15-3 ジョン・ウィラード

 攻撃が止み、エイジは外に出る。地下鉄から這い出ると、そこは焦土と化していた。何もかもが焼き尽くされている。

 車列に――みんながいた場所へと戻るエイジ。焼夷弾に焼かれたのは、紛争に巻き込まれた市民。ただの市民だ。武装していない。なのになんで、こんな死に方をしなければならない。強くエイジは思った。

 彩音が、つばめが、何をしたというのだろう? 

 何もしていない。なのにどうして、こんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。惨い死に方をしなければならない。

 周囲は火の海と化していた。

 それでも、エイジは砲火後の――地獄のような惨状を歩いて進む。涙は流れない、感情が擦り切れ、体に大きな穴でも開いたような感覚に浸っている。だからか、歩くその表情は虚ろ。EFFのトラックの中をちらりと見ても、何も感じられなかった。ただ、ものを見ているだけ。まるでロボットにでもなったような感覚に、体が支配されていた。

 輸送トラックを運転していたであろう、運転手。仰向けに倒れていた。顔は黒く焼け焦げており、「助けようとしただけなのに……」とつぶやいた後、こときれた。

 エイジは歩く。あてもなく、さすらう。

 そうして、不幸か。

 つばめを守る彩音のところへ行き、エイジは二人の亡骸を目にする。あの可愛らしい笑顔を見せてくれたつばめは焼け焦げている。母親である彩音も同様に。剥き出しになった骨と、炎の熱で溶けた肉が体にこびりついて、滴っていた。赤く焦げ、体は干物のようになっている。火にあぶられ、2人の髪は焼け落ちてしまった。丸くなった髑髏が二つ。大きいものと、小さいもの。寄り添い、抱き合い――エイジはたまらなくなった。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!! うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!! ぬあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 感情が津波のように押し寄せてきた。

 絶叫し、ひざを折るエイジ。何度も何度も路面に拳を打ちつけた。それから、のけぞり大きく両手を広げた。耐えがたい苦しみと悲しみを精一杯全身で表現する。この理不尽を与えたもうた神に抗議をしていた。

 どれくらい経ったかは、わからない。とてつもなく永い時間だった。

 エイジは立ち、彩音とつばめの亡骸から離れる。

 ねじ切れそうな腹の中、死にたくなるような頭痛を感じながらも、エイジは焦土の中を歩く。ゆらり、ゆらりと――燃える音もなにも聞こえない。ただ鉛のように重たい体を、揺らしながら、無音の世界を往く。

 そして、ジョンとアランと再会した。


「……エイジ」


 アランの呻くような声。

 澄ました顔のジョン、一発でエイジは理解した。どうしてこうなったのかを、彩音とつばめが焼夷弾で焼き殺された理由を。市民が殺されなければならない、市民を助けようとしていたEFFの兵士たちが死んだ理由を知ってしまった。


「お前らがやったんだな?」


 底冷えするような、声だった。

 ジョンは言った。


「自業自得だよ。コンウェイ大佐の部下だというのに、市民を大勢嬲り殺した」


 エイジは両の拳を握りしめ、震わせる。目の奥には途方もない悲しみと、身を焦がすような苦悶が、静かな憤怒があった。

 クソ野郎の顔を見ることなく、エイジは言った。


「あいつらは、助けようとしただけなのに……それなのにお前らは――」


 お前らは市民をぶっ殺したのだと、暗に伝える。


「何?」


 意は伝わった。

 ジョンは顔をしかめた後、エイジの横をすり抜ける。横倒しになっている輸送トラックの荷台を見て、立ち尽くしていた。キノコのように連なる、市民たちの焼死体。髑髏を晒し、干からびたようになっていた。皆、ムンクの叫びという絵のようになっている。酷いやつは完全に真っ黒に、炭に変わり果てていた。

 うつむいたまま、停止しているエイジ。

 アランは顔をくしゃくしゃにした後、エイジに拳銃を渡した。


「……気に病むなよ、アラン。お前は悪くない。悪いのは全部あいつだ。あいつが全部悪いんだ……ケリをつけて来るよ」


 エイジはアランに笑顔を見せる。屈託のない、透き通るような笑顔だった。菩薩を彷彿させるような、柔らかな笑み。

アランは申し訳なくって仕方がなかった。ナノマシンの感情調整機能を以てしても、この後悔はフィルタリングできなかった。男の涙と沈痛する表情は痛々しい。この痛みは、エイジにもわかっている。

 それは、引き金を引く痛みだ。

 いつもエイジが感じているもの。感じ過ぎて、今は麻痺してしまったが。昔は人を撃つたび、心が痛んだのだが、今はもうそんなことなど忘れている。敵を視認したら機械のように殺せるようになってしまった。

 アランから受け取った拳銃一丁、ぶら下げ、ジョンの元へ行くエイジ。

 茫然と自分の罪に直面しているジョン。エイジは立ちつくす男の背中に忍び寄り、銃口を急所に向け、引き金を引いた。

 パァーン!

 甲高い音が昼と夜の境界線に響き渡るのであった。


「さようならだ。ジョン・ウィラード」


 エイジは背を向けた。

 その背中では、ジョンが仰向けに倒れ、血のあぶくに溺れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます