15-2 焼滅

 ジョンが取り返しのつかない過ちを犯す前のことだ。

 エイジは輸送トラックの荷台でゆられていた。荷台には様々な人がいる。老若男女、人種問わず。ここにいる理由は様々で、観光に来てサイファーのパンデミックに巻き込まれた人や、元々このスペースコロニーで生まれ育った人もいた。

 そんな彼ら・彼女らは、意せず暴動や戦闘に巻き込まれてしまったという共通点がある。

 エイジはそんな人たちに紛れている。元EFF特殊部隊員のトニー・オジマという偽名を使って。ちなみに、トニー・オジマがスペースコロニー616『シャングリ・ラ』にやって来た理由は、退役後のバカンス。バカンスの最中にパンデミック騒動に巻き込まれ、生き延びてきた――というウソをついていた。


「これで本当に帰れるのかね? だといいんだがなぁ……どうなのかね?」


 ごちるエイジ。

 疲れているのだろう、エイジの目蓋は重い。


「あの……オジマさん、どうかされましたか?」


 隣に座る女性が、日本語でエイジに声をかけてきた。ちなみに、彼女の膝の上には小さな女の子が乗っている。乗り心地は悪いからか、女の子は不安そうな表情をしていた。


「あぁ、いや――」エイジは口角を上げると、「なんでもないです。ただ、ちょっと乗り心地が悪いんで。胸の辺りが変な感じがしていて」

「確かにそうですよね。私も不安で……この子もそうみたい」


 膝の上の少女の不安を取り除きたいところであるが、エイジの顔は怖すぎて逆に不安を与えてしまう。ならば、ということでこっそりEFFの兵士からくすねたチョコレートを取り出し、女の子に渡した。


「たべねぇ、ほら」


 少女はエイジの笑顔を見た後、「ありがとう」と言ってチョコレートを受け取った。

 甘いチョコレートを食べ、少女の緊張は少し和らいだみたいだ。少し顔がほころぶ。とてもかわいらしい。


「うまいか?」

「うん……ありがとう、おじちゃん」


 少女は母親に顔を向ける。二人の笑顔は、エイジのすさんだ心を少しばかり癒した。

 自分にも家族がいたらなぁとエイジは思うのであった。父親と母親の顔を思い浮かべ、実家に帰った時に何の話をしようかなと考えるのであった。

 エイジの両親は結婚しろとうるさいうえ、本人の承諾もなく見合い話を見つけてくる。

 それでか、両親が基地に送ってくるものは見合い相手の顔写真ばかり。うんざりしているが、過酷な状況に身を置いているからだろう。普段は鬱陶しいこと、この上ない。しかし、今はとても愛おしく感じられた。

 この仕事が終わったら、結婚相手を見つけてもらって実家を継ごうと考えるのであった。

 もう戦って苦しむのはこりごりだとエイジは思っている。ゆっくり、殺される心配のない所でのんびりしたい。こんな場所にいるから、余計にその想いは強くなる。


「あの~オジマさん、ありがとうございます」

「いえ、お気になさらず」


 笑顔のエイジ。日本の女性はたいがいエイジの傷だらけの顔を見たら、顔を真っ青にしてドン引きする。だが、隣の女性はそうではなかった。ここに来て死体ばかり見てきたからか、全然動じていないようだ。


「しかし、あなたは――いや、あなたたちは私の顔を見ても驚いたりはしないんですね。日本に、父の実家に行った時のことです。街を歩くたび、女性は皆、私の顔を見て青ざめるのですけど……」

「あの、ここに来てからいろいろ見てきたので。オジマさんの顔を見ても何とも思わなくなってしまったというか」


 エイジは適当に相槌を打った後、こんなことを聞いてみた。


「そういえば、あなた――こちらにご家族と?」

「家族といえば家族ですね。この子と2人で来ました」


 エイジが旦那さんはと聞こうか迷っている時、女性は語った。


「主人が浮気をしていまして、別れて――慰謝料でここに来ました。いわゆる、気分転換というやつですね。そうしたら、こんなことになってしまいました。生きているのか、死んでいるのか分らないような状態で……この子を生かすことだけを考えて、必死に生きていました」


 エイジは黙って頷いた。

 女性とエイジは見つめ合う。何も言わずに、苦労を分かち合う。なんだかいい雰囲気だ。子供がいなかったらキスでもしそうな感じ。トラックは荒廃した市街地を走っているのだが、そんな場所にはそぐわない空気であった。


「その――よかったらですけど、これを」


 女性は紙片とボールペンを取り出し、そこに名前と連絡先を描き出す。

 それを受け取り、まじまじと見た後、エイジは胸ポケットにしまう。


「えぇっと梶原彩音さんでいいんですかね?」

「はい、そうです。彩音です」彩音と名乗った女性は膝の上の娘に目をやると、「この子はつばめです」

「つばめ。よろしくね、おじちゃん」と、彩音の膝の上の女の子。

「あ、あぁ、よろしくな」


 まさか、こんなことがあるとは思いもしなかった。

 女性から連絡先を教えてくれることが。今まで生きてきて、女性の方から連絡先を教えてくれることなどなかった。初めてであった。ここでエイジは自分が特殊部隊員であることを感謝した。感情を表に出さない訓練が非常に役に立っているなと実感した。


「ありがとうございます、帰ったら――連絡します」


 なるたけ努めて、エイジは控えめに礼を述べた。

 本当は飛び上がりたいくらいだ。それをしないのは、ここが戦場だからだ。


「はい、お願いします」


 女性――いや、彩音がエイジに笑顔を向けた時、爆音が轟いた。


「きゃ!?」


 車が急に加速し、エイジはとっさに二人を抱く。直後、トラックに急ブレーキがかかる。荷台にいる人たちは、激しく揺られる。洗濯機の中のような状態だ。重力で人が浮いてもみくちゃに。そして、車は横転した。

 どうやら車列は待ち伏せにあったらしい。激しい銃声と焼夷弾が投下される音がエイジの耳を苛んだ。


「クソッ! 彩音さん、つばめちゃん!?」


 あたりを見回すエイジ。2人ともどこにもいない。

 自分の体が大丈夫なことを確かめると、嫌な臭いが鼻についた。すぐにハンカチを取り出し口元を抑えると、外へ。


「わっ! やっべぇ!? 白燐弾かよ! マジかよ!?」


 敵は焼夷弾を使ってこちらを攻撃していた。どこかに逃げ込む場所はないか、エイジは見回す。

 逃げ込む場所を見つけた時、エイジは彩音とつばめを見つけた。

 娘を抱きかかえ、煙の中、必死に走る女性の姿を。


「彩音さーん、つばめちゃーん! そっちじゃない。そっちは――」


 エイジがそっちに行くなと言った時、彩音とつばめの近くに焼夷弾が着弾した。

 白い炎に巻かれ母娘はその場にうずくまる。女と子供の擦り切れる声が、エイジの耳をつんざいだ。


「クッソォ!!!!!!!!」


 エイジは叫びを上げながら、地下鉄に逃げ込む。

 砲火が止むまでそこにいた。暗がりの中で轟音と銃声、阿鼻叫喚を耳にしながら、ついさっき自分に柔和な表情を向けてくれた彩音とつばめの顔を思い浮かべながら。悔しい思いをかみ殺すのであった。

 またしても、エイジは何もできなかった。

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