第七十七話 抜けてしまった魂

「ルチア!!ルチア!!」


 クロウは、ルチアの体を揺さぶり、呼びかける。

 だが、反応がない。

 目を開けたまま、動かないのだ。

 まるで、死体のようだ。

 ルチアは、死んでしまったのだろうか。

 クロスとクロウは、不安に駆られていた。


「これは、一体、どういう事だ?」


「宝石だ……」


「え?」


 ヴィクトルは、ルチアの身に何が起こったのか、理解できない。

 見当もつかないくらいだ。

 先ほどまで、自分達と共に、クロスとクロウの元に駆け寄ろうとしていた。

 それが、気付けば、ルチアは、目を開けたまま、倒れたのだ。 

 状況を把握できず、頭を抱えるヴィクトル。

 その時だ。

 ルゥが、声を震わせながら、答えたのだ。

 ヴィクトルは、一斉に、ルゥの方へと視線を向ける。

 ルゥは、剣に貫かれた宝石を手にしているのだ。

 宝石は、真っ二つに割れていた。


「宝石が、割れてる……」


「まさか、魂までも?」


 割れた宝石を手にしたルゥは、悟ってしまった。

 ルチアの身に何があったのか。

 ヴィクトルも、気付いてしまったのだ。

 魂までも砕かれたのではないかと。


「俺のせいだ。俺が、宝石を盗まなかったら……。クロスに刃を向けなければ……」


 クロウは、後悔した。

 自分が、宝石を盗み、クロスに刃を向けなければ、ルチアは、こんなことにはならなかったと。


「違う。俺のせいだよ。俺が、お前の剣を弾き飛ばしたから……」


 クロスは、クロウの言葉を否定し、自分を責める。

 クロウの剣と手にしていた宝石を弾き飛ばしたのは、自分だ。

 自分のせいで、ルチアの魂が砕かれてしまったのだと思い込んで。


「ごめん、ルチア……」


 クロウは、涙を流し、ルチアに謝罪した。

 だが、彼らは、まだ、知らない。

 クロス達の様子をルチアが、ルゥの隣で、目にしているとは。

 ルチアは、クロス達のそばで、倒れているというのに。


――あれは、私?どうして、目を開けたまま、倒れてるの?ううん、なんで、あそこに私が?


 ルチアは、混乱している。

 自分は、ここにいるというのに、もう一人、自分が、いるからだ。

 しかも、目を開けたまま、倒れている。

 反応していない。

 一体、どういう事なのだろうか。

 ルチアは、あたりを見回すと、ルゥが、下を向いている。

 呆然としているかのようだ。


――ルゥ、どうしたの?ルゥ?


 ルチアは、ルゥに問いかける。

 だが、ルゥは、返事をしなかった。


――何も、返事がない。聞こえてない?


 ルチアは、何度も、呼びかけて、気付いたようだ。

 自分の声が、ルゥに聞こえていないのだと。


――ルゥが、持ってるのって、宝石だよね?でも、割れてる……。


 ルチアは、ルゥが、自分の宝石を手にしているのが見えた。

 だが、宝石は、真っ二つに割れている。

 その時だ。

 ルチアは、思い出したのだ。

 クロスとクロウが、戦っている時に、クロウの剣で、宝石が割れてしまった事を。

 その瞬間、ルチアは、意識を失った事を。

 それでも、自分の身に何が起こったのかまでは、不明だ。

 ルチアは、あたりを見回すと、気付いた。

 自分の体が透けていると。


――あれ?私、透けてる?もしかして、今、私って魂が抜けてるの?


 自分の体が透けている事に気付いたルチアは、察してしまった。

 今、自分は、魂だけの存在なのだと。

 体から、魂が抜けてしまったのだと。


――も、戻らないと!?

 

 ルチアは、焦燥に駆られ、自分の体へと歩み寄る。

 自分の体に触れたルチア。

 だが、魂が、体の中に戻ることはなかった。


――戻れない。どうしよう……。


 ルチアは、ますます、焦燥に駆られた。

 どうすれば、元に戻れるのかと。

 このまま、元に戻れなくなったらと思うと、不安でたまらなくなったのだ。

 クロスとクロウが、泣いている。

 自分達を責めているのだろう。

 ルチアは、心が痛んだ。

 どうにかして、戻らなければと、周辺を見回す、ルチア。

 その時だ。

 ルチアの目にあの割れた宝石が映ったのは。


――そうだ。宝石を何とかすれば……。


 ルチアは、宝石を元に戻すことができれば、いいのではないかと悟る。

 宝石が、割れた事で、自分の魂は、体から出てしまったのだから。

 魂だけの存在でも、何か、できるかもしれない。

 オーラを送れば、元に戻るかもしれない。

 ルチアは、すぐさま、ルゥの元に戻り、宝石に触れた。

 すると、宝石が、光り始めた。


――え!?


