14-4 忍び寄る悪夢

 シャオイェンとの邂逅から丸3日。

 あの地獄のような戦場が近くにあるとは思えないほど、穏やかだった。

 エイジは何をするでもなく、ただぼんやりと平和を享受していた。来て最初の頃は情報収集に励んでいたが、死地を歩いて得た情報以上の情報は得られなかった。テレビ局で得たものが、すべて。キャンプに集められた人たちの口から、それ以上の情報は得られなかった。

 テレビ局で得た以上の情報は、ここでは得られない。得られるとしたら――EFFの情報が統括されている場所。EFF第66歩兵大隊の基地だろう。しかし、エイジはそこへ行く気力も戦力もない。このまま難民に紛れて艦隊に帰るつもりだ。

 ここでやることは特にない。

 暇で、娯楽と呼べるものは全くない。それでもキャンプの子供たちは、石ころを蹴って何やら新しい遊びをしているようだった。こんな時でも、こんな場所でも子供たちは遊ぶことを忘れないらしい。

 終わらない夕日が差し込む倉庫の中で遊ぶ子供たち。その横をすり抜け、エイジはシャオイェンのガレージに向かう。

 ふと、エイジは左腕を動かして調子を確認した。マックのウェアラブルデバイスが埋め込まれた左腕は、シャオイェンの改造を受けてから調子がいい。

 一見、ただの義手。何も変わっていないように見えているが、スイッチを入れれば立体映像が展開されるようになった。空中に表示されたアイコンやディスプレイを指で選択して操作できるようになった代わりに、ネットワーク回線につなぐことは出来なくなってしまったというデメリットがあるが。

 これはしょうがない措置である。マリンソンが義手をハッキングする可能性があった。だから、デバイスはスタンドアローンでなくてはならない。言うことの聞かない自分の腕ほど恐ろしいものは無いからだ。

 それでも問題はない。デバイスには必要なデータが残っている。あとは、それを火星-木星間にいる艦隊に帰るだけだ。

 発狂したジョンはどうでもいいが、アランのことが気がかりであった。しかし、もう音信不通になって3日以上が経つ。ひょっとしたら生きているかもしれないという思いを苦しみながらも断ち切り、エイジは左腕を艦隊に持ち帰ることを考えている。果たすべき任務のためにエイジは情を……アランを捨てた。

 アランを切り捨て、他のスペースコロニー616『シャングリ・ラ』の市民を助けるために、艦隊に帰る。それが自分の使命であると自負していた。

 ガレージにたどