第三十話 見たことない表情

「あいつら……」


「挑発してきたか……」


 クロスも、愕然としているようだ。

 予想外だったのだろう。

 帝国兵のリーダーと妖魔が、村まで来たのだから。

 クロウも、起き上がって、呟く。

 クロスのおかげで、火傷が治ったようだ。

 と言っても、まだ、完全ではないようだが。


「宣戦布告されたか……参ったな」


 ヴィクトルも、参ったと言わんばかりの表情をしている。

 彼も、予想していなかったようだ。

 しかも、宣戦布告された。

 これでは、裏から回り込んで侵入する事も、無意味となるだろう。

 おそらく、裏の方でも、妖魔を配置させる可能性がある。

 作戦の練り直しとなるかもしれない。


「や、やっぱり、無理だ……」


「もう、嫌だ……」


「これ以上は、逆らえない……」


 島の民達は、愕然としながら、呟く。

 再び、絶望に陥ったのだろう。

 被害を受けたのだ。

 あきらめてしまったのだろう。

 彼らの表情を見ていたルチアは、拳を握りしめた。


「許せない……」


 ルチアは、体を震わせる。

 怒りで、震えているのだろう。

 自分でも、抑えきれないほどに。


「絶対に、許せない!!」


 ルチアは、叫んだ。

 しかも、形相の顔で、火山をにらんでいる。

 無意識のうちに。

 彼女の様子をうかがっていたクロスとクロウは、驚きを隠せなかった。

 今までとは、違う表情を、感情を見せたルチアに対して。



 その後、ルチア達は、島の民を治した。

 自分の火傷よりも、彼らを優先したのだ。

 彼らの火傷を治したルチアは、自分達の火傷を治し、クレイディアとバニッシュの家へと入り、地下の部屋に戻った。

 ヴィクトル達は、作戦を練り直すと言っていたため、ルチア達も、参加すると言ったが、ヴィクトルは、それを拒んだのだ。 

 ルチア達の事を気遣ってだろう。

 ゆえに、ルチア達は、部屋に戻り、体を休めることにした。

 だが、衝撃的な場面を目の当たりにして、ルチア達は、眠りにつけない。

 作戦の事が、気になるというのもある。

 椅子に座って、何も話さず、うつむているようだ。

 その時だ。

 ドアが、開いたのは。


「おや、まだ、眠っていなかったのですか?」


「はい」


 フォルスが入ってきたようだ。

 おそらく、ルチア達の様子を見に来てくれたのだろう。


「フォルスさん……。あの、皆さんは……」


「大丈夫です。ご安心ください」


 ルチアが、フォルスに尋ねる。 

 村の事が気になったのだろう。

 フォルスは、大丈夫だと伝える。

 詳しい事は、語ろうとしない。

 ルチアの事を気遣ってのことだろう。


「それと、彼らは、協力できないと申し入れがありました」


「だろうな……」


 フォルスが、申し訳なさそうに、報告する。

 島の民は、今後、ルチア達に協力できないそうだ。

 当然であろう。

 帝国に逆らえば、火の粉が降り注いでくる。

 さすがに、島の民も参っているようだ

 クロウも、予想していたようで、納得していた。

 これ以上、島の民を巻き込んではならないと思っていたところだったのだ。


「明日の突入は、変更です。明後日の朝になりました。その方が、よろしいでしょう」


「ありがとう」


 突入は、朝っての朝に変更になったらしい。

 予定が、狂ったからであろう。

 作戦を慎重に練り直す必要があるらしい。

 だが、それだけではない。

 ルチア達も、火傷を負っている。

 魔法で、火傷は癒えたが、一日、休みを入れたほうがいいと思っているのだろう。

 クロスは、お礼を述べた。


「それと、今回は、我々の独断でやるということになりました。申し訳ございませんが……」


「それでいいと思う。もう、巻き込みたくない」


「承知いたしました。船長にも、伝えておきます。では、お休みください」


 フォルス曰く、突入は、海賊の独断で決行するということになったらしい。

 当然であろう。

 そうでなければ、帝国は、何をするかわからない。

 ルチアも、もう、島の民を巻き込みたくないと願っている。

 フォルスは、頭を下げ、部屋を出た。

 ルチアは、うつむく。

 火の粉が、降り注ぎ、逃げ惑い、怯える島の民達の事を思いだしていたのだ。 

 怯え、絶望し、震えている場面を。

 それを思いだすと、ルチアは、拳を握りしめた。


――許せない。絶対に……。


 ルチアは、怒りを露わにした。

 形相の顔で。

 彼女の表情を目にしたクロスとクロウは、ルチアを心配していた。



 翌朝、クロスとクロウは、家から出る。

 村の様子を見ておこうと思ったからだ。

 だが、村の様子は、最悪だ。

 皆、絶望している。

 いや、前よりも、生気を失っているかのように思えてならなかった。


「……元に戻ったな」


「うん」


 クロスとクロウは、状況を把握したようだ。

 せっかく、島の民が、希望を取り戻したというのに。 

 一夜で、戻ってしまったのだ。


「ルチアは、休んでるんだよな?」


「うん。さすがに、この状態を見たら……」


「そうだな……」


 クロウは、ルチアの事が気になっているようだ。

 二人で外には出たが、本当に、ルチアは、家で休んでいるのか、心配なのだろう。

