第六十七話 心を救おうとして

 ルチアは、島の民に捕らえられ、帝国兵に引き渡された。

 島の民を守るために、囚われの身となったのだ。

 ルチアが、囚われた途端、すぐさま、絞首台が、設置された。

 囚われたルチアは、両手をロープで拘束されている。

 帝国兵に、無理やり歩かされているルチアは、あたりを見回す。

 処刑台の前には、島の民、全員が、集まっている。

 ルチアの処刑を見よと、命じられていたのだ。

 だが、アウスとエモッドはいない。

 どこから、遠くから見ているのだろう。

 高みの見物をする為に。


「ほら、さっさと、歩け」


「っ……」


 ルチアは、抵抗しようとして、立ち止まるが、帝国兵が、無理やり、ルチアを押しだす。

 抵抗することすらできなかった。



 彼女の様子をネロウは、うかがっている。

 しかも、笑みを浮かべて。


「ねぇ、見える?ヴァルキュリア、もう、死んじゃうよ?」


 ネロウは、クロス達に問いかける。

 それも、楽しそうに。

 クロス達は、黙っていた。

 答えるつもりは、毛頭ない。

 ネロウの隣にいる精霊は、体を震わせた。

 恐怖を感じているのだろう。


「僕の勝ちだよ。これで、母さんも、喜んでくれる」


 ネロウは、ルチアの死を母親が喜んでくれると思っているようだ。

 それを聞いたコロナは、唇をかみしめた。


「本当に、そう思ってるの?」


「え?」


 コロナは、ネロウに問いただす。

 本当に、母親が、ルチアの死を望んでいるとは、思えないからだ。

 ネロウは、あっけにとられたようで、振り向く。

 コロナは、ネロウをにらんだ。

 怒りを覚えたかのように。


「本当に、これが、貴方のやりたかったことなの?望んだことなの?ネロウ」


 コロナは、さらにネロウに問う。

 本当に、ルチアを殺したかったのかと。


「なんで、そんな事を言うの?コロナ。僕の気持ちが理解できないの?」


「わからないわ」


 ネロウは、体を震わせる。

 困惑しているようだ。

 コロナなら、わかってくれるのではないかと、期待したのだろう。

 だが、コロナは、きっぱりと否定する。

 今のネロウは、狂っていると感じているのだろう。


「私は、貴方の事が理解できない。きっと、貴方のお母様も」


「黙れ!!」


 コロナは、否定する。

 母親もそうだと。

 ネロウは、怒りをコロナにぶつけた。

 母親も、望んでいないと、言われ、拒絶したのだろう。


「母さんなら、僕の事をわかってくれる。お前達とは違う!!」


 ネロウは、コロナを拒絶する。

 これほどまでに、拒絶したのは、初めてだ。

 だが、コロナは、後悔していない。

 ネロウにわかって欲しかったからだ。

 ネロウは、コロナに背を向けた。

 まるで、現実から、目を背けているかのように。

 

「さあ、見届けよう。ヴァルキュリアの最後を」


 ネロウは、ルチアの様子を伺い始めた。

 その間に、クロス達は、何とかして、地の檻を破壊しようとするが、困難を極めていた。

 ルチアが、殺されてしまうと、焦燥に駆られながら。



 ルチアは、なおも、抵抗を続けている。

 殺されまいと。


「早く、こっちに来い!!」


 帝国兵は、強引に、ルチアを絞首台へと連れていく。

 ルチアの力では、帝国兵には、適わない。

 ルチアは、絞首台へと近づいていくが、その間に、島の民の表情を目にする。

 島の民は、うつむき、悲しそうな表情を浮かべていた。


――皆、辛そう……。こんな事、望んでないんだ……。


 島の民の表情を目にしたルチアは、察する。

 彼らは、このような事を本当は望んでいないのだ。

 だが、帝国兵には、誰も、逆らない。

 逆らえば、処刑される。

 今のルチアのように。


――このままじゃ、私は、死ぬ。でも……。


 抵抗も、むなしく、ルチアは、ついに、絞首台まで、来てしまった。

 このままでは、ルチアは、処刑されてしまうだろう。

 だが、ルチアは、こぶしを握りしめた。

 まるで、抵抗を続けるかのように。


――殺されるつもりなんて、ない!!


