第三十六話 暖かな火に見送られて

「あなたが、大精霊・イフリート?」


「そうだ」


 ルチアは、目を瞬きさせて、問いかける。

 大精霊と言うのだから、自分達よりも、姿は、異質だと考えていたのだろう。

 長い間、生きてきており、結界も張れると聞いてきたのだから。

 だが、普通の人間や精霊と変わりない。

 それどころか、自分達と同じように思える。


「そなたたちのおかげで、私は、復活することができた。礼を言う」


 イフリートは、ルチア達にお礼を言う。

 感謝しているのだろう。

 ルチア達のおかげで、イフリートは、復活したのだから。


「ヴィクトルさん達のおかげですよ。騙されましたけど」


「そ、それは……」


 ルチアは、ヴィクトル達のおかげだと告げた。

 少々、嫌味を込めて。

 ヴィクトルは、何も、言い返せず、黙り込む。

 申し訳ないと思っているのだろう。 

 ルチアを騙して、危険な目に合わせた事を。

 その時であった。


「うぅ……」


 妖魔達のうめき声が聞こえる。

 まだ、妖魔達は、消滅していないのだ。

 結界を張って、弱まらせただけで。


「って、話してる場合じゃないね」


 ルチア達は構える。

 妖魔達を倒すために。

 ルチアは、地面を蹴って、妖魔達に向かっていった。


「はああっ!!」


 ルチアは、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 固有技で、妖魔達は、一掃された。



 ルチア達は、イフリートを連れて、ファイリ村に戻ってくる。

 すると、生気を失っていた島の民が、あっけにとられながら、イフリートへと、視線を向けた。


「ああ、イフリート様!!」


「イフリート様が、復活したぞ!!」


 島の民は、喜びをかみしめている。

 イフリートのが、復活した事により、希望を取り戻したようだ。

 喜びを分かち合い、涙する者もいる。

 彼らの様子を見ていたルチア達は、うれしかった。

 島を救えたのだと、感じ取って。


「皆、喜んでくれてるみたいね」


「そのようだ」


「うれしいぜ、俺達もな」


「ええ」


 イフリート、クレイディア、バニッシュも、喜びをかみしめている。

 ようやく、この時が来たのだと。

 これも、全て、ルチア達のおかげだ。

 彼らは、心の底から、ルチア達に感謝していた。


「これで、お父様のお顔も、浮かばれるわ」


「そうだな」


 クレイディアは、涙を流す。

 今まで、ずっと、耐えてきたのだろう。

 父親が殺され、島を帝国に奪われたのだから。

 だが、もう、耐える必要はない。

 そう思うと、涙が、あふれて止まらなかった。

 バニッシュは、クレイディアの手を優しく、握りしめ、イフリートは、一歩、前に出た。


「今まで、すまなかった。私が、油断していたばかりに……」


「いいんです。よくご無事で……」


 イフリートは、謝罪する。

 もし、自分が、用心していれば、クレイディアの父親が、殺されることはなく、自分が封印されることもなく、ファイリ島の民が、苦しむことはなかったと、考えているのであろう。

