第六十五話 洗脳

 アウスが、ルチアに向けて、指を指し、ルチアは、反逆者だと告げた途端、一斉に、視線が、ルチアの方へと集中する。

 まるで、ルチアを反逆者とて見ているかのようだ。


「わ、私?」


「なんで、ルチアだけが……」


 ルチアは、戸惑う。

 自分が、反逆者だと言われたからではない。

 自分だけが、反逆者からだと言われたからだ。 

 クロス達も、岩を粉砕した。

 島の民を帝国から、守ったというのに。


「そこの娘は、先ほどの岩を蹴り飛ばした。その威力は、とてつもない。まさに、ヴァルキュリアのようだな」


「っ!!」


 アウスは、ルチアの様子をうかがっていたようだ。 

 ルチアが、助けるのかどうかを。

 島の民を助けたルチアを目にした途端、自然災害が収まったのは、ルチアを反逆者として、捕らえさせるためだ。

 しかも、あたかも、ヴァルキュリアではないかと、疑うかのように。

 アウスは、ルチアの正体を見抜いたうえで、仕掛けてきたのだろう。

 ルチアは、絶句し、声が出なかった。


「皆、覚えておるな?もし、ヴァルキュリアが、現れたらどうするべきであるかを?」


 アウスは、島の民に問いかける。

 島の民は、なにか、アウスに命じられていたいようだ。

 嫌な予感しかしない。

 ルチアは、胸騒ぎがしていた。


「知らぬものもいるようだ。教えておいてやろう。もし、ヴァルキュリアが、現れたら、捕らえよと、命じたはずだ。そうだったな?」


 嫌な予感は、的中した。

 アウスは、島の民にルチアを捕らえさせるためだ。

 この状況を楽しむためであろう。 

 自分の手を汚そうとしないようだ。

 島の民は、体を震わせながら、ルチアの方へと視線を向けている。

 クロス達が、ルチアを取り囲んだ。

 ルチアを守るために。


「では、改めて、命じよう。その小娘は、ヴァルキュリアの可能性がある。そこの小娘を捕らえよ!!」


 アウスは、島の民に命じる。

 ルチアを捕らえよと。

 命じられた島の民は、一斉にルチアに近づき始めた。

 島の民は、ルチアを取り囲もうとしている。

 ルチアを逃さないためであろう。

 クロス達は、剣を抜けるはずもなく構えるだけだ。

 島の民に罪はない。

 ゆえに、傷つけるわけにはいかないのだから。


「う、うそ……」


「本気なのか?」


 ルチアは、愕然とする。

 クロウも、信じられないようだ。 

 だが、島の民は、容赦なく、ルチアに迫ろうとしていた。


「まるで、洗脳だな……」


 クロウは、苛立ちを隠せない。

 帝国は、完全に、島の民を洗脳している。

 それも、強引に。

 それゆえに、帝国に怒りを向けていたのだ。

 アウスとエモッドは、ルチアの様子をうかがっている。

 まるで、勝ち誇ったかのように。

 遠くで、ルチア達の様子を目にしていたネロウは、体を震わせる。

 まるで、怯えているようであった。


「た、助けなきゃ……」


 ネロウは、地面を蹴り、走りだす。

 無意識のうちに。

 ルチアを助けようとしているのだろう。

 だが、その時であった。


「待て」


「っ!!」


 ネロウの前に帝国兵が立ちはだかる。 

 ネロウは、思わず、立ち止まってしまった。


「帝国兵?僕に、何のよう?」


「本当に、あの小娘を助けたいのか?」


「え?」


「あの小娘は、お前の事など、理解していない」


 ネロウは、帝国兵を警戒している。

 ジェイクも、許せないが、母親を殺した帝国兵は、もっと、許せるはずがない。

 だが、帝国兵は、平然とした様子で、ネロウに語りかける。

 ルチアを助けたいのかと。

 それも、ルチアは、ネロウの気持ちなど、わかっていないと、嘘を吹き込んで。

 ネロウまで、洗脳するつもりなのだろうか。


「そ、そうかな……」


 ネロウは、体を震わせながら、否定する。

 ルチアを信じようとしているのだろう。

 帝国の言う事よりも、ルチアの言葉を信じている。

 ルチアは、自分を理解してくれていたのだと。


「あの娘は、お前を利用しようとている」


「そ、そんな事……」


 それでも、帝国兵は、ネロウに嘘を吹き込む。

 ルチアが、ネロウを利用しようとしていると。

 ネロウは、首を横に振る。

 そんなはずがないと。


「いいや、お前は、騙されてるんだ。お前の事を考えているふりして、協力させようとしている」


「そんな……」


 帝国兵は、ネロウの心を揺さぶるかのように、語りかける。

 ネロウは、愕然としていた。

 嘘だと思いたい。

 だが、もしかしたら、騙しているのではないかと。

 帝国兵は、不敵な笑みを浮かべる。

 「ガキは、ちょろいな」と思いながら。


「忘れたのか?お前の母親は、なぜ、死んだのかを」


「っ!!」


 帝国兵は、ネロウの傷口をえぐる。

 ネロウの母親の死の理由を思い出させるかのように。 

 ネロウは、驚き、目を見開いた。

 まるで、眠っていた憎悪を呼び起こされたかのような感覚だ。


「お前の母親は、あの騎士が、守れなかったから、死んだ。いや、ヴァルキュリアが、現れなかったから、死んだんだ」


「……」

 

 さらに、帝国兵は、嘘を吹き込む。

 ネロウの母親が死んだのは、ジェイクのせいであり、ルチアのせいでもあると。

 もし、ルチアが、助けたに来たのならば、母親は、死なずに済んだと言いたのだろう。

 これは、明らかに嘘だ。

 だが、少年のネロウにとっては、そんな事どうでもいい。

 彼らのせいで、母親が死んだのは、事実だと思い込んでいるからだ。

 ネロウは、押し込んでいた憎悪が、あふれ出てくるのを感じていた。


「それでも、お前は、まだ、あいつらを信じようとするのか?」


 帝国兵は、もう一度、ネロウに問う。

 その時のネロウの目は、憎悪を宿していた。

 それは、帝国に向けてではなく、ジェイクやルチアに向けての。



 何も知らないルチア達は、島の民に囲まれ、逃げ場を失っていた。


「これは、まずいな……」


 クロウは、舌を巻く。

 どう考えても、逃げ場はない。

 いや、全員で、逃げる事は、不可能であろう。

 バラバラになって、逃げた方がいいのではないかと推測したが、あまりにも、危険すぎる。

 なぜなら、島の民、全員が、ルチアを捕らえようとしているのだから。

 全員が、捕らえられる可能性もあり、判断できなかった。


「クロス、クロウ、お前達は、ルチアを連れて、ここから逃げろ」


「ヴィクトルさん達は、どうするつもりだ?」


「足止めするさ」


 ヴィクトルは、クロスとクロウに命じる。

 ルチアと共に逃げるようにと。

 クロスは、ヴィクトル達の身を案じて、問いかけるが、ヴィクトル達は、足止めするつもりのようだ。

 ルチア達を逃がすために、囮になるつもりなのだろう。


「だ、駄目だよ、そんなの……」


「いいから、逃げて。ルチア」


「帝国の狙いは、貴方です。だから、逃げてください」


 ルチアは、首を横に振る。

 危険だと、わかっているからだ。

 ゆえに、ルチアは、賛成できなかった。

 それでも、ジェイクは、ルチアに逃げるよう促す。

 ヤージュも、同様にだ。

 わかっているのだ。

 帝国の狙いは、ルチアなのだと。

 だからこそ、ルチアには、逃げ延びてもらわなければならない。


「ルチア、ここは、逃げるぞ。クロスも、いいな?」


「……わかった」


 クロウは、ルチアに逃げるよう促す。

 覚悟を決めたようだ。

 クロスも、うなずく。

 覚悟を決めるしかないと。

 そして、ルチアも、同様に、覚悟を決めた。


「気をつけてね」


「誰に言ってる」


 ルチアは、ヴィクトル達の身を案じる。

 だが、ヴィクトルは、笑みを浮かべて、反論した。

 自分達が、捕まるはずがないと言いたいのだろう。

 ヴィクトルは、魔法・バーニング・スパイラルを発動する。 

 もちろん、島の民を傷つけるためではない。

 足止めするつもりだ。

 続けて、クロウが、魔法・スピリチュアル・ファントムを発動して、ルチア、クロス、クロウの姿を消す。

 その隙に、ヤージュが、周りに岩を生み出し、ルチア達は、それに飛び移り、さらに、屋根に飛び移って、逃げ始めた。


「逃げたぞ!!」


「逃がすな!!」


 島の民は、ルチアが、消えた途端、バラバラになって、走り始める。

 ルチアを捕らえることに躍起になっているようだ。

 だが、ヴィクトル達も、バラバラになって、島の民の前に、立ちはだかる。

