恋に気づく瞬間 3

 ゴールデンウィークはあっという間に終わって、また学校が始まった。それどころか中間テストと体育祭がある。教育実習生も来るらしい。


 だけど私の頭の中は違うことでいっぱいだった。少し気を抜くと、眞澄くんとキスをしたことを思い出してしまう。お互いにそれを口に出すことはないし、眞澄くんの態度だって今までと変わらない。表面上は今まで通りの日常が続いていた。


 どうしてもひとりでは抱えきれなくなって、咲良とふたりきりの休み時間に少し相談してみた。

「もしね、好きだって言ってくれたひととキスしたら、それって付き合うってことなのかな……?」


 咲良が飲んでいたイチゴオレを喉に詰まらせたみたいで噎せ返る。

「大丈夫?」

 苦しそうにふたつ折れになっている咲良の背中を擦る。


「それは詳しく聞いて良い話?」

「一般論でお願いします」

 まだ小さく咳をしている咲良に深々とお辞儀した。

「したの?されたの?」


 腕組をして首を捻る。

「……された、かな?」

 半分くらい私のせいだった気もするけれど、あのときのことを思い出してまた赤面してしまう。腕の力強さが、唇の柔らかさが、濡れたような妖しい光を放っていた漆黒の双眸が甦った。


 答えてから、一般論と言ったのにこれでは自らの身に起こったことだと言っているのと同じだと気がついたけどもう遅い。

「それならグレーだけど、嫌じゃないなら付き合えば良いんじゃない?嫌いな相手じゃそんなことされたら忘れたいだろうから憎からずとは思ってるんでしょ」


 細かいことにツッコミを入れないで返答してくれる咲良がとても大人に見える。

「好きなのかな……」

「それはみさきが考えて感じて決めることだよ」

 私の頬を咲良の人差し指がつんと突く。

「じゃないと、その人に失礼」

 そうか、と納得して私は自分の胸に手を当てて目を閉じた。




 †††††††




大島愛美おおしままなみです。担当は国語です。今日から2週間、よろしくお願いします」

 翌日の全校集会で紹介された7人の教育実習生の中に、あの女性がいた。相変わらず胸元を強調した服装で、わたあめのようなふわふわとした笑顔を振り撒いている。多くの男子生徒たちが色めき立っていた。


 私のクラスの古典の授業を大島先生は後ろで見学していた。ごく普通の光景だけど、私の本能が危険を告げる。

 あのときは違うことに気をとられ過ぎていた。プロ失格だ。



 昼休み、誠史郎さんに会うために保健室へ行こうとしたとき、人のいない廊下で大島先生とすれ違った。

「あら、真堂さん。武藤くんは一緒じゃないの?」

「学年が、違いますから」

 綿菓子のような笑顔を前に、私は身構えて壁へ背中を預ける。一刻も早く誠史郎さんに会って確かめたいことがあった。私の予感が正しければ、大島先生は――――。


「敵対心剥き出しね。そんなに眞澄クンを盗られたくないの?」

 わたあめの下に、蛇が隠れているような笑い方だった。


「彼、アタシのこと何か言ってなかった?」

「特に何も」

 すごい自信だと半ば感心してしまう。確かに男性に好かれそうな容姿だとは思うけれど。


「ふーん。まあいっか。アタシの味を覚えたらアンタみたいな小娘どうでも良くなるだろうし」

 緩く巻いた髪を指先で摘まみながら呟く。大島先生は顔を上げるとおっとりとした笑顔を浮かべていた。

「階段から落ちて全治1ヶ月、とかどうかしら?」


 背筋が粟立つ。だけど身体は動いてくれた。おかげで私を階段下へ突き飛ばそうとした大島先生をかわせた。みんなに稽古をつけてもらっていて本当に良かった。

 彼女は小さく舌打ちをして私を見る。私も隠し持っていた神通棍を構えた。同時にこの場に結界を張る。


「やだぁ。真堂さんてば、野蛮ね」

「みさきさん!」

 保健室が近くて助かった。異変を感じた誠史郎さんが白衣の裾を翻して駆けつけてくれた。


「あーあ、西山先生まで」

「ご無事ですか?」

 誠史郎さんの問いかけに首を縦に振る。白衣の背中が庇ってくれようと大島先生との間に入ってくれたけれど、私は誠史郎さんの隣に立つ。それで彼は私の意図を汲んでくれた。


「ありがとうございます」

 小さく会釈してから大島先生を見据えた。

「良いんですかぁ?教育実習生が行方不明なんて、騒ぎになっちゃいますよ」

「予定に入っていない実習生が紛れているのですから、問題ないでしょう」

 誠史郎さんの言葉で確信を持つ。


「ひどぉい。西山先生だって、似たようなモノなのに」

「一緒にしないでいただきたい。私たちに何の御用です?」

「眞澄クンにしかご用はないカンジですぅ。だけどぉ、どうしてもって言うのなら……」


 しなを作って見せる大島先生だけど、誠史郎さんが感銘を受けた様子は微塵もない。彼女はそれに腹が立ったようで地団駄を踏んだ。

「あんた、本当に男なの!?」

「貴方のような女性が好きな男ばかりではありません。もっとも、貴方は本当に女性ですか?」


「失礼ね!正真正銘の女よ!」

 ハイヒールが廊下を踏み鳴らす。

「この姿で落とせなかった男なんていないの!」

「安いプライドですね」


 誠史郎さんは大島先生の神経を逆撫ですることばかりを口にするのでハラハラしてしまう。わざと挑発しているのかもしれないので邪魔をしないように、無言でいつでも撃ち込めるように構えていた。


「あー!つまんない!」

「……インキュバスの次はサキュバスとは。眞澄くんは色欲に愛されていますね」

 誠史郎さんは退魔の護符を指で挟んで、不敵な笑みをひらめかせる。大島先生は大きな胸を強調するようにして仁王立ちになった。

「あんなのと一緒にしないでもらえる?アタシは人間とサキュバスが上手に融合した、お手本みたいな存在なんだから」

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