金木犀を追えずに




電灯の切れた、懐かしいあのラウンジで

君とふたり語り合ったことがあったね。

あの時ぼくらは誰を待っていたのか

もう思い出せないのだけれど。


窓が微かに開いていて、中庭から

甘すぎる香りが漂ってた。

これは嘘かも。

君と会うとき、話すとき、

ぼくの役に立たない鼻はいっつも

金木犀の香りを感じていた。

甘ったるくて、息すら止めたくなる。


あの日の待ち人は誰だっけ。

ぼくらの前へ姿をみせたのだっただろうか

ぼくには思い出せないけれど、

君ならば、もしかして。


君を想うということは

君の前で生きていたくないってことだった。

呼吸を止めてしまいたいって。

心臓を止めてしまいたいって。


誰を待っているのかなんて考えたくなかった。

ぼくの手が君より温かいことが許せなかった。

ぜんぶが許せなかったんだよ

それがぼくのすべてだったんだから。


窓が微かに開いていて、すきまから

金木犀の香りが漂っている。

ほら、今も、目を閉じたまま。



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