17.アサシネイション

17-1 まどろむゆりかごの中で

 スペースコロニー616『シャングリ・ラ』は、終わらない逢魔が刻にまどろんでいた。

 胎児の夢のように、ここでは、人間の歴史が繰り返されている。そう、宇宙に浮かぶ大きなゆりかごの中で繰り返されるのは、戦争の――人間の残酷の歴史だ。いかに、人間が苛烈極まる生存競争を生き抜いてきたのかを証明するものであった。

 人類の英知が発達し、楽園と言われていた場所を築いても、人は闘争本能を捨てられずにいるのだと。

 その場所はやはり、屍肉にまみれていた。

 ここは人間の本性を映す大鏡となっている。地球の過酷な環境生きるべく、磨かれた人間の狡猾たらしめる能力が、きれいに映し出されていた。


「さっさとペローの暗殺をしないといかんな」


 この地獄に身をやつす男たち、エイジとアランは闇の中で成すべきことを見出した。

 廃ビルの6階にて、2人の男は立ち上がる。


「アラン、人間爆弾の爆発を機に――シャングリ・ラ市民防衛軍とEFF第66歩兵大隊の最終決戦が、開始されるはずだとそう言ったな?」

「確定した情報ではないがな、エイジ。俺の推測も混じってる。けど、話を聞いていて、お前もわかるだろ? これは非常にまずいって。ペローはサイファーを凍結封印したコルロを用いた核融合炉を起動し、コロニーに付けられているブースターを点火させて地球へ向かおうとしているんだからさ」


 息を吐いた後、左肩を回すエイジ。

 廃ビルの高い所から、陽が出ているところを見る。朝日なのか、夕日なのか、さっぱりわからない。体の感覚がおかしいせいか、酷い倦怠感に苛まれている。肉体的にも精神的にも疲弊している。休みたいところではあるが、そういう訳にはいかない。


「あいつらが、コキュートスのことを知っていないと思われる。ただの発電所だと思ってんだろうな。総力戦をしようということはそういうことだ」


 エイジとアランは互いの顔を見合わせる。

 ともに引きつっており、目はギラギラしていた。気持ちの悪い笑みを交し合った後、2人は話を再開する。


「地球にサイファーという災厄がもたらされるうえ、決戦でコキュートスが解放されたら……たまったもんじゃない。本当の意味で、このスペースコロニーが地獄になってしまう。それは避けなくてはならない」


 2人は誰の許可もなく、勝手にシャングリ・ラ市民防衛軍のリーダーを暗殺しようとしている。えらい人の許可を待ってはいられない、得る間もない。もっと言えば、許可する人は誰もいない。エイジとアランの意志で、ペローを暗殺するのだ。

 アランはスペースコロニーの人間である。地球がどうなろうが関係ないが、地球を経由してサイファーが自分の故郷に入ってくるかもしれない。そう考えたら、ぞっとしない。ここで始末しなければと使命感に駆られている。

 エイジは言うまでもない。地球の日本にある呉で農業をやっている両親や兄弟、地元の友人たちの為に、ペローを仕留めるつもりだ。


「一応、向こうに伝えてからだな」

「だな、誰しもチャンスは与えるべきだ」


 すぐに殺したいところではあったが、人間という生き物は悔い改めることができる。罪を自覚し、反省をすることで自分を変えることができるのだ。だからこそ、猶予は与えるべきだと2人は考えていた。

 正直に言ってやりたくない。ペローを憎んでいる訳ではないのだ。ただ、彼がしようとしていることが許容できないだけだ。たったそれだけだ。

 恋人の為に一心不乱にがんばっているせいか、ペローは自覚していない。地球に行くことで、人類をサイファーという災禍に晒そうとしていることを。

 だから、殺して止めなければいけない。


「ペローと話をした感触的にさ。望み薄だ。一本気のバカだからな」

「そうか……」うなだれるアラン。「でも、悔い改めてくれる可能性はあると信じたい」


 言いたいことはあったが、エイジは口をつぐむ。

 ペローの一本気は、自分の恋人を救わなければという思いから来ている。大切な人の為、一生懸命になっているのだ。マリンソンという悪魔に騙されているとはいえ、地球に行けば救われると信じている。その気持ちは大いにわかるが、ペローがやろうとしていることは間違えている。そう、2人は思っている。


「とにかく、だ。アラン、場所はわかっているか?」

「大丈夫だ。入り込む方法もあらかたわかっている」


 シャングリ・ラ市民防衛軍のアジトに入り込む方法をアランは知っていると言った。


「で、どうするんだ?」


 エイジはニヤつく。


「お前がEFFの難民キャンプに入り込んだように、俺らも市民に化けるってのは?」

「悪くない考えだ。どこだって聞かれても旅行者で通せばいいか……」


 エイジはこんなことを思い出した。

 思い出し、沈痛するエイジ。なぜなら、焼夷弾で焼かれた人から得た情報だから。焼け死に、髑髏を晒し、死に際の壮絶さを極めた顔を思い出した。そのせいで、元の顔は思い出すことができない。


「あ~そうだ。そういえば、ペローとは会えないかもしれんな」

「というと?」

「聞いた話じゃあさぁ」エイジは息を吐いた。「いっぺん、暗殺されそうになったんだと。それで人前に出るのは極力避けているそうだ。コマンド・モーフの方も人にいじらせていないようだ。まぁ、ナーガラージャは特殊な機体だからあいつ以外に触りようがないんだろう」


 付け入る隙はどこにあるのか?

 2人はそれを探しに行く。


「ともあれ、行く前にメールを一本入れておこう。お前らのやっていることはよろしくないってな」

「そうだな。そうするとしよう」


 ――と、行きたいところであるが、エイジたちは肝心なことを忘れていた。


「あぁ、そういえば……アラン、今まですっかり忘れちまっていたが、お前――シャングリ・ラ市民防衛軍に捕まっていたよなぁ。面が割れているよな?」


 きょとんとした後、アランは笑う。

 とても眩しい、満面の笑みであった。


「俺にいい考えがある」

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