 ルチアは、何が起こったのか、把握できていない。

 宝石が光ったと同時に、ルチアの魂も、光り始めたからであった。



 クロウは、涙を流している。

 未だ、ルチアは、動かないままだ。


「ルチア……ごめん……」


 クロウは、ルチアに謝罪した。 

 何度も、何度も。

 クロスは、何も言えず、ただ、涙を流していた。

 だが、その時であった。


「お、おい、何だってんだよっ!?」


「どうされたのですか?ルゥ?」


「何かあったの?」


 ルゥが、驚いたように叫ぶ。

 一体、何があったのだろうか。 

 フォルスとジェイクは、ルゥへと視線を向けた。


「ほ、宝石が、光ってやがる!?」


「え?」


 ルゥは、宝石が光っているというのだ。

 これには、さすがのヴィクトルも、驚きを隠せない。

 宝石は、割れたというのに、なぜ、光り始めたのだろうか。

 混乱する中、ルチアは、体が、突如、光り始めた。


「ルチアが……」


 ルチアの体は、光り始めたまま、宙に浮き始める。

 まるで、宝石と共鳴しているかのようだ。


――私の体が……。


 ルチアは、目を見開く。

 今、ルチアの魂、体、宝石が、光り輝いているのだ。

 その光は、ルチアの魂、体、宝石をつなげていた。


――っ!!


 光が一つにつながった時、ルチアは、ある光景を思い浮かべる。

 それは、幼い頃、菫色の瞳を持つ少女と共に暮らした事、ヴァルキュリアとして、共に戦った事。

 ロクト村でも、見た光景だが、以前とは違う。

 何か、はっきりと思いだせそうな気がしたのだ。

 彼女が何者なのかを。


――ルチア……。


――ヴィオレット!!


 菫色の瞳を持つ少女は、ルチアの名を呼んだ。

 ルチアは、菫色の瞳を持つ少女の名を呼ぶ。

 「ヴィオレット」と。


――ヴィオレット……。


 光景を頭にうかべたルチアは、彼女の名を呼ぶ。

 あの菫色の瞳を持つ少女の名を。

 「ヴィオレット」の名を。

 すると、ルチアは、ゆっくりと目を閉じ、意識が途絶えた。



「ん……」


 ルチアは、きゅっと目を閉じて、ゆっくりと開ける。

 すると、クロス達が、ルチアの顔を覗き込んでいるのが目に映った。

 とても、心配そうな表情を浮かべて。


「ルチア、大丈夫か?」


「わ、私……戻ってこれたんだ……」


「え?」


 クロスは、ルチアの身を案じ、問いかける。

 ルチアは、頭が、呆然としながらも、悟った。

 自分の魂は、戻ってこれたのだと。

 思わず、その事を呟いてしまったルチア。

 クロスは、驚き、あっけにとられている。

 どういう意味なのか、理解していないのだろう。

 無理もない。

 ルチアの魂が、体から抜けていたなど、誰も知らないのだ。

 本人以外は。


「すまない。ルチア、俺が……」


 クロウが、声を震わせながら、謝罪する。

 身勝手なことをしてしまったがために、ルチアを危険な目に合わせてしまったのだ。

 取り返しのつかない事をしてしまったと自分を責めているのだろう。

 そんなクロウに対して、ルチアは、優しく、頬に振れた。


「大丈夫だよ、クロウ。泣かないで」


 ルチアは、クロウの涙をぬぐう。 

 責めるつもりなど毛頭ないのだ。

 クロウは、ルチアを抱きしめ、泣き続けた。

 二人の様子をうかがっていたクロスは、涙を流す。

 本当に、良かったと、心の底から、思いながら。


「ルゥ、宝石は、どうなってやがる?」


「……」


 ルチアが無事であり、安堵していたヴィクトルであったが、気になる事があり、ルゥに問いかける。

 それは、宝石の事だ。

 光が、収まり、ルチアは、目覚めた。

 あの宝石は、どうなったのだろうか。

 気になっていたがために、ヴィクトルは、ルゥに尋ねるが、ルゥは、返事をしない。

 じっと、宝石を見つめたままのようだ。


「ルゥ、どうしたの?」


「宝石は、どうなったんですか?」


 ジェイクとフォルスは、ルゥに、もう一度、尋ねる。

 宝石に異変が起こったのだろうか。

 ルゥが、反応しないため、不安に駆られ始めるルチア達。

 宝石は、もう、砕け散ってしまい、ヴァルキュリアに変身できなくなったのだろうか。


「み、見てくれよ。これ……」


「え?」


 ルゥが、慌てて、ルチアの元へ駆け寄り、ルチア達に宝石を見せる。

 宝石を目にした瞬間、ルチア達は、あっけにとられ、体が硬直した。

 ルチアの宝石は、形が変わっていたのだ。

 以前は、丸みを帯びていたのに、今は、楕円の両端が、尖っており、いくつもの角がある。

 まるで、原石が加工されたかのようだ。


「形が……」


 ルチアは、あっけにとられながらも、宝石に触れようとする。

 どうして、形が、変わったのか、見当もつかないまま。

 だが、その時であった。


「っ!!」


「どうした?ルチア」


 ルチアは、何かに反応したかのように、入口の方を見る。

 クロスは、何があったのか、見当もつかず、ルチアに尋ねた。


「妖魔が、近づいてくる!!」


「え!?」


 ルチアは、衝撃的な言葉を口にする。

 なんと、妖魔が、近づいてくるというのだ。

 クロス達は、驚愕した。

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