 だが、誰も、イフリートを咎めるつもりなどなかった。

 イフリートが、無事で帰ってきたのだ。

 島の民は、それだけで、うれしかった。


「これからは、命がけで、この島を守る。約束する」


 イフリートは、誓いを立てた。

 命がけで、島を守ると。

 島の民は、歓声を上げ、喜んだ。



 その後、宴が行われた。

 島の民は、歌い、踊り、楽しんでいる。

 二年ぶりに、全てを取り戻したのだ。

 それほど、うれしいという事なのだろう。

 ルチア達も、楽しんでいた。

 しかし……。


「本当に、すまなかった!!」


 ヴィクトルが、ルチア、クロス、クロウを呼び、彼らの前で、土下座する。

 作戦とは言え、ルチア達を騙し、危険な目に合わせてしまったのだ。

 ヴィクトルも、反省しているのだろう。

 フォルス、ルゥ、ジェイクは、遠くから、ヴィクトルを見ていた。

 あくまで、見守るつもりはなかった。


「どうする?ルチア」


「そうだ。お前が、決めろ」


 クロス、クロウは、ルチアに促す。 

 ヴィクトルを許すか、許さないかを。

 一番の被害者は、ルチアだ。

 だからこそ、ルチアに決めさせるのだろう。

 ルチアは、ため息をついた。


「足、痛かったなぁ」


「う……」


「殺されるかと思った」


「うぅ……」


 ルチアは、あえて、ヴィクトルを責める。 

 ヴィクトルは、何も、反論できなかった。

 言い訳さえも。

 言いたいことは、よくわかる。

 ルチアは、足に重度の火傷を負い、バルスコフに、殺されかけたのだ。

 責められるのは、当然であろう。


「だから、言ったのに」


「自業自得」


「フォローできないね。残念、残念」


 フォルス、ルゥ、ジェイクも、ヴィクトルを責め始める。 

 あきれながら。

 説得はされたが、致し方なしだったのだ。

 何度も、何度も、反論したが、ヴィクトルは、意見を変えない。

 こうなることは、目に見えてわかっていたはずなのに。

 それゆえに、ヴィクトルも、反論できなかった。


「こ、これから、騙したりしない。だから……」


「いいよ」


「へ?」


 ヴィクトルは、誓う。

 もう、騙したりしないと。

 だが、全てを話し終える前に、ルチアが、許す。 

 これは、意外な事だ。

 さすがのヴィクトルも、あっけにとられながら、顔を上げる。

 その表情は、正直、カリスマ船長らしさがな、間抜けな顔であった。


「いいのか?本当に?」


「うん。ちょっとは、怒ったけど、本当に、敵ってわけじゃなかったし。ヴィクトルさんのおかげで、村は、救われたし」


「よ、よかった……」


 ヴィクトルは、怯えながらも、問いかける。

 不思議に思ったのだろう。

 なぜ、ルチアが、自分を許したのか。

 ルチアは、怒ってはいたものの、感謝もしていたようだ。

 ヴィクトルの作戦のおかげで、イフリートは、復活できたのだから。

 許されたと知ったヴィクトルは、安堵する。

 しかし……。


「でも、次はないからね?」


「は、はい……」


 ルチアは、笑みを浮かべながら、警告する。

 どう考えても、目が笑っていない。

 ヴィクトルは、怯え、体を震わせた。


――こ、怖い……。ルチアから、黒いオーラが……。


 クロス達も、感じていたらしい。

 ルチアから、どす黒いオーラが、放たれていると。

 ルチアは、怒っているようだ。

 次などあるはずがない。

 ヴィクトルは、改めて、二度と騙したりしないと心の中で、誓ったのだった。


「さ、楽しもう!!」


 ルチアは、気を取り直して、宴を楽しむ。

 クロス達も、宴を楽しんだ。

 島の民は、希望を取り戻したのだ。

 ルチアは、それを喜んでいた。

 しかし、ふと、思いだした。

 ファイリ島で、あの菫色の髪の少女と共に妖魔と戦った事を。


――私、ここに来たことあるんだ。あの子と……。貴方は、誰なの?


 ルチアは、思い出そうとするが、まだ、少女が、誰なのか、不明だ。

 だが、どうしても、思い出さなければならない気がしていた。



 宴が終わり、ルチア達は、クレイディアの家で眠りにつく。

 ルチアは、ぐっすりと、眠っている。

 クロスとクロウは、ルチアを見守るように見ていた。


「ルチア、ぐっすり眠ってるな」


「騒いだから、疲れたんだろう」


 ルチアの寝顔は、穏やかだ。

 島を取り戻せて、うれしかったのだろう。

 それに、宴で、騒いだ。

 疲れ果てているようだ。


「なぁ、クロウ」


「なんだ?」


「その、グロンドを殺したのって……」


 クロスは、クロウに、尋ねる。

 どうしても、気になったのだ。

 クロウが、グロンドを殺した事が。

 もし、それが、本当だとしたら、クロウは、人殺しをしたことになる。

 だからこそ、クロスは、信じたくなかった。


「本当だ。俺は、人殺しだ。だが、後悔はしていない」


 クロウは、肯定する。

 本当に、人殺しをしてしまったようだ。

 だが、クロウは、後悔していない。

 ルチアの為なら、自分の手が汚れても、構わないのだろう。


「あまり、思いつめるなよ?」


「ああ、ありがとう」


 クロスは、クロウの身を案じる。

 このままでは、クロウは、ルチアを守るために、人殺しを続けてしまうだろう。

 手を汚し続けるのではないかと、不安に駆られているのだ。

 もちろん、クロウも、わかっている。

 ルチアも、クロスも、自分の事を心配していると。

 クロウは、静かに、うなずいた。



 時間が経ち、朝になる。

 ルチア達は、次の島に向かう準備をしていた。

 ヴィクトルが、部下に伝書鳩でファイリ島が、救われた事を、報告し、部下達が、迎えに来る。

 ルチア達は、船着き場まで、来た。

 クレイディア、バニッシュ、イフリートが、見送りに来た。


「それじゃあ、またな」


「ええ、ありがとう」


「まったなー!!」


 ヴィクトルは、別れを告げる。

 クレイディアとバニッシュは、ルチア達に感謝の言葉を告げ、別れを告げた。


「ヴァルキュリアよ、前を向いて進むのだぞ」


「はい。ありがとうございます!!」


 イフリートは、ルチアを励ます。

 彼も、わかっているのだ。

 これから、苦難が待ち受けているかもしれない。 

 自分達は、ルチアの心の強さを信じるしかないのだ。

 ルチアは、うなずき、お礼を言った。



 そして、ルチア達は、海賊船・エレメンタル号に乗り、次の島を目指す。

 クレイディア達は、手を振り、ルチア達を見送った。

 ルチアも、手を振った。


「頑張らないとね」


「そうだな」


「ああ」


「この調子で、頑張ろうね!!」


 ルチアは、改めて、決意を固めた。

 帝国と戦い続け、全ての島を救うことを。

 だが、彼女は、まだ知らなかった。

 妖魔の正体が、あまりに、彼女にとって、残酷であるかを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る