19-4 アランの献身

 作戦時間は30分だった。

 だが、その30分が過ぎ去る前に、人類を守るべく結成された共同戦線は、5万もの宙に浮かぶ軟体動物であるサイファーの大群に駆逐されそうだ。最初は50機ものコマンド・モーフが戦っていたが、もう、5機しか残っていない。

 それでも抗う。

 最後の最後まで5人のパイロットたちは、死力を尽くす。咆哮し、目を見開いて眼球を絶えず動かし、震わせた。食いしばる歯からは、ぎりぎりぎり……と、軋む音がした。その形相は、さながら鬼のようであった。5人の鬼たちは巨人の腹の中で、重く、そして――低く。地の底から聞こえそうな声を出していた。そう、呻いていた。


「クッソォ! このままじゃ……」


 シャングリ・ラ愚連隊のパイロットが弱気になった時だった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫。彼は敵に呑まれ、身じろぐことすらままならない。装甲を酸でドロドロに溶かされ、牙を突き立てられた。装甲を剥がれ、むき出しになるコクピット。拳銃で伸びる触手に抗うも、気休めにもならなかった。何本の伸びる触手に囚われて、牛引きにされる。引っ張られ、バラバラになった体をやつらはさもうまそうに食らう。飛沫した血の一滴も残さず舐める貪欲さを暗闇に惜しまず晒す。

 そんなサイファーだ。奴らが、地球に行ったらどうなるか? 言うまでもない。

 またしてもパイロットが、サイファーに食われた。

 さすがのエイジも、虎の子のナーガラージャも食われたパイロットのように組み伏せられてしまった。

 体を引裂かれ、食われるのも時間の問題だ。

 アランが駆るコマンド・モーフもまた、サイファーに取りつかれていた。コマンド・モーフの装甲を溶かされ、牙を突き立てられていた。

 地面を掘るような音がコクピットに響いている。

 とうとうエイジにも死神がやって来たらしい。コクピットを執拗にノックして、出るように促していた。


「……もう、ここまでか」


 エイジがそう言った時、バーンズの断末魔がコクピットに響いた。

 シャングリ・ラ市民防衛軍の、愚連隊を象徴するコマンド・モーフ『ナーガラージャ』がやられてしまった。


「俺達、こんなところにさ。本当に来なけりゃよかったって思ってる」

「そうだな、アラン」エイジは引き笑いをすると、「確かに、その通りだ」


 互いに息は荒い。コマンド・モーフが動かなくなり、死を待つだけだ。本当にどうしようもない状態だった。あれこれ考えるも、どうにもならない。


「ジュデッカまで、行けなかったな」


 エイジは目をつぶる。

 自分の側にアランの姿を想像した。頼もしい戦友と草原で寝そべっているという妄想。これから生きながら食われるという地獄の気休めに。


「……初めてだな、任務が失敗したのはさ」

「そうなのか? アラン……」

「そうなんだよ、エイジ」


 アランも、エイジと同じように草原に寝そべる妄想をしていた。自分の隣にはかけがえのない戦友であるエイジの姿を思い浮かべていた。

 それから、ふとアランは思うのであった。女を口説き、体を重ねた時よりも戦友と戦地での出来事を語り合っている方が心安らぐことに。そのことに気が付いた後、アランは顔をくしゃくしゃにした。

 もっと、語り合いたかったとアランは思った。頭の中で馬のように駆け廻る思い出の中で、目についたのは男たちの笑顔だった。

 皆笑い、死んで逝った。

 エイジのように生きている奴もそこにはいた。彼らと話ができなくなることは、途方もなく辛かった。それ以上に、死んで逝った連中に誓っていることを守れないことが、とてつもなく悔しかった。


「俺は幸運の男だ。だから、死んで逝った連中の分まで――生きるってさ、慰霊碑の前で誓った。けどな、守れそうにない」

「あぁ……」


 これがエイジとの最後のやりとりになる。

 そう思うと涙があふれてきた。その涙を拭うと、アランはコンソールを叩き始めた。

 まだだ。まだ、終わってはいない。

 いっしょに帰ろうと約束したけれども、それを破ることになる。だが、それでも良かった。エイジが生きてくれさえすれば……。


「だからさ、俺はお前に託す。みんながどう思って死んで逝ったかは知らない。けど、お前だけは絶対に、死なせは……しない!」


 エイジが「待てよ」という前に、アランはありったけ叫ぶ。

 アランの咆哮と共に、サイファーで埋め尽くされていたコマンド・モーフが起き上がった。出力リミッターを外したアランの機体は、へばりついているサイファーを気合い――いや、バリアモジュールの最大出力によって発生した衝撃波により、吹き飛ばした。

 侵食する肉脈の大地にたたずむのは真っ赤な鉄の巨人。

 ジェネレーターの高温で、装甲が真っ赤に焼き付いていた。サイファーの酸や爪でボロボロになった戦士は、そばに落ちていた冷凍爆弾を拾うと、それを持ってジュデッカに突貫した。冷凍爆弾という重たいものを担いでいながら、かなりのスピードで核融合炉に、まっしぐら。


「おい、アラン! 何やってる!? やめろ! お前……」


 エイジはアランが何をしようとしているのか察していた。


「まさか、おめぇ……ジェネレーターを最大出力にしちゃいないだろうな? そんなことしたら死ぬぞ!」


 コマンド・モーフ『ガルーダ』初期型には、奥の手と呼ばれるものが存在している。

 ジェネレーターの出力を最大に上げることにより、3分間だけ、凄まじい機体性能を得ることができる。しかし、3分後にはジェネレーターが暴走し、機体が爆散する。パイロットは無論、跡形もなくなる。この不具合で、何人ものパイロットが死んでいるが、企業によって巧妙に隠蔽されている。

 ジェネレーターには厳重なリミッターがかけられているのだが、アランはそのリミッターの解除方法を知っていた。

 エイジと同じ部隊になる前、爆散するのもいとわず、リミッターを外して仲間の危機を救った戦友がいる。彼が死ぬ前に、アランは教えてもらった。


「ありがとうよ、こんな俺を心配してくれてさ」


 エイジの心配する声はとてもありがたかった。

 涙が出るくらいに。


「でも――やんなくちゃならん。爆発の規模から、正味、お前が生きるかどうかわからん。けど、あんたは不死身の舩坂だ。だから、生きて帰ることを信じている」


 もう、エイジは何も言えなかった。やめろとも。

 なぜなら――。


「さよならだ、エイジ。一足先に、天国に行ってる」


 エイジが名前を呼ぶ前に、アランは肉で覆われた塔にぶつかる。それと同時に、通信がぶつっと切れた。それから爆発する音がした。

 コマンド・モーフの爆発のち、冷凍爆弾の信管が作動した。


「アラァァァアアアアンンンン!!!!!」


 閃光のち、大きな氷の花が咲く。

 大きな花の弁が開く時、凄まじい氷嵐が押し寄せてきた。それに呑まれたエイジは、凄まじい衝撃のち、気を失ってしまった。

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