21.腫血肉淋

21-1 サイコパス

 オペラホールの客席に咲いた花。人間の体に挿された赤い花が、稲穂のように連なっていた。惨たらしく、壮観でもある光景が広がっている。けれども、エイジの顏はピクリとも変わらない。手にしている拳銃の空になったマガジンを交換し、マリンソンの眉間に照準を合わせている。

 普通は「やめろ」と根限り叫ぶか、もしくは、烈火の如く怒り襲って来るか。その二つをマリンソンは想像していたが、外れてしまった。エイジは冷徹であった。


「……イカくせぇな。あんた、一発かましたみたいだな? ズボンのお山が小さいから、全然わからなかった」ため息をつくとエイジは、「まるで、お前……アンドレイ・チカチーロみたいだなぁ。殺しをやって射精するなんてな」

「僕は芸術家だぞ。シリアルキラーと同じにしてほしくはないね」


 お前はわかっていない。と、でも言いたげな顔をするエイジ。今しがた、大量虐殺があったというのに、そぐわない反応だ。


「お前もジョンも全然、わかってない。いいや、シリアルキラーさ。戦争の英雄もそれだ。大げさな言い方をした人殺しでしかない。自分のことを前衛芸術家と言っているが、やっているとは殺人鬼と一緒。同じ穴のムジナだ。俺もお前も殺人鬼、卑しい人間同士、よろしくやろうじゃあないか」

「君は英雄だ。他の人殺しとは違う。別格だ」


 マリンソンは懐から派手な装飾のナイフを取りだした。ネパールのグルカ族御用達のククリ、にしてはかなり派手だ。ナイフの柄や刃が、宝石で彩られている。


「ナイフにしては派手な装飾だ。そいつは観賞用か? そんなもんは、何の意味を持たん。殺しの道具はシンプルなのがいい」

「君はそうだろう。だがね、僕は――僕には僕の流儀がある。信条がある。このナイフを使って、昔――恋人を殺めたん……だ!」


 ナイフの切っ先をそっと撫でると、マリンソンはエイジの前から消えた。

 突如始まる戦闘。

 エイジは半歩下がる。と、同時にマリンソンが踏み込んできた。エイジの眼前に立ち、頸動脈を切りつける。それをかわすと、マリンソンの下腹部で、目が焼きつくような閃光が二つ。けたたましい音とともに現れた。二発弾丸をマリンソンに見舞うが、全く堪えていない。血で濡らしたまま、狐のような顔をしてマリンソンはエイジに刃を繰り出し続けた。マリンソンの白々とした顔には逆三日月が二つ、両端の口角を鋭く尖らせ、笑いながら俊敏な攻撃を行う。脳天に弾丸を食らおうが、手足が千切れそうになろうが、マリンソンには関係ない。ひるんでも、すぐに襲いかかってくる。

 銃弾が利かない。弾の無駄なので、エイジもナイフを抜いた。支給されたサバイバルナイフ。マリンソンのククリと比べてシンプルで、リーチは短い。けれど、ナイフはそれしか持ちあわせていない。

 ナノマシンでマリンソンの身体能力は強化されている。また、撃たれたとしても異常な再生能力のため、全く効かない。

 徐々にエイジはマリンソンの攻撃のクセを学習していく。

 戦闘経験豊富なエイジは、マリンソンの実力を見抜く。ナノマシンで基本的な能力を上げているだけで、戦闘技術は長けていない。EFIAの工作員だから、一応訓練は積んでいる。それでも直線的な攻撃が多い。ただ速いだけの攻撃ならば、見切れる。

 エイジはマリンソンの攻撃をかいくぐり、頸動脈や腋窩動脈に刃を繰り出す。確実に抉り、マリンソンの血を抜いて行く。

 この攻撃は有効だった。

 マリンソンの血中に存在するナノマシンが減少したおかげで、再生能力と身体能力は少しずつ削がれていった。


「奇襲するなら、俺を一撃で仕留めるべきだったな」


 表情なく、エイジは言った。


「……そうだったね。さすがは不死身の舩坂だ」


 嬉しそうに、マリンソンは言った。

 肩で息をするマリンソン。紳士の出で立ちはそこにない、紺のスーツは赤黒く染まっていた。高級な布は破れかぶれになっており、見るも絶えない様相だ。紳士の姿はそこになく、首を垂れる敗者の姿があった。


「ならば――」


 懐から、先ほどエイジに見せたアンプルを取りだそうとするマリンソン。が、胸ポケットのどこにもない。なぜなら、アンプルはエイジの手の中にあった。


「そいつに頼るのは頂けないな。ヒュドラになってもらっちゃ困る」


 銃口を向けるエイジに、マリンソンはにんまりした。含みのある不敵な笑みだ。奥の手が、まだ隠されていることを知るエイジ。弾倉に残る弾をすべて放ち、マリンソンを即座に黙らせる。脳天を撃ちぬき、弾丸で心臓を潰した。マリンソンは仰向きに倒れ、ものを言わなくなった。

 これですべてが終わった訳ではない。エイジは直感していた。マリンソンが死んだ後、何かを仕掛けてくることを。


「死んだふりがうまいやつだな……もしくは影武者か――」


 エイジがごちた時、オペラホールに衝撃が走る。地面が揺れ、轟音と共に土煙が立ち上る。土煙が晴れ、現れたのはコマンド・モーフ『ナーガラージャ』。立膝を付いた白銀の騎士然とした人型機動兵器。胸には獅子の装飾があった。


「マリンソンは――いないな」


 あたりを見回すと、マリンソンはどこにもいない。体の急所を撃ちぬいたというのに、跡形もなく消えていた。


「やたら派手なコマンド・モーフだこと」


 ここでエイジに通信が。

 当然、通信はマリンソンからである。


「気に入ってくれたかい? そのコマンド・モーフはヘラクレスを模したものだ。君の戦闘データを統合し、最高のチューニングを施してある」


 どうやら、マリンソンは生きていたらしい。エイジのもとに通信が入った。

 この豪勢なコマンド・モーフに一瞥くれるエイジ。

 土煙が完全に晴れる。天井から差し込む夕日に、白銀の体は黄金色に染まっていた。胴の獅子は吠えている。口を開け、虚空を飲み込もうとしているのだろうか? しかし、エイジはそんなことなどどうでもよかった。


「興味ないな。俺は壊れかけたあのコマンド・モーフであんたを殺す」

「どうしてだ? これは最高の機体だ。弾薬もエネルギーも完全に補給されている」

「だとしてもだ。俺はアレがいい。強いて言うなら、胴のちっちゃいライオンが気に食わん。こんな装飾、何のタクティカルアドバンテージを生まない。ただの張りぼてでしかない。それに人型機動兵器は所詮、兵器だ。夢のスーパーロボットじゃあないんだよ。クソが。こんなもん、ただの殺し合いの道具でしかない」


 それだけ言うと、エイジは壊れかけたコマンド・モーフ『ガルーダ』の元へ駆ける。意味のないデコレーションされた武器で戦うのが、マリンソンの主義。エイジはそう解釈をしていた。だから、マリンソンは何が何でも自分をこのナーガラージャに乗せるべく、手管手練れを駆使するだろう。その前に、何としても美術館の外に駐機しているおんぼろコマンド・モーフの元へと急ぐ。

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