 クロス曰く、ルチアは、家で休んでいるらしい。

 本当は、自分も行くと、ルチアも、言っていたのだが、クロスが、説得したのだ。

 家で休んでほしいと。

 もし、ルチアが、この村の状態を見たら、怒りを露わにするであろう。

 昨夜のように。

 そう思うと、クロスとクロウは、家で休ませたほうがいいと判断したようだ。


「なぁ、クロス」


「なんだ?」


「昨日のルチア、どう思う?」


「……かなり、怒ってたな。あんなルチア、初めて見た」


「本当だな……」


 クロウは、昨夜のルチアの様子が気がかりなようだ。

 あれほど、怒りを露わにしたルチアを目にしたのは、クロウも、クロスも、初めてだ。

 それゆえに、動揺しているのだ。

 ルチアが、無茶をしなければと心配する二人であった。



 時間が経ち、夜となった。

 火山の山頂では、グロンドとバルスコフは、遠くから村の様子をうかがっている。

 ルチア達が、どう動くのか、気になっているのだろう。


「まだ、来ない」


「慌てるな。そのうち来るさ」


「早く、殺したい」


「俺もだ。女を殺すってどんな気分なんだろうな」


 バルスコフは、苛立っているようだ。

 待ちくたびれているのだろう。

 だが、反対に、グロンドの方は、余裕の笑みを浮かべている。 

 いつでも、殺せると言わんばかりの。

 それどころか、少女であるルチアを殺す事を待ちわびているかのようだ。

 どこまでも、二人は、狡猾であった。


「しかし、あの火の粉を消滅させてしまうとは、何者だ?あいつ……」


「すごいよな、あいつ」


 グロンドは、ルチアの事に対して、思考を巡らせているようだ。

 火の粉が、一気に消滅し、火山の力を暴走させることさえも、不可能になってしまったのだ。

 何が起こったのかは、グロンドさえも、不明だ。

 だが、その時だ。

 どこからか、声が聞こえてきたのは。

 グロンド達は、驚き、声のする方へと視線を移す。

 すると、一人の男が立っていた。

 しかも、フードを深くかぶっており、顔が見えない。


「何者だ!?」


「待て。お前か。待ってたぞ」


「久しぶりだな」


 謎の男性を目にしたバルスコフは、警戒し、構える。

 だが、すぐさま、グロンドが制止させた。

 しかも、謎の男性に向かって、待っていたとまで言って。

 二人は、顔見知りのようだ。

 仲間なのだろうか。


「明日、俺達は、ここに突入する。入口からな」


「ほう?と言う事は……」


 謎の男性は、作戦内容を明かしたのだ。

 と言う事は、ルチア達の誰かが、グロンドとつながっており、裏切り者なのだろうか。

 グロンドは、謎の男性に尋ねる。


「後は、お前達の好きにしろ」


「わかった」


「話は、それだけだ。じゃあな」


 謎の男性は、そう言い残して、背を向けて去っていった。

 グロンドは、不敵な笑みを浮かべている。 

 まるで、良い情報が、手に入ったと喜んでいるかのようだ。


「奴は?」


「裏切り者だ」


 バルスコフは、謎の男性の正体を知らないらしい。

 グロンドに尋ねると、グロンドは、答える。

 「裏切り者だ」と。

 謎の男性は、誰なのだろうか。


「クククッ。楽しみになりそうだ。餌が来るぞ」


 グロンドは、不敵な笑みを浮かべて呟く。

 バルスコフも、「餌」が、誰なのか、察したようで、にやりと、笑みを浮かべた。



 何も知らないルチアは、クレイディアの家で、ベッドに潜り込んで、考え事をしていた。


――明日は、いよいよ、突入だ。でも、皆を巻き込まないようにしなきゃ。そうじゃないと……。


 ルチアは、覚悟を決めているようだ。

 誰も巻き込みたいくないのだろう。

 ふと、ルチアは、ある事を思い出す。

 それは、ルーニ島が、邪悪なオーラに覆われた結果に包まれ、閉じ込められた時、そして、ファイリ村に火の粉が降り注いだ時。

 どちらも、帝国と妖魔は、自分を狙ったり、自分がいた事で、仕掛けた事だ。

 つまり、ルチアは、自分のせいだと思い込んでいるのであろう。

 だからこそ、ルチアは、誰も巻き込みたくないと、思っているのだ。

 ルチアは、ぐっと、拳を握りしめた。

 


 翌朝、ルチアは、一人、家を出る。

 クロスとクロウも、ヴィクトル達もいない。 

 なぜなら、まだ、クロス達が、寝静まっている頃に、家を出たからだ。


――誰もいないね。


 ルチアは、あたりを見回す。

 クロス達の姿はない。

 実は、ルチアは、単身で、ファイリ火山に向かおうとしていたのだ。

 誰も巻き込みたくなくて……。


「よし」


 ルチアは、覚悟を決めて、村を出ようとする。

 その時であった。


「どこへ行くつもりなんだ?ルチア」


「え?」


 クロスの声が聞こえてくる。

 ルチアは、驚き、振り向くと、クロス、クロウ、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクが、ルチアの元へと歩み寄った。


「み、皆……」


 ルチアは、動揺を隠せなかった。

 まさか、クロス達に気付かれたとは、思いもよらずに。

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