 足止めをする為に。


「ここからは、通さないぜ!!」


 ヴィクトル達は、島の民を食い止める。

 囮として。

 邪魔をされた島の民達は、怒り狂う。 

 ヴィクトル達が、彼らの味方だと気付かないまま……。

 島の民達は、ヴィクトル達に襲い掛かった。



 ルチアは、クロス、クロウと共に逃げる。

 島の民は、ルチアを目にした途端、獲物を狩るかのように追いかける。

 まるで、果てしない逃亡劇のようだ。


「こっちだ!!」


 クロウは、ルチア、クロスを連れて、角を曲がる。

 島の民達は、ルチアの姿を見失ったようで、バラバラになって、探し始めた。

 どうやら、うまくまけたようだ。

 逃げ続けたルチアは、息を切らしている。 

 クロス、クロウも、同様であった。


「どうしよう、どうすれば……」

 

 ルチアは、困惑する。

 このまま、逃げ続けても、埒が明かない。

 ヴィクトル達の事も心配だ。 

 ゆえに、ルチアは、途方に暮れていた。

 どうするべきなのかと、苦悩して。


「こうなったら、奴らをたたくしかない」


「帝国兵のリーダー、だな?」


「ああ」


 クロウが、決断を下す。

 それは、帝国兵のリーダーの元に乗り込むことだ。

 クロスも、同じことを考えていたようで、クロウに、問いかける。

 クロウは、冷静に、静かにうなずいた。


「あの核を奪えば、この島の奴らも、命令に従わなくなるだろう」


「そうするしか、ないね……」


 島の民が、帝国兵に従っている理由は、大精霊の核を奪って、操っているからだ。

 命の危機を感じた島の民は、致し方なく、帝国にしたがっているのだろう。 

 核を奪えば、もう、島の民は、怯える必要はない。

 ルチアも、覚悟を決めたようで、村から出て、アウス、エモッドが、潜んでいる帝国兵のアジトに乗り込むことを決意した。

 ルチア達は、島の民に気付かれないように、進み始める。

 だが、その時であった。


「っ!!」


「え?」


 クロス、クロウの足元から、魔方陣が発動される。

 そして、瞬く間に、地の檻が、クロスとクロウを捕らえた。

 二人の異変に気付いたルチアは、立ち止まり、振り返る。

 完全に、二人は、檻に閉じ込められていた。


「こ、これは……」


「地属性の魔法か?」


 クロスは、戸惑いながら、クロウは、冷静さを保ちながら、察する。

 自分達は、地属性の魔法により、捕らえられてしまったのだと。

 おそらく、地の精霊のみが、発動できる魔法・スピリチュアル・ケイジを発動されたのだろう。

 唱えた者のみしか、解除ができない。

 ゆえに、二人は、檻から脱出することは、不可能に等しい。

 一体、誰が、このような魔法を発動したのだろうか。

 ルチアは、戸惑いを隠せなかった。


「これで、一人になったね」


「え?」


 背後から、ネロウの声が聞こえる。

 ルチアは、驚き、振り向くと、ネロウが、精霊を連れて、ルチア達の元に現れた。

 それも、不敵な笑みを浮かべながら。


「ネロウ……」


 ネロウの表情を目にしたルチアは、察してしまう。

 彼が、精霊に命じて、クロスとクロウを捕らえたのだと。

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