第七十四話 クロウの異変

 宝石がなくなり、焦燥に駆られたルチアは、すぐさま、クロスとクロウに報告した。

 クロスも、焦燥に駆られ、クロウは、まだ、冷静さを保っている。

 二人は、すぐさま、ルチアの部屋に入り、宝石を探すが、どこにも見当たらない。

 そのため、二人は、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイク、フランクを部屋に招集し、ルチアの宝石がなくなった事を報告した。


「え?宝石がなくなった?」


「うん……」


 宝石がなくなった事を聞かされたヴィクトル達は、愕然としている。

 誰も予想しなかったことだ。

 宝石がなくなるなど。

 ルチアも、不安に駆られている。

 このままでは、ヴァルキュリアに変身できないと。


「寝る時まではあったの。鍵も、かけてたし」


「その鍵は、あったんだな?」


「うん、ちゃんと、あったよ」


 ルチアは、昨夜の事を思い返す。

 自分が、眠りにつく時は、いつも、宝石を引き出しの中にしまっているのだ。 

 もちろん、鍵をかけて。

 鍵も、見つからないように、隠しており、知っているのは、クロス達のみだ。

 ゆえに、鍵が見つかるはずもなく、宝石も、なくなるはずもない。

 誰もが、そう思っていたのだが、浅はかだったのかもしれない。

 現に、宝石は、なくなっているのだから。

 ヴィクトルは、鍵があったのかを確認するが、ルチアは、うなずく。

 鍵が盗まれた形跡はなかった。


「鍵は、いつもの所にあったんだよな?」


「うん」


「なぜ、そのような事が……」


 ヴィクトルは、ルチアに尋ねる。

 だが、鍵も、いつもの所にあったようだ。

 ならば、なぜ、宝石がなくなるという事態が起こってしまったのだろうか。

 思考を巡らせるルチア達。

 だが、ただ一人、クロウだけは、冷静でいた。

 クロスは、それが、気になっていた。

 いつもの事だと思いたいが、どこか、違和感を感じると。

 その時であった。


「た、大変だ!!」


 ヴィクトルの部下が、部屋に入ってくる。

 それも、血相を変えて。


「どうした!?」


「よ、妖魔が、こ、こっちに!!」


 ヴィクトルも、慌てて、立ち上がる。

 嫌な予感がしたからであろう。

 その予感は、当たってしまった。

 なんと、妖魔が、レージオ島に向かっているというのだ。

 ドーム内であれば、問題はない。

 だが、もしもの場合もある。

 ゆえに、ヴィクトル達は、困惑した。


「どうしよう。私、どうしたら……」


 ルチアも、困惑し始める。

 ヴァルキュリアに変身できなければ、妖魔を倒すことはできない。

 ルチアは、どうしたらいいのか、わからなかった。


「俺が行く」


「え?」


 ルチアの様子を目にしたクロウは、覚悟を決めたかのように、前に出る。

 自分が、ルチアの代わりに妖魔を倒すと言いたいのだろうか。

 ルチアは、戸惑いを隠せなかった。


「俺が、妖魔達を殺す」


「で、でも……」


「そうするしかないか」


「え?」


 クロウは、自分が、妖魔を倒すと宣言する。

 だが、妖魔を消滅させることができても、復活してしまう。

 ほんの一時しのぎにしかならないのだ。

 それに、もし、多くの妖魔がこちらに向かっているのだとしたら、危険だ。

 ゆえに、ルチアは、躊躇したが、ヴィクトルも、覚悟を決めた。

 ルチアの力を頼らずに、乗りきるしかないのだと。


「ここを頼めるか」


「任せろ。気をつけな」


「おう」


 ヴィクトルは、フランクに託す。

 もしもの場合は、フランクに任せるしかないのだ。

 もちろん、フランクもそのつもりだ。

 命に代えても、ここを守るつもりだろう。

 クロス達は、妖魔と戦うため、部屋を出た。


「待って」


「待ちな、嬢ちゃん」


 危険を感じ、ルチアは、部屋を出ようとする。

 クロス達を止めるつもりだ。

 だが、フランクが、ルチアを制止させた。


「あいつらを信じるしかないさ」


 フランクに諭され、立ち止まるルチア。

 フランクの言う通り、クロス達を信じるしかないのだろう。

 ルチアは、クロス達の無事を祈った。



 クロス達は、ドームから離れて、妖魔のいる方角を目指す。

 幸い、まだ、妖魔は来ていない。 

 遠くにいるようだ。

 レージオ島は、結界が張られていない。

 常に、危険と隣り合わせだ。

 たとえ、ドームが頑丈であっても、外には、妖魔が、徘徊している。

 ドームを襲ったことはないが、今回は、違う。

 部下が、血相を変えて、報告しに来たのだ。

 妖魔が、こちらに向かっているのだろう。

 自分達を襲撃する為に。

 帝国は、レージオ島をつぶすつもりなのだろう。

 四つの島が、支配できなくなったため。

 ドームから、遠ざかったクロス達は、ようやく、妖魔達を発見する。

 妖魔達は、数十人いる。

 今まで、徘徊していた妖魔達なのであろう。


「さあ、来い!!」


 クロス達は、剣を抜き、構えた。

 妖魔達が、一斉に、クロス達に襲い掛かった。


「せやっ!!」


「はっ!!」


 クロス達は、騎士の固有技をそれぞれ発動する。

 クロスは、二対の剣で、薙ぎ払う固有技・レイディアント・ツインを。

 クロウは、剣を蛇腹剣に変えた固有技・ダークネス・ベローズを発動させ、てきを薙ぎ払っていく。

 ヴィクトル達も、固有技で妖魔を薙ぎ払い、消滅させていくが、数が多すぎる。

 キリがないと言ったところであろう。

 それでも、クロウは、立ち止まる事をやめなかった。

 その時だ。

 クロウが、背後から妖魔の襲撃を受けたのは。

 妖魔は、風属性であり、人型のようだ。

 魔技・ディザスター・ストームを発動し、クロウは、背中を切り刻まれた。


「ぐっ!!」


「クロウ!!」


 クロウは、苦悶の表情を浮かべる。

 彼の異変に気付いたクロスは、クロウの元へと駆け付けようとした。


「来るな!!」


 クロウは、声を荒げ、クロスは、立ち止まってしまう。

 こんなクロウは、初めてだ。

 滅多に感情を表に出さない。

 常に、感情を押し殺してきたのだ。

 ゆえに、クロスは、戸惑った。


「おおおおおっ!!」


 クロウは、痛みを押し殺し、固有技・ダークネス・ガードを発動し、剣を盾と化す。

 妖魔達の攻撃を弾き飛ばしたクロウ。

 妖魔達は、カウンターを食らった。

 それでも、クロウは、進み続ける。

 今度は、固有技・ダークネス・サークルを発動する。

 クロウの周りに、いくつも剣が、出現した。


「あいつ……」


 クロウを目にしたクロスは、確信を得た。

 クロウが、何をしたのかを。



 一時間後、ようやく、戦いは、終わった。

 全ての妖魔を消滅させたのだ。

 と言っても、時間が経てば、復活してしまうだろう。

 悪循環でしかないが、何もしないよりは、マシだ。

 クロス達は、すぐさま、妖魔達から遠ざかり、ドーム内へと戻った。

 怪我の治療もせずに。

 クロス達は、軽症程度ではあるが、クロウが、背中に切り傷を負っている。

 重傷と言っても過言ではない。

 それでも、クロウは、痛みをこらえて、ドームまで戻ってきたのであった。


「クロウ、怪我……」


「大丈夫だ」


 クロスは、クロウの身を案じるが、クロウは、大丈夫だといい、ゆっくりと、ヴィクトルの元へと歩み寄った。


「ヴィクトル」


「どうした?」


「頼みがある。ルチアをこれ以上、戦わせないでくれ」


「お前……」


 クロウは、ヴィクトルに懇願する。

 ルチアを戦わせたくないのだ。

 だからこそ、クロウは、妖魔を消滅させるために、戦った。

 ルチアがいなくても、島を守れると証明する為に。


「妖魔は、俺が殺す。だから……」


「少し、考えさせてほしい。研究レポートの内容が、もう少しで、わかりそうなんだ。だろ?ルゥ」


「おう。だから、もう少しだけ、待っててほしい」


「……」


 クロウは、ヴィクトルに、もう一度、懇願する。

 だが、ヴィクトルは、考えさせてほしいと頼んだ。

 なぜなら、アレクシアが記した研究レポートの解読が、終わりそうだからだ。

 あともう少しで、全てがわかる。

 最後の一ページが、どのような結果が記載されているかは、まだ、不明だ。

 それでも、ルチアを助ける手掛かりがかかれてあるのかもしれない。

 そう思うと、ヴィクトルも、ルゥも、決断はできなかった。

 二人に、懇願されたクロウは、黙ってしまう。

 彼は、焦っているようにクロスは、思えてならなかった。


「一度、戻りましょう」


「うん、ルチアが、心配してるだろうしね」


「……わかった」


 フォルスとジェイクは、ルチアの元へ戻ろうと促す。

 もちろん、治療が終わってからだが。

 クロウは、静かにうなずき、歩き始めた。

 ヴィクトル、ルゥも、歩き始める。

 だが、クロスだけは、立ち止まっていた。

 クロウの方へと視線を向けて。



 ルチアは、宝石を探している。

 どこかに落ちているのではないかと期待して。


「ないなぁ。どこに行ったんだろう……」


 やはり、宝石は見つかっていないようだ。

 ルチアは、焦燥に駆られる。

 これでは、戦うことすらできないと。

 ルーニ島を救えないと。


「誰かが、盗んだってことなのかな……」


 ルチアは、思考を巡らせる。

 なぜ、宝石がなくなったのか。

 なくしたというよりも、盗まれたと言った方が正しいのかもしれない。

 だが、鍵がどこにあるかを知っているのは、ルチア、クロス、クロウ、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクのみだ。

 つまり、本当に、盗まれたとしたなら、彼らが盗んだことになる。

 それだけは、絶対にないと、ルチアは、否定したかった。 

 なのに、なぜか、盗まれたのではないかと、推測してしまう。

 ルチアは、そんな自分が、許せなかった。



 時間が経ち、夜になる。

 クロスは、クロウをアジトの外に呼びだした。

 しかも、ひと気のない場所を選んで。


「なんだ?話って」


「聞きたいことがあったんだ」


 クロウを呼びだした理由は、聞きたいことがあったからしい。

 一体、何を聞きたいというのだろうか。

 クロウは、なぜか、クロスを警戒し始めた。


「お前、宝石をどこに隠したんだ?」


「っ!!」


 単刀直入に尋ねるクロス。

 クロスは、クロウが、ルチアの宝石を盗み出したのではないかと、推測していたようだ。

 クロウは、いつになく、驚き、戸惑いを隠せなかった。

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