21-3 キング・サイファー

 もう、このスペースコロニーに朝は来ない。

 やって来るのは夜。茜色を消し、帳を落とさなければならない。

 スペースコロニー616『シャングリ・ラ』の地面を犯す、肉の柱。うねり、くねり……そして、しなる。エイジが搭乗するコマンド・モーフに執拗に攻撃を行う。エイジは巨大な触手の攻撃をかわし、レーザーソードで肉柱を切り倒した。切られた肉柱は倒れ建造物をいくつも破壊するのであった。

 戦うエイジは機械的に敵の攻撃を対処する。どこにも感情はなく、淡々とこなしていく。疲れているはずの肉体とすり減った精神で戦っているはずなのだが、攻撃の精度は高い。的確に敵を射抜くのであった。


「なかなかやるね、流石は大量殺人鬼だ」

「ありがとう、余興はこれくらいにしろよ。さっさと出て来い、豚ヤロウ。俺にケツを掘られるのがそんなに嫌なのか?」


 急かすエイジ。早くしろと言われ、マリンソンは高笑いをした。やたら耳に着く、低い声。エイジの左頬がピクッと神経質に吊り上った。


「そこまで言うなら――仕方がないな、出てくるとしよう。君の前にね」


 自分以外、静止してしまったかのような静寂が訪れる。この間ののち、地面が激しく揺れ、エイジの前に形容しがたい巨獣が現れた。スペースコロニーの地面を割って出てきたのは巨大な軟体動物。体は無数の触手に構成されている。

 これがマリンソンらしい。

 ヒュドラは巨大な胴に九つの首を持つ大蛇なのだが、エイジの目の前にそびえるのは巨大なタコである。体の隅々まで粘液で湿っており、それがアスファルトを溶かしていた。その体表は淡いピンクとどす黒い管で編まれており、体から取りだされた人の臓物のようであった。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


 もとが人間だとは全く思えない、咆哮。常人ならば、人間の本能が破壊される様な形容しがたい金切り声。この形容しがたい啼き声を聞けば、目が見開き、喉から血が出るほど叫びを上げるはずだろう。気が違えるはずだ。

 だが、体長50メートルもの巨獣と相対する兵士は違った。彼の心はすでに壊れている。巨獣の呼び声を聞こうが、表情一つ変えない。


「デケータコだな。タコ焼きにする甲斐がありそうだ」


 それだけ言うと、エイジはブースターを噴かす。アスファルトを溶かす粘液を滴らせる、巨獣から伸びる粘っこい触手を避け、剣戟を見舞う。レーザーソードの刃は高温だ。ヒュドラの首を斬り、いちいち焼くという作業は必要ない。すでに切り口を焼かれているから触手は再生しない。もっとも、エイジが斬っているのは蛇の首ではなく、触手なのだが。

 攻撃する触手がなくなると、巨獣は吐瀉物をエイジめがけて吐き出してくる。朱の空にブチ撒かれた汚物は、強い酸。建物にかかると、たちまち湯気を立てて溶かしていった。

 コマンド・モーフも例外ではない。エイジが搭乗するコマンド・モーフは飛沫する酸を浴び、装甲が少しずつ凸凹していっている。シールドを張って致命傷には至っていないが、長期戦は避けたいところではある。

 敵は巨体、かなりの再生能力を誇っている。エイジは決定打に欠けていた。

 しかし、それでも巨獣に食らいついて行く。がむしゃらだ。永遠に夕日をたたえた場所で戦っているからか、時間の感覚は完全に狂っている。

 エイジは何としてもマリンソンを倒さなければならなかった。

 マリンソンのせいでマックとアランが犠牲になった。ジョンはマリンソンに騙され、エイジが殺す羽目に。スペースコロニー『シャングリ・ラ』に遊びに来て巻き込まれてしまったあの母娘の焼けた死骸。

 眼に焼き付いている死屍累々。それを払うべく、エイジはマリンソンを殺さなければならない。地球に帰った時のことを考えて。


「弾が尽きたか、やむを得ん」


 エネルギーが切れた荷電粒子銃を投げ捨てると、エイジは機関砲で巨獣を撃ち続ける。対人用の兵装だからか、有効ではない。急所を探るも、先ほどの戦闘で残弾はあまり残っていない。400発の弾薬はすぐに尽きてしまった。

 残された兵器はレーザーソードだけ。両腕に装備されている熱の剣で、強酸の鎧をまとう巨獣と戦わねばならない。


「包丁一本握りしめ、どこまでやれるか……さっぱりわからん。が、やるしかないか」


 エイジは覚悟を決め、猪突猛進しようとした時であった。


「お困りのようね。エイジさん」

「シャオイェンか。何か策はあるのか? 俺を助けてくれるのか?」

「そうね。あなたを助けなきゃ、このスペースコロニーから出られないもの。それにさっき、あなたがサイファーの正体を言ってくれたおかげで、ワクチンがちょうどできた所なのよ。それを今、あなたが戦っているキング・サイファーに試してもらってもいいかしら?」


 飛んできた酸弾を宙空に弧を描きながら、避けるエイジ。

 回避行動を終え、エイジはシャオイェンとの会話を再開するのであった。


「いい。それ、本当に利くんだよな?」

「作ったワクチン。今、投与したらバッチリ利いたわ。私の体の機構、リチャード・ファイマン症候群の症状をナノマシンで再現したところ、ものの5分で病気が良くなったわ。今、急いでワクチンを急造している最中よ」


 エイジは「5分?」とシャオイェンに尋ねる。

 このスペースコロニーにやって来てから、エイジの体内時計が狂っている。巨獣との戦闘開始から、かれこれ4時間経過している。しかし、エイジは10分ほどしか感じられていなかった。

 帳が落ちないせいか、エイジの感覚は狂っている。


「とにかく、そいつはいつ持って来てくれる?」

「今よ」


 シャオイェンがそう答えた時、一発のミサイルが巨獣に命中した。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」


 雷が天から撃たれた時のような轟音。けたたましい巨獣の絶叫のち、黒煙が巻き上がる。煙が晴れると、巨獣の体の半分が露わになった。パックリ空いた巨獣の臓腑。どろっとしたものがこぼれ落ちる。


「ミサイルに一本アンプルを入れただけだけど、効き目はどう?」


 巨獣の爆ぜた箇所が、石灰化が進みつつあった。凄まじい痛みを伴っているのだろう。先ほどから、聞くに堪えない咆哮が続いている。


「かなり効いているみたいだ」

「そう? なら良かった。それじゃあさっさと済ませて頂戴」


 二つ返事を返すとエイジは巨獣を討つべく、レーザーソードを抜いた。

 すべてを終わらせるべく、エイジは突貫す。

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