15.狂妄を焦がす火の雨

15-1 悪を滅ぼせ

 そこは広場だった。

 広場に引かれているのは、昼と夜の境界線。左側は夕日が差し込み、右側は夜の帳が落ちている。ちょうど真ん中で、白と黒がはっきりと別れている。まるで、抽象的な絵画のような場所になっていた。ここで写真を撮れば映えるだろう。

 ビルのカフェテリアから、必死な顔をしてそこを窺う男が二人。

 ジョンとアランである。

 2人のなりは、ここにやって来てからの格好は特に変わっていない。エイジと違って強化外骨格を酷使した訳ではない。強いて言うなら、二人の顔が外に晒されているくらいか。どうやら二人とも、激しい戦闘でヘルメットを失ったらしい。

 エイジがペローとの一騎討ちを終え、EFFに拾われる前のことだ。

 アランはマックと一緒にシャングリ・ラ市民防衛軍に囚われていたが、自力で脱出した。

 とある人物から情報を得て、アランの救出にやって来たのが、ジョン。

 逃げている最中のアランとジョンは合流し、3日間もスペースコロニー616『シャングリ・ラ』の中で戦い続けている。EFF第66歩兵大隊やシャングリ・ラ市民防衛軍の兵士たち。そして、サイファーの感染者たちと死闘を繰り広げた。

 2人は寝る暇を惜しみ、殺し合いに興じている。

 狂っていないのは、忙しいからか、それともナノマシンによる恩恵からか。

 いずれにせよ――今、2人はEFF第66歩兵大隊の砲火に晒されている。広場左側、夕日が差し込んでいる方からの攻撃を受け、夜の方に押し込まれていた。

 カフェテリアを見上げる兵士たちは現在、2人を必死に探している。ジョンとアランが彼らに捉えられるのも時間の問題である。なにせ2人の男を、40人の訓練された兵士が追いかけている状態だから。


「本当にやるのか?」


 アランはそばにある迫撃砲に目をくれ、険しい顔で言った。

 唇を固く結ぶジョンは頷くと、


「やるしかない。後ろの憂いは断った。あとは前だけだ。突き上げてくる連中を何とかせんといかん」


 迫撃砲で一掃すべきだと答えた。

 ジョンの言う通りであると、アランも大方思っている。EFFの兵士たちに見つかったら確実に始末される。2人を始末すべく、カフェテリアに銃撃を行うだろう。そうはなりたくない。迫撃砲で一掃しなければならない。そうしなければ、死に――コンウェイ大佐がここで何をしようとしていたのか闇の中に葬り去られる。

 悩む時間はほとんど存在しない。ジョンはすぐさま迫撃砲に飛びつくと、操作を始める。アランはやむなく、筒にカメラを込める。


「撃てるか!?」

「いつでも行ける! カメラを飛ばせ」


 カメラを飛ばした後、焼夷弾を込める。


「どんどんやってくれよ! アラン」

「まかせろ」


 コンソールでカメラの映像を見た後、ジョンは長い蛇――EFFの車列を視認した。

 敵の増援だと――思った。


「……よし、連中が来たみたいだな。あれが第66歩兵大隊の病巣だな。これがうまく行けば――コンウェイ大佐は喜んでくれるはずだ」


 筒から放たれた弾頭は地面に落ち、死をまき散らす。次々、放たれる焼夷弾。アランは忙しなく装填し続ける。

 燃え上がる白い悪魔は、闇の中で映えた。煙と白い光を巻いて人の体に纏わりつき、体を犯す。皮を焦がして、肺臓を炙った。何人もの兵士が餌食になり、絶叫と燃え盛る炎が夜を振り払った。


「行け! 行け! みんな燃えちまえ! 市民を殺すのがテメーらをぶっ殺してやる。市民を助けろというコンウェイ大佐の意志を無視して民衆をぶっ殺す連中なんぞ、皆殺しにしてやる!」


 笑顔で怒鳴り散らかす、ジョン。

 車列に白燐弾が直撃する。そこにエイジがいることなど知らず、ジョンとアランは白燐弾を“悪いやつら”に浴びせまくるのであった。

 英雄に、ヒーローになりたい男――ジョン。

 第66歩兵大隊の悪いやつら、民衆を殺す兵士たちを全員殺すことで、自分は英雄になれると信じ切っていた。だから、ジョンはいとわなかった。悪いやつらを殺せば、悪いやつを1人でも減らすことができれば、世界が平和になると思っているからこその行動である。

 しかし、ジョンは気付いていなかった。

 善悪は、世界は単純な引き算だけでできてはいないことを。


「燃やせ! もやせぇ! 悪を滅ぼせ!」


 次々、装填されEFFの車列に撃ち込まれる焼夷弾。

 空気を破るような人の絶叫、苦しむ声がやたら耳に着く。けれども悪人の悲鳴だと思っているジョンは構うことはない。敵は民衆を殺すクソ野郎で、死んで良い人間だとジョンは思っている。自分で裁かなければならないと思っているからこそ、だんだん虐殺がヒートアップする。

 コマンド・モーフが上から4機現れた。

 すぐにジョンはそばにあった対コマンド・モーフ歩兵携帯携行ミサイルで、全部撃ち落とす。

 子供の頃に見た映画。一人の男が無双して、無茶苦茶しまくる映画だ。その主人公になったかのような高揚感をジョンは得ていた。とてもいい気分だった。焼夷弾を飛ばす度、口の端が悪魔のように尖っていた。

 そして、何もかもを焼き尽くした。


「……終わったか?」

「ジョン、終わったよ」

「そうか。なら、行こう。まっすぐ行って市庁舎に行かないとな。そこに、コンウェイ大佐がいるはずだ」

「あっ、あぁ……」アランは何とも言えない顔をした。「そうだな、行こうか」


 焼夷弾を撃ち込んだ場所は、それはもう――形容しがたい地獄が広がっている。

 正義を行使し、晴れた表情をしているジョン。虐殺を手伝ってしまったという罪悪感を持つアラン。

 二人は焦土に足を踏み入れる。迫撃砲のあるカフェテリアから、広場へとジップラインを使って降り立った。

 夕日が差し込んでいる側を2人は歩く。

 破壊された車は元より、兵士の呻きが生々しい。無くなってしまった四肢を求める者や、攻撃のすさまじさのあまり我を忘れて棒立ちする者。幼児退行を起し、自分の母親を探す者。焼夷弾に体を焼かれ、呻く者。

 モクモクと立ち上る煙から現れる異形の者たち。

 気に留めることなくジョンは前に進む。アランはというと心を無にして、前に進む。

 この場所から去ろうとした時――二人の前に立ちはだかったのが、


「……エイジ」


 エイジだった。アランは驚いた。

 アランに死んだと思われていた男は、抑揚のない声でジョンを問い質す。


「お前らがやったんだな?」

「自業自得だよ。コンウェイ大佐の部下だというのに、市民を大勢嬲り殺した」


 エイジは両の拳を握りしめ、震わせる。目の奥には途方もない悲しみと、苦悶が、静かな憤怒があった。

 そして、ジョンにこう告げた。


「あいつらは、助けようとしただけなのに……それなのにお前らは――」


 苦悶するエイジの表情を見たジョンは目の色を変えた。

 その言葉の意味を知ったのだ。


「何?」


 何かに急かされ、ジョンはエイジの側を通り過ぎる。

 そこには横転したトラックがあった。人員輸送用のトラックだ。ジョンが意を決し、中を覗いて見ると――そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 そして、ジョンは自覚する。

 自分が何をしでかしてしまったのかを。

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