第6-5話 魔族の老人と少女 その2

ふと気付く

立ちっぱなしとなっているリヨの存在が気になる

使用人なのだから立っているのが当たり前なのかも知れないが、

慣れていないのでどうしても気に掛かる


「どうした?ヨウヘイ君」

俺の様子に気付いたリユードに尋ねられる


「あ、いえ、リヨさんがずっと立っているので…

座ってもらったほうが楽になるかなと」

実際は傍に立っている事自体が気になるのだが、この言い方では角が立たないと思った


リヨの目が少し見開かれる様子が見えた


そうか、この世界の常識と当てはめると明らかに行き過ぎた発言だったかもしれない


リユードがふむ…と言ってからリヨに話しかける

「リヨ、座りなさい」


「はい、失礼します」

そう言ってリヨはリユードの隣の椅子に座る


一瞬気まずい空気になった気がしたが杞憂だったようだ


「では話をしようか

と言っても、実は何を話すかは特に決めていないのだよ」

リユードがあっけらかんと話す


「だから折角だから君の事を尋ねよう。

マーテンには人族はほとんどいない。

なので折角だから、どうしてマーテンに人族の冒険者が来る事になったのか

差し支えなければ教えてくれないかの」


俺が着ている冒険者の服によって、リユードには冒険者と思われていたんだった

冒険者ではないし、マーテンに来たのも観光みたいなもので、大した理由は無かったな


リユードの期待する答えは出来なさそうだが正直に答えよう

「実は、俺は冒険者じゃなくて、アステノから連れと一緒に来たんです」


リユードがほう…と言い

「アステノとはクステリの森の中にある村じゃな。

あそこに人族が居たとは」


「それについてなんですが…」

俺は異世界から来たことを伏せ、記憶喪失の異国の旅人と言う体で話をした

アステノで生活し、マーテンには観光で来ている事も説明する


リユードとリヨは俺の話を興味深そうに聞いていた


「ほほう、そうだったのか。

アステノやここで見るものはどうかね?」


「ええ、今まで見た事無いものが沢山あって、新鮮で楽しいです。

アステノでは…」


……話をしながら思う

かつて元の世界では代わり映えのしない毎日を送り、家と仕事先を往復する生活だった


この世界に来て、死ぬ思いもしたけど目に入るものは何もかも新しく

童心に返ると言うのだろうか、リユードやリヨとの出会いも含めて

楽しいと感じる


一通り話し終え、リユードから次はこちらに質問は無いかと尋ねられる


俺は、この町に来てから気になっていた事が一つあるので聞いてみる事にした


「マーテンの中央部を囲んでいるこの壁ってどうしてあるんですか?」

テオックは知らないと言った事だが、リユード達なら知っている可能性がある


リユードはすぐに答えてくれた


「マーテンの歴史は魔獣との戦いじゃ。

マーテンが開拓され、この壁の内側だけがマーテンの町だったのだ」


この辺りは魔獣が多く、この辺りに住むために壁を作りその中で生活した

そしてそこから長い年月を掛けて少しずつ周囲を開拓し、今のマーテンになったらしい

この壁はその当時の名残であり、何か有事があった際の防壁としても使われるようだ


他にも開拓によって広がった町にはこういった壁があるケースもあるらしい


「なるほど、そうだったんですね…」


魔族にとっても魔獣は非常に危険な存在、かつてあったという人族との戦争が

及んでいない場所であっても、戦いそのものは存在していたのか


テオック達からある程度話を聞いていたとしても、俺の知らない事だらけなのは当たり前だ

それはマーテンに来てからも感じていた

この世界の事を何となく知ってみたくなった


「リユードさんとリヨさんはずっとこの町に住んでいるんですか?」


「いや、実はここは別荘の一つでな、ワシらは各地を巡っているのだ」


予想外の返答が返ってきた


この家はかなり立派なもので、半分屋敷と言っても良いものだ

これが別荘とは…


「今もこの町に少しの間滞在しているのじゃが、時期にまた次の旅に出るつもりじゃ」


「何か目的があるんですか?」


「目的か…うーむ、

強いて言うなら、世界を見ることそのものかの。

年寄りの道楽じゃよ、リヨはそれに付き合ってくれているのだ」


リユードの言葉にリヨが反応する

「私は旦那様と共に居る事が何よりも大切ですから」


パワフルな余生の過ごし方だ、これまでもずっと旅をしてきて、

ここもその通過点のうちの一つという事か


「どれくらい続けているんですか?」


「そうじゃな、旅を始めたのは魔族と人族の戦争が終わって少ししてだから、400年くらいにはなるか…」


思ったより長い時間だった…

俺の人生の20倍旅をしているのか


「戦争が終わり、少ししてから人族の文化や、人族自体も徐々にこの国に浸透し始めた。

そこでワシは人族そのものに興味を持って…」


お茶を一口飲んでからリユードが続ける


「いや、そもそもワシが見てきた世界そのものが狭かったのではないかと思ったのだ。

だから、まずは人族の国、それからデュコウ以外の魔族の国、いずれも巡ってみようとな。

リヨと出会ったのもこの旅の途中じゃな」


懐かしむ表情でリユードが続ける

リヨはリユードの隣で静かに話を聞いている


「まずはレインウィリスに向かった。

デュコウとの戦争が終わり、それを皮切りに周辺諸国でも魔族と人族の対立は少なくなりつつあった時だが、

それでも感情としてはまだまだ禍根が残っている時だ。

この時はまだワシ一人だけだったのでな、交流の盛んだった王都ならまだしも、

地方の都市となると一人で旅をする魔族に対する人族の偏見も少なくなかったよ、

しかし、それは魔族も同じ事じゃからな」


リヨが少しだけリユードを見る


……そこからリユードが語ってくれたのは

俺がこれまで聞いたことも無いものばかりだった


燃える木、火炎樹が立ち並ぶ森

水晶に覆われた湖

巨大な竜族に半壊させられたが、百年近くの時を掛けて以前の活気を取り戻した人族の町

切り立った崖にある魔族と人族が共に暮らす村

災厄を封じた伝説が残る山


様々な物を見て、経験したそうだが、これらも壮大な旅の一部なのだろうと思わされる


この話を聞いて、クステリの森にある大樹の水場を思い出す

あそこもとても幻想的な場所だった

あの様な場所がこの世界には数多くあるのだろう




リユードが一息ついた頃、既に日が傾き掛けていた


「おっと、もうこんな時間か、ワシばかり喋ってすまなかったな」


「いえ、凄く面白いお話でした、正直どんな場所なのか自分の目で見てみたいと思いました」


リユードが顔を綻ばせるのが分かった


「そうだろう、君にも見て欲しいとワシは思っているよ。

勿論旅は危険も付きまとう、必ずしも美しいものばかりではない、

それでも楽しいものだよ」


ここでリユードがリヨに目配せし、リユードとリヨが立ち上がる


「長々とこの老いぼれの話に付き合ってくれてありがとう」


俺も立ち上がり、頭を下げる

「こちらこそ、楽しい話を聞かせてもらってありがとうございます」


……この後宿への帰り道を教えてもらい、

リヨさんがクッキーをお土産に持たせてくれ、

俺は二人に礼を言って宿に帰った



----------------

「旦那様があれほど楽しそうにお話されているお姿を見たのは久々でした」


リヨに話しかけられたリユードが答える


「そうじゃのう、あの若者を見て、昔会った人族の若者を思い出してな。

何となく話したくなったのだ」


リユードの表情を見てリヨは僅かに微笑んでいた

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