愛の病 5

 透さんはソファーに腰かけると長い足を組む。

「念のためなんやけど、俺が除霊してる間、狙われてるひとらの護衛を頼みたいねん」


「そんなにヤバいやつなのか?」

「怨霊と生き霊のハイブリッド、とでも言うたらええんかな。突然分離でもされたら厄介や」

 のんびり語る透さんからそれほど緊迫感は感じないけれど、たいへんな仕事だというのはわかる。これまでどれだけの危険な仕事をこなしてきたのだろう。


「センセは相手したことある?」

 透さんはふたり分のコーヒーを淹れて運んできてくれた誠史郎さんに尋ねる。


「怨霊も生き霊もありますが、それが混ざったものとなると残念ながら」

 僅かに首を横に振る。すると透さんは残念そうに大きく息を吐いた。


「そっか。俺も初めてなんや。生き霊だけでも説得できへんかなーと思たんやけど……もう全然話が通じん状態やった。みさきちゃんのおじーちゃんはあんな疲れることよう頑張れるわ」

「周は特別ですよ」

 誠史郎さんは小さく微笑んで先刻まで座っていた位置に戻る。



 怨霊は娘さんで、生き霊はその方のお母さんだそうだ。娘さんはいろいろあって引きこもりになっていて、少しずつ外に出られるようになった時に近所のコンビニエンスストアの優しい男性店員さんに恋をしたそうだ。だけどバイトの大学生だった彼には同じ大学に恋人がいて、娘さんは偶然お店の近くでふたりが仲睦まじく歩く姿を目撃。何も言えないまま娘さんの秘めた想いは儚く散った。


 そこから前向きに進むことができれば良かったのだけど、娘さんは報われなかった想いの昇華のために、図書館やインターネットで調べた方法で彼の恋人へ呪詛を送り始めた。幸か不幸か、引用した書物に間違った形式のものが掲載されていたり、娘さんに素養がなかったようでそれは成就しなかったのだけど、行き過ぎた呪術の使用が周囲の良くないものを呼び起こし、引き寄せてしまったようで、表向きは原因不明の病気ということになっているけれど娘さんは命を落とし怨霊となった。


 その後、毎日のように怨み辛みを聞いていたお母さんが、娘さんが苦しんで亡くなったのは店員さんとその恋人のせいだと憎しみを抱くようになった。

 お母さんには霊能力があったようで、娘さんの怨霊に自身の生き霊を融合、透さんのいうところのハイブリッドを生み出しふたりの日常の侵食を始めた。


 ポルターガイストや金縛り、夜中にふと目が覚めると窓の外に無数の黒い影がいて中へ入り込もうとしていたりと、ずいぶん怖い思いをしたそうだ。

 偶然店員さんの友人にオカルト好きのひとがいて、知り合いのセミプロのようなひとがとりあえずの対策を立ててくれた。そのため大事には至らなかったが、まだ霊障は続いているらしい。


 ひとを呪わば穴ふたつ。私たち除霊や浄霊、悪魔祓いなどを生業としている者たちもそういった能力を使うけれど、プロはきちんと自分に跳ね返ってくるものを受け流す術すべをそれぞれに持っている。


 そんな術を知らないお母さんは全てをその身で引き受けていた。今では精神に異状を来しているそうで、透さんが退けても元に戻れる可能性は低いようだ。


「半日でよくそこまで調べられたな」

「まさか。いろんな人の英断のおかげで俺にお鉢が回ってきただけや」

 感心していた眞澄くんに透さんはニヒルに笑って見せる。


「あんまり悠長なことも言うてられへん状態やねん。そっちの流儀とは違うから手伝い頼んで申し訳ないけど、明日の夕方から、いける?」

「学校終わってからで良いのか?」

「もちろん」


 みんなの打ち合わせを聞いていたはずが、いつの間にかひとりの思考に沈んでしまっていた。

 何があったのかはわからないけれど、ひとつ歯車が狂ってしまうとそこから転げ落ちるように闇の中へ入り込んでしまうことは往々にしてあると思う。私は目の当たりにしたことはないけれど、両親やみんなの様子を見ていて、人間の暗い部分に触れてしまうことの多い仕事なのだと感じていた。そしてそれに引きずられかけたとしても、きちんと戻ってこられる強靭な精神が必要だということも。


「何考えてるん?」

 その声にはっとして顔を上げると覗き込んでくる透さんの秀麗な面があった。ちょっとどきりとしてしまったけれど、落ち着いて透さんの目を見る。


「あの、私も行かせてください。もちろん、お仕事の邪魔はしません」

「……最初から力押しやで?」

 私は緊張にきつく拳を握って、覚悟を決めて深く頷いた。

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