16.ラフティング・デビル

16-1 仕事の話

 廃墟にて、エイジとアランは火を囲む。

 互いに暗い顔を突き合わせる。葬式に行った後のような空気が二人の間に漂っており、お互いに話しかけ辛かった。


「アラン、仕事の話だ。お前はどこまでサイファーの話を知っている?」


 しかし、それでも話さなければならない。

 エイジとアランには果たさなければならない使命があった。それを果たすため、途切れ途切れ、会話をしている。


「経口感染し、感染者は全身の倦怠感と高熱に苛まれる。3日ほどで、脳に感染したら凶暴化だ。それから一部が増殖され、デッカいタコになる」

「それで?」

「サイファーは、人間の癌組織に酷似した生物だ。コルロの中に寄生しており、酸素でメッチャ増殖する。ただし、空気での感染はしない。血液からもだ。胃から取り込むことによって感染する。サイファーは胃酸に反応するんだったかな?」


 炎が照らす、エイジの傷だらけの横顔。頬の肉が緩み切っており、目にはクマができていた。相当、参っているようだ。

 エイジはやむを得ず、殺したジョンについて考えていた。

 資材倉庫に行った時から、ジョンの様子がおかしかった。殺した後に通信記録を見てみると――やはりといったところか。アランが密かに調査したところ、マリンソンと交信していたことが判明。ジョンは唆されていた。

 どうも、コンウェイ大佐が助けを求めていると言われたらしい。憧れの人を助けるために、ジョンはマリンソンの言うことを聞いた。エイジたちが乗って来たコマンド・モーフを自爆させたのだ。

 あそこで引き返していれば、マックは死なずに済んだ。ジョンを殺さなければならなくなってしまった。


「裏切り者が誰に唆されていたかだ。アラン、誰だと思う?」


 アランは肩をすくめ、「さぁな」と、答えた。


「マリンソン・グレイスという男だ。ご丁寧に名乗ってくれたよ。知っているか?」

「しらねぇなぁ? EFIAかね」

「かもしれんな。このやりようを見たら、そんな気がするよ」


 再び二人は黙り込む。

 外は重苦しい夕闇の世界が広がっている。夜に染まり切っていない中途半端な世界。時間が完全に止まっているような錯覚に陥らせた。永遠の黄昏時の魔力に、体内時計を狂わされる。今ほど時計の針が、役に立たないことはない。

 数時間前までは、難民キャンプに使っていたビル。ここにはレーザー砲が設置されている。サイファーの感染者を感知したら、即座にレーザー砲でサイファーの感染者を焼き殺すものだ。だから、ここはサイファーの感染者に対する守りは鉄壁である。しかし、普通の人間には何も反応しない。EFFか、民兵がやってきたら対処しなければならない。


「エイジ。サイファーにかかっちまったら、何を体に打てばいい?」

「ナノマシン抑制剤だろ?」

「正解だ。正解だが――薬が完全に効くわけじゃあない。ただ、薬はあくまで細胞増殖の進行を遅らせるだけだ。7日で脳炎を発症するところを、3か月に引き延ばす。サイファーは脳炎を患っちまうと、どうにもならなくなっちまう。完全に治療不可となるし、患者が獣のようになっちまうからだ」

「そうなった場合はどうすればいい?」

「サイファーの細胞核を破壊する必要がある」


 今度はアランから、話を振った。

 互いに沈黙を嫌った。黙っていたら自責の念に駆られてしまう。どうしてあの時、助けられなかったのだと。

 落ち込んでいる時ほど、悪いことが降って来るものだ。

 それを避けるべく、2人の前にあるたき火と同じように話を絶やさないようにしている。


「そうだ。アラン、サイファーと呼ばれるものは何なんだ?」

「隕石に付着しているバクテリアのような細胞というか、生物で、宇宙空間でも生きられる。細胞核を破壊したら、宿主の生命活動が停止する。ついでにサイファーの方も」


 細胞核と聞いて、エイジが思い浮かべたのは、化け物になってしまったエリー。彼女を殺す瞬間だった。その側には、食われたマックの死骸があり――光のないマックの目を思い出すと、エイジは頭を振ってその光景を振り払う。


「そういえばさぁ……これからEFFは何をしようと思っている?」


 途方もない質問だ。

 アランにこんなことを尋ねた。


「シャングリ・ラ市民防衛軍を始末する、だろ?」


 これにはっきり答えるアラン。

 それからアランは続けた。どうやってEFFがシャングリ・ラ市民防衛軍を倒そうとしているのかを。


「エイジ、サイファーの感染者の末期症状の患者はヤバいもんな」

「かなりやばい。噛まれてゾンビにならないだけましだが、あいつらの俊敏性やら、力はすごいものだ。難民キャンプ――ここにいた時、あいつらが人間の腕を引きちぎる映像を見せてもらった」

「そうだな、ヤバいよな」アランは目をつぶった後、こう言った。「一斉にそうなってしまうと、マジでヤバいよな。ゾンビ映画がマジになっちまってるんだもん。サイファー・ゾンビが人間をたっくさん殺しにかかるだろう。薬で緩和させられるが、それは一時的なものだろうな」


 アランは深いため息をついた。

 エイジはアランの疲労で緩みきった表情をじっと見つめていた。


「そろそろ、末期症状の感染者が出てくる。それもうんとね。ここに来る道中で拾った市民軍のデータを見てみると、ちらほら末期感染者が出てきているようだしな。道中、よく出くわしたしなぁ。お前もだろ?」


 なにかEFFの方でやろうとしている。アランの話からそれをエイジは感じ取った。

 ヘラヘラしながらでないと話せない。最近、話題になっている映画のネタバレをしているような感覚だ。妙で仕方がない。


「人間爆弾って知っているか?」

「なんだそれ?」


 笑うエイジ。人間爆弾、現実感が損なわれた言葉だと思った。

 やはり、アランは映画の話をしているのだなと、疲れ切ったエイジは片方の口角を釣り上げるのであった。


「そのままの意味さ。言葉通り、人間を爆弾にする作戦をEFFがやるんだとか。それでサイファーの感染者を減らすみたいだな」


 EFF第66歩兵大隊の連中は、初期感染者の体内に爆弾を仕込み、シャングリ・ラ市民防衛軍の救護施設にいる感染者を減らすという非人道的な作戦を行おうとしているのだと、アランは語るのであった。

 それを聞いても、どこ吹く風のエイジ。ずっと、映画の話を聞かされているのだなと勘違いをしているようだった。


「……さっきから笑っているけどさ。冗談じゃあねぇんだぞ、エイジ」


 エイジの薄ら笑いが凍りつく。

 それからだ。このスペースコロニーのいたるところで火の手が上がったのは――。

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