この手は離さない 3
私とみやびちゃんで淳くんの部屋に忍び込んだことをみんなに知られることはなく、無事にお昼を迎えた。誠史郎さんと透さんもうちにやって来て、みんなでごはんを食べているとインターホンが鳴った。
誰だろうとモニターを見ると、知らないスーツ姿の若い男性がおどおどしている姿が映っている。その後ろにはイズミさんが行く手を塞ぐように仁王立ちしていた。
それほど身長の高いひとではなさそうだけど、イズミさんと並ぶとさらに小さく感じる。
何事だろうと玄関へ行き、ドアを開く。
「イズミさん、どうしました?」
「みさきちゃん、聞いてよ~!この人が門の前でずっとウロウロしてるから、何のセールスだって聞いただけなのにこの態度。ひどいと思わない~?」
「ひ、ひいっ」
イズミさんに指差された男性は、悲鳴を上げると頭を抱えて
「お、押し売りじゃありません!僕はただ、琥珀って吸血種に会いたくて……」
小さくなって生まれたての小鹿のように震えている。そんなにイズミさんが怖いのだろうか。
「コハクゥ?」
イズミさんが首を傾げる。私は表情に出ないように努力しながら黙秘した。
「そんな名前のひとはこの家にはいないわよ~」
「あれ、おかしいな……?真堂家の眷属だって雪村さん言ってたのに……」
頭を抱えたまま少し顔を上げるけれど、長すぎる前髪が目まで隠してしまっている。
私は雪村さんというワードに引っ掛かっていた。
「あの、もしかして亘理さんの会社の……」
「は、はい!亘理社長をご存知ですか!?」
言い終える前に男性の雰囲気がパアッと明るくなって、すっくと立ち上がる。
「社長はすごい方です!カッコいいし、頭も良いし、優しくて、僕の理想の男性です!」
「みさき、どうし……」
彼が熱弁しているところへ、私が戻らないので気になったのか淳くんが顔を出す。まずいと思ったけれど間に合わなかった。
知らない男性が玄関で怯えながら小さく丸まっていて、イズミさんが立ちはだかっている状況を飲み込めないのか、淳くんは少し困ったような微笑みを浮かべた。
「あの、失礼ですが……」
「あ、あ……」
男性の両眼は相変わらず見えないが、テンションが上がったのだろうというのはわかる。隠し事ができないタイプだ。
「貴方が琥珀ですね!僕、ジエーネ研究所で吸血種の研究をしてます!
飛び跳ねる勢いで淳くんの手を握って左右に振り回す。堺さんなりの握手なのだろうか。以前似たような光景を見たことがあるような気がする。
堺さんはなかなか鋭いので、どう言えば納得してくれるかを考えるけれど思いつかない。
「美しいですね……。こんなにキレイな男性っているんですね……」
吐息を漏らして頬を染めながら見とれているみたいだ。
「そうよね~。淳くんはホントに見てて厭きないわよね~」
イズミさんが深く頷いて同意している。誉められた淳くんは苦笑いをしながら堺さんに握られた手を眺めていた。
「僕は琥珀では……」
「あれ?淳?」
握手をしたまま堺さんは動かなくなり、目を白黒させている。淳くんは柔らかく口角を上げて表情を読み取らせないようにした。
「そうよ~。淳くんよ~」
無自覚なイズミさんの援護が堺さんの混乱に拍車をかけたようだ。
「おかしいな……。翡翠と色は違うけど似てると思ったのに」
堺さんは爪先立ちになると淳くんと鼻の頭が触れあいそうな距離に近づき、まじまじと顔を観察する。だんだん淳くんの王子様スマイルもひきつってきていた。
さすがにテリトリーを侵され過ぎたのか、淳くんは堺さんが不快にならないように慎重に、手をゆっくりと離して一歩退き程よい隔たりを作り出す。そして優雅に微笑んだ。
「琥珀にはどのようなご用件でしたか?良ければ僕から伝えておきます」
「そ、そうですか……?お願いしてしまおうかな……」
淳くんのこういった申し出はなぜかみんな断らない。不思議な力だ。堺さんは何だか嬉しそうに見えた。
「翡翠と琥珀の遺伝子を比較をしてみたかったんです。眷属の遺伝子も見てみたいので、研究所に来てもらえないかと思って」
渡された名刺に所在地の記載はなかった。携帯電話番号はおそらく彼にしか繋がらない。だけどこれは、翡翠くんの行方がわかる数少ない手がかりだ。
「……必ず伝えます」
淳くんに何度も礼を言い、ペコペコと数えきれないくらい頭を下げて堺さんは帰って行った。
「あの子の前髪、切りたいわね~」
イズミさんはそう呟いていたけれど、私は大人しく帰ってくれて良かったと胸を撫で下ろす。
悪い人ではなさそうだけど、雪村さんに淳くんが琥珀だったと聞いたらまた押し掛けてきそうだ。
そう言えばもうひとつ疑問は残っていた。イズミさんに向き直る。
「イズミさんは透さんにご用ですか?」
イズミさんが連日訪問してくるなんて珍しい。そう思って尋ねると当のイズミさんが首を傾げた。
「あら……?アタシなんでお邪魔したのかしら~?」
髪をかき上げようと右腕を上げたイズミさん。着ているカットソーのフレアになっている袖がするりと落ちて肘で止まる。覗いた上腕には、ふたつの小さな赤い腫れができていた。丁度人間の犬歯と犬歯の幅くらいの間隔がある。
「イズミさん……!」
私はハッとしてイズミさんの腕を掴んでそれを食い入るように見つめた。これは、間違いない。
「なぁに?どうかした~?」
「……昨日はロザリオをお持ちじゃありませんでしたか?」
「そう言えば、夜、飲み物を買いに出かけたときは携帯しか持たなかったかもしれないわ~」
唇を真一文字に結んで淳くんと顔を見合わせる。
イズミさんが吸血種に襲撃を受けていた。
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