 ルチアは、決意を固めた。

 このまま黙って殺される彼女ではない。

 最後まで、抵抗を試みるつもりだ。

 ルチアは、再び、抵抗し始める。

 生きる為に、島を救う為に。


「何をしている!!早く、進め!!」


 帝国兵は、ルチアを歩かせようとする。

 だが、ルチアは、抵抗を続けた。

 うつむき、歯を食いしばって。


「冗談じゃない」


「何?」


「冗談じゃない!!」


 ルチアは、顔を上げ、叫ぶ。

 自分の怒りをぶつけたのだ。


「私は、こんなところで、殺されるつもりなんてない!!私は、お前達を許さない!!絶対に、生き延びて、お前達を倒す!!この島を救ってみせる!!」


 ルチアは、宣言する。

 処刑されそうになっても、島の民が、ルチアを捕らえようとしても、ネロウが、自分の事を恨んでも。

 生き延びて、帝国と妖魔を倒し、島を救うことを。

 島の民は、目を見開く。

 彼女の処刑を待っていたネロウでさえも。


「ははは!!何を言っている?この状態で、生き延びれるとでも、思ったのか?もう、無理なんだよ。さあ、死ね!!」


 帝国兵は、笑いながら、ルチアの宣言を否定する。

 不可能に等しからだ。

 今のルチアには。

 帝国兵は、ルチアを絞首台へ連れていく。

 ルチアは、なおも、抵抗を続けた。

 それでも、帝国兵は、ルチアを引きずるように、連れていった。


「皆、聞いて!!本当に、いやなら、抵抗すればいい!!私が、何とかする!!皆を守るから!!」


「うるさいんだよ!!」


「ぐっ!!」


 ルチアは、島の民に呼びかける。

 自分が、助けるから、抵抗してもいいのだと。

 帝国兵は、苛立ち、ルチアの顔を殴る。

 ルチアは、そのまま、地面に倒れ込んだ。

 起き上がるルチアであったが、帝国兵は、容赦なく、ルチアを無理やり立ち上がらせた。


「に、逃げないで!!恐れないで!!どんなに辛くても、抗って!!」


「だまって、さっさと行け!!」


 ルチアは、呼びかけ続ける。

 助けを求めているのではない。

 彼らの心を救おうとしているのだ。

 だが、帝国兵は、ルチアを強引に、絞首台へと上がらせ、島の民の前に、立たせた。

 帝国兵達が、ルチアを捕らえ、ロープをルチアの前に出す。

 とうとう、ルチアは、処刑されかけていた。


「ルチア……」


 檻の破壊を、今も、試みているクロス達は、焦燥に、駆られている。

 一刻も、早く、檻から脱出しなければ、ルチアは、殺されてしまうからだ。

 だが、ルチアは、台に上り、ルチアの首にロープがかけられる。

 帝国兵は、台を蹴飛ばして、ルチアは、ロープに括りつけられた。


「うっ!!」


 ロープが、ルチアの首を締め上げる。

 呼吸ができなくなり、ルチアは、もがくが、解くことができない。

 クロス達は、我を忘れたかのように、檻に向かって剣を振るうが、檻は、頑丈だ。

 このままでは、ルチアが、殺されてしまう。

 誰もが、そう思っていた。

 だが、その時であった。


「やめろっ!!!」


「うあっ!!」


 島の民の男性が、帝国兵を押しのける。

 続けて、他の島の民達も、帝国兵達に抵抗し、一斉に、絞首台へと登り、瞬くまに、ルチアを救出した。

 ルチアは、島の民に助けられたのだ。

 急に、呼吸ができるようになった為、ルチアは、咳き込む。

 その間に、帝国兵は、ルチアを捕らえようと迫っていくが、島の民が、ルチアを取り囲む。

 捕らえようとしているのではない、ルチアを守ろうとしているのだ。


「き、貴様!!」


 帝国兵達は、怒りを露わにする。

 自分達に刃向った事が、解せないのであろう。

 いや、理解に苦しんでいるからだ。

 今まで、自分達の言いなりであった彼らが、急に、態度を変えたのだから。


「これ以上、ヴァルキュリア様に近づくな!!」


「お前なんか、怖くないんだよ!!」


「絶対に、ヴァルキュリア様を守ってみせるわ!!」


 島の民は、ルチアを守ろうとしている。

 ようやく、自分の意思を持ち、抗う事を決意したのだ。

 抗い続けるルチアを目にして、決意を固めたのだろう。

 もう、言いなりになるつもりなど毛頭ない。

 ルチアが、いてくれるのだ。

 こんなに心強い事はない。

 島の民は、最後まで、抗い続けるつもりであった。


「こうなれば、全員、処刑してやる!!覚悟しろ!!」


 帝国兵達は、剣を鞘から引き抜き構える。

 それでも、島の民は、逃げようとはしない。

 帝国兵が、一斉に、ルチアの元へと迫るが、島の民は、帝国兵へと向かっていく。

 剣を向けられても、魔技や魔法で、応戦し、帝国兵達に抵抗していく。

 絞首台周辺は、もやは、乱戦状態となった。


「なんで、どうして……。あのヴァルキュリアを守ろうとしてるんだよ……」


 ルチアの様子をうかがっていたネロウは、信じられないと言わんばかりの表情をしている。

 なぜ、島の民が、ルチアを守り始めたのか、理解できないのだ。


「そいつは、敵なのに……」


「違うわ」


「え?」


 ネロウが、理解できない理由は、ルチアは、島の民にとって敵だと思い込んでいるからだ。

 だからこそ、敵である彼女を守る島の民が、理解できない。

 コロナは、ネロウの言葉を否定する。

 ネロウは、戸惑いながらも、振り向いた。


「まだ、わからない?」


「何が?」


「彼女は、命がけで、皆を守ろうとしたのよ。貴方の事もね」


「え?」


 戸惑うネロウに対して、コロナは、説得を試みる。

 なぜ、島の民が、ルチアを守ったのか、理解しているからだ。

 その理由は、ルチアが、命がけで守ろうとしている事を知り、決意を固めたからであった。

 守ろうとしているのは、島の民だけではない。

 ネロウもだ。

 それすらも、気付かなかったネロウは、驚き、戸惑いを隠せなかった。

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