君の隣 7

「熱が出るってこんな感じなんだー」

 両眼にいつもの力強さがなく、どこかとろんとしてしている裕翔くん。昨日私の血を吸った反動で、今日は熱が出てしまっている。

 誠史郎さんはいつもの通り、もう学校へ行っている。先生はたいへんだ。


「今日は寝てろ。透が相手してくれるから」

「やったー」

 体温が高くても裕翔くんは元気だ。両手を挙げて喜んでいる。

「勝手に決めんといてくれる?1日寝てれば治るんやから寝とき」


「淳のときと対応がちがーう」

 唇を尖らせた裕翔くんに、透さんは左頬だけを上げてニヒルに笑って見せる。

「元気そうやし、淳くんは俺を部屋で寝かせてくれるし」

「んー……」


 透さんはなかなか義理堅いみたいだ。淳くんとの違いを指摘された裕翔くんは腕を組んで頭を捻っている。ややあって名案が浮かんだみたいで、猫みたいにくりくりした目がぱっと輝く。

「今からオレの部屋で一緒に寝よう!」


「透さんにあまり迷惑をかけないようにね」

 淳くんがふわりと微笑む。

「よろしくお願いします」

 会釈して、玄関へ向かう背中についていかなくてはと思った。


「行ってきます」

 透さんと裕翔くんに振り返ってペコリと頭を下げる。

「じゃーな」

 眞澄くんもふたりにそう告げて私の後ろをゆっくりと歩きはじめた。




 お昼休みに教室でお弁当を食べながら、ゴールデンウィークの予定を聞いていた。咲良は家族旅行、莉緒はクラブ活動と違う高校に通っている彼氏と水族館でデート、優奈はクラブ活動と友達と舞浜にある夢の国へ行くと言っていた。私は最近ごたごたしていて何も予定を立てていなかったと今さら気がつく。


 みんなの予定はどうなっているのだろう。家に帰ったら聞いてみようと思った。家でごろごろして過ごすのも悪くないとは思うのだけど、みんなはすでに誰かと約束をしているかもしれない。




 寝るために自室へ戻る前に、みんながリビングにいたので予定を聞いてみた。裕翔くんも熱が下がったとソファーで三角座りをしてチョコチップのクッキーを食べている。

「ゴールデンウィークの予定?」


 コーラのペットボトルを手に、ソファーの肘掛けに腰かけていた眞澄くんに質問で返されたので頷く。何も決まっていないのだと少し安心してしまう。

「今さら旅行の予約もできないしな……」


 思案するように後頭部に空いている方の手を当てた眞澄くんの肩を、彼の背後からやって来た透さんが抱いた。そして私に端正な顔を近づけてくる。両眼がいたずらっ子のように輝いていた。

「うちの別荘で良ければ一緒に行く?もちろん、みさきちゃんとふたりき」

「却下」

 言い終わる前に眞澄くんの掌が透さんの鼻の辺りを押して遮ってしまう。


「真壁さんの別荘というのは興味がありますね。みんなでお邪魔しましょうか」

 ティーカップを手に取った誠史郎さんがにこやかに提案する。

「突然押し掛けたらご迷惑だよ」


「トールの別荘ってどこにあるの?」

「この近くやったら熱海かな」

 透さんの言い方だと、何軒も所有しているみたいだ。真壁さんのおうちはお金持ちだ。

「このボンボンが……」


「普段通り過ごすか、亘理さんの動きに警戒するか。どちらが賢明でしょうかね」

 誠史郎さんの言葉で、能天気過ぎたと今さら気づく。


「俺は気にせんでええと思うで。亘理さんの会社がみさきちゃんたちに用があるんやったら、どこにおっても仕掛けてくるやろうし。それに何があっても俺が守ったるから、安心しとき」

 ウインクをした透さんの色っぽさにどきりとしてしまう。それに気づいた眞澄くんが、おもしろくないという表情になる。


「みさき、大丈夫だから。いつも通りにしてよう」

 目が据わっている。申し訳ない気持ちになって何度も頷いた。


 詳細は決めずに、私はみんなにおやすみなさいと言って部屋へ戻った。ベッドの真ん中でみやびちゃんが横になってしっぽをぱたぱたさせている。その姿は絶対的にかわいい。だけど私の寝る場所がない。


「みやびちゃん、入れて」

 掛け布団の端を持ち上げてみやびちゃんの身体を半ば強引に移動させる。不満そうな視線を送られるけれど、気にせず布団の中へ滑り込んだ。


「みんなと遊びに行くの?」

「うん」

 楽しみで、自然に笑顔になってしまう。

「……ふーん」

 みやびちゃんの声にどこか含みを感じた。


「どうしたの?」

「猫のカンが働いただけよ」

 みやびちゃんは上半身を起こして長いしっぽを前後に動かし、掛け布団を撫でて遊んでいる。


「なになに?」

 鼻の頭がくっつくほどみやびちゃんに顔を寄せた。夜の瞳孔の大きくなった猫が大好きだ。かわいいなあと見とれていると、ざらざらした舌でペロッと頬を舐められた。嬉しくてにやけてしまう。


「ほんと隙だらけ。そんなんじゃオオカミたちにあっさり食べられるわよ」

 みやびちゃんの言っていることの意味がわからなくて首を傾げる。


「……下でたむろしてるのに、気の毒になってきたわ」

 そこまで言われてやっと気がついた。

「そ、そんなこと……!」


 ない、と言おうとしたけれど、いろいろなできごとが駆け巡る。頭から湯気が出そうなぐらい真っ赤になって枕に顔を埋めた。

「ま、がんばって」

 みやびちゃんはひとつあくびをしてまた丸まった。

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