小笠原貞弘君の質疑-九

 避難所での生活は惨めのひと言でした。それまで暮らしていた広い一戸建て住宅とはうって変わって、プレハブ造りの集合住宅。すきま風は舞い込むし、居室の話し声も隣に筒抜けでした。遊びたい盛りの子供達は部屋で騒ぐことをやめません。私たちにとって幸いだったことはご近所の方々の理解を得られたことで、私たち家族が責められるということはありませんでした。

 しかしそうやって強いて息を潜めるような生活も近く終わりを告げるでしょう。我が家の騒ぎがしらだった次男が、急性骨髄性白血病と判明し、入院することになったからです。敢えて子供達に静かにするように言う必要はもうありません。私たち家族は絶望のために、勝手に静かになったのです。

 妻は私が義母を見捨てたことに恨みを抱いています。決して私を許してはくれないでしょう。私は私で、放射性プルームが押し寄せる中、子供たちを屋外で遊ばせていた妻を許す気になれません。それ以上に許す気になれないのは、私たち家族に避難を指示しておきながら、一方で高速道路への乗り入れを禁じ避難の邪魔をした政府の対応です。

 原子力発電所のような危険な代物さえなければ、私たち家族は佐久に建てたあの家の広いリビングで、今もお互い笑いながら暮らしていたに違いないのです。家は今もあの時の状態でそこに建っていることでしょう。しかし私たちが生きている間にそこへ帰還できる見込みはもうありません。

 私たち家族を事故前の状態に戻して下さい。夫婦間の不信も、子供の病気もない状態に。

 ワイドショーなどで、事件や事故の被害者が「こんな思いをするのは私たちだけで十分だ」というのを聞いたことがあります。当時の私にはその気持が理解できませんでした。顔も名前も知らない第三者が、ただ自分と同じような事件事故に遭遇したというだけで、どうしてそこまで感情移入できるのか理解できなかったのです。でも今は違います。こんな思いをするのは我々だけで十分です。二度と同じような事故を起こして欲しくない。今は、切にそう願います)


 長くなりましたけれども、総理、これを聞いてどう思われますか。これでも原発再稼働目指しますか。率直に、真摯におこたえ下さい。


(廣瀬内閣総理大臣)

 大変辛い思いをされたこととお察ししますが、手記の執筆者が特定できないこと及び個々の案件についてこの場で云々することは適当でないと考えますので、答弁は差し控えさせていただきます。


(小笠原委員)

 同じ等の同志として今の総理の答弁は非常に残念です。情けない。

 今私が紹介した事例はなにも特殊な一握りの体験記じゃありませんよ。同じような思いした人はいっぱいいるはずなんです。そういった人たちの声を代弁したものだと思っていただきたい。人々の声に、総理は真摯に耳を傾けるべきです。再稼働ありきの議論はたくさんです。虚心坦懐に事実を見詰めるべきと気ではないでしょうか。

 私は本件核惨事を拡大させた要因は原発だったと今でも思っています。再び同様の事故が起これば今度こそ我が国はおしまいですよ。総理には、復興にかこつけた原発再稼働方針を撤回していただきたいと申し上げて、質問を終わります。

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