愛の病 4
授業中に知らないアドレスからメールが届いていた。どうやって連絡先を入手したのか、送信元の文面を信頼するなら相手は遥さんだった。二人きりで話がしたいと書かれていた。日時と場所はこちらで指定して構わないので返信を待つとあった。そのメールを透さんに転送してお兄さんのアドレスか確認を取る。
眞澄くんと裕翔くんに連絡して、お昼休みに図書室で待ち合わせた。淳くんは熱があるので今日は学校を休んでいる。
「話したいんだろ?」
私が意思を告げる前に眞澄くんに問われて頷くしかなかった。
「俺たちも一緒にいて構わないなら良い。本当に透の兄貴なら翡翠のこと、何か知ってるかもしれないし」
「オレも遥に会いたーい」
なぜか裕翔くんがわくわくしている。
「じゃあ、そうメールするね。場所どうしよう」
「家に来てもらえば良いだろ。どうせ知ってるだろうし」
眞澄くんの言葉になるほどと思ったが、二人きりでと先方は言っている。家だとそうならない気がする。だけど了承をもらえればこちらとしてはとても楽なので一応聞いてみようと思った。
「学校ない日に来てもらえるか聞いてみるね」
午後の授業が終わってから携帯を確認すると、土曜日か日曜日のどちらかに会うのは構わないけれど、私の家ではない場所が良いと返事があった。落ち合う場所まで誰か一緒に来ていても吝かではないとも添えられていた。
やっぱりそうだよね、と思いながら一緒に帰ろうと教室まで迎えに来てくれた眞澄くんと裕翔くんと自宅への道すがら報告する。
「前に眞澄くんと出かけたあたりなら良いかな?」
「俺、あの辺りの店なんて知らないぞ……」
「駅前ならいろいろあるよ、きっと」
透さんからもお兄さん個人のアドレスではないと返信があった。だけど遥さんはアドレスや送信元を偽装して発信者が誰なのかわからなくするぐらいは簡単にやってのけるそうだ。パソコンまで詳しいなんてすごいなあと感心してしまう。
今日、授業中にあったことなどを話しながら帰宅する。家のドアを開くと、まだ少し顔色の良くない淳くんが階段を降りてきた。
「お帰り」
整った口元が綻ぶ。みんなそれぞれにただいまと言って玄関を上がる。
「透は帰ったの?」
「お昼過ぎまでいてくれたけど、仕事が来たって出かけたよ」
裕翔くんの問いに対する淳くんの返答を聞きながら、床に膝をついて脱いだ靴の踵を揃える。忙しいところ迷惑をかけて申し訳ないことをしてしまったと思う。
「淳、部屋で寝てろ」
「みんな帰って来たから……」
「みさきと裕翔の勉強は俺が見とくから」
これを聞いた瞬間、裕翔くんの頭に悪魔の角が生えてきたのが見えた気がした。
「眞澄にできるのー?」
意地悪な顔で笑う裕翔くんに眞澄くんは苦笑で応える。
「数学だけな。英語は聞くなよ」
仕事に行った透さんは自宅へ戻るのだと思っていたら、夜遅くに家へ来た。
「みさきちゃんの顔、見たかったんや」
疲労の色が見え隠れする中で破顔されると説得力を感じてどきりとしてしまう。
「大丈夫ですか?」
「もう動かれへん……」
上り框から膝より下を玄関のたたきへ投げ出した姿勢で、透さんは廊下で大の字に寝そべる。リビングのドアが開く音がして、誰かがこちらへくる足音が近づいていた。
「こんなところで寝たら風邪ひきますよ」
起き上がってもらおうと透さんの傍らにしゃがんで顔を覗き込む。パンツタイプの寝間着なので動きを気にしなくて良いのは楽だ。
「みさきちゃんがちゅーしてくれたら起きれそうな気がする」
いたずらっ子の顔をして妖艶に微笑む透さんの手が、私の後頭部に伸びてきた。
「え……。ええと……」
「でしたら、ずっとそこに転がっていてください」
どうすればキスをしないで起き上がってもらえるのか悩んでいると、頭上から誠史郎さんの呆れたような声が降ってきた。ひょいと私の腕を掴んで立ち上がらせる。
透さんは苦笑いをすると、ひとつ大きく息を吐いてからのろのろ上半身を起こして靴を脱いだ。
「風呂入らしてもらって良い?」
「今は多分、眞澄くんが……」
よっぽど疲れているのか、壁に左肩を預けるようにして透さんは進んで行く。私の声は聞こえていないのだろうか。背中を向けたまま右手を頭上に挙げてひらひら振る。
「ほんならいただくわー」
大丈夫だろうかとはらはらしながら脱衣場のドアを眺めていた。透さんが入ってしばらくすると、案の定眞澄くんが何やら騒いでいる声が聞こえてくる。
「気になるのでしたら、リビングで待っていては如何ですか?紅茶を淹れましょう」
「ありがとうございます」
誠史郎さんの言葉に甘えることにした。
リビングで誠史郎さんに淹れてもらった紅茶を飲んでいると、お風呂から出てきたふたりがやって来た。
「みさきちゃん、おおきに」
「とんでもないです」
お風呂に入ってさっぱりしたのか、にこやかな透さんに眞澄くんはすかさずツッコミを入れる。
「そこは俺にだろ!」
「ずいぶんお疲れのご様子でしたが、何かありましたか?」
誠史郎さんの質問に、透さんはまだ少し濡れている前髪を弄って何か考えている。
「出過ぎました。申し訳ないです」
仕事に関することだと悟った誠史郎さんは深く聞くことを止めた。
「……守秘義務に反するとかって責めんといてや?」
口を噤んでいた透さんは自嘲するような微笑を浮かべる。
「ちょっと手伝ってもらえたらええなーと思ってたんや」
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