです!」


 カリラの流し目を受けて便乗して答えたナツコだが、タマキは別に怒っているわけではなさそうで「そうですかそれは結構」と短く口にしただけだった。


「それより皆さんに伝えたいことがあります。作業を中断して整列をお願いします」


 全員揃っていることを確認したタマキが整列を命じると、ハツキ島婦女挺身隊の隊員達は作業を切り上げてタマキの前に整列した。


「よろしい。大切な話なのでしっかりと聞くように」


 隊員達はタマキの先おきに迷い無く返事をした。その隊員達、1人1人の表情をタマキは確かめていく。

 いつか誰かが言わなければならない。しかしハツキ島出身の彼女たちに告げるにはあまりに残酷なことだ。それでもタマキは上官として、伝えるべきことを伝える決意をした。


「ハツキ島は、ズナン帝国を自称する宙族により陥落し、完全にその占領下におかれました。これを持って、ハツキ島を活動本拠地とするハツキ島婦女挺身隊も解隊となりました」


 タマキの言葉に、感情の薄いフィーリュシカを除いた隊員達は息をのみ、言葉を詰まらせる。

 ハツキ島から撤退してきた以上こうなることは分かりきっていたものの、はっきりと告げられると堪えるものだった。


「あ、あの、それじゃあ私たちは、これからどうしたら――」

「それをこれから考えて欲しいのです」


 ナツコの問いかけにタマキは優しい声色で応じる。


「ハツキ島が占領下に置かれた今、ハツキ島出身の皆さんは避難民としてトトミ中央大陸中心部に避難することが出来ます。婦女挺身隊として訓練課程を終えているので、統合軍兵士になることも可能です。その他これまでの経歴を利用して職場復帰するのも、血縁を頼って移住するのも自由です。ともかく、明朝までに各々がこの先どうするのかを決定して欲しいのです。分かりましたか?」


 フィーリュシカが小さな声で返事をしたが、残りの隊員達は即座に答えられなかった。仕方なくタマキは咳払いして注目を集めると、やはり優しい声色で指導した。


「ハツキ島婦女挺身隊が解隊されることになっても、次の行き先が決まるまではわたしが皆さんの上官です。分かったら返事をお願いします」


 返事の催促を受けて隊員達はまばらに返答した。タマキはそれも仕方の無いことだろうと、元気がないだのと小言を言うのはやめて、ぽんと手を打つと話題を切り替えた。


「もうすぐ正午です。少し早いですが、作業を中断して昼食にしましょう」


 またしてもフィーリュシカのみが小さな声で返事をするばかりだったので、今度ばかりはタマキは厳しい声色で隊員達を叱責した。


「分かったら返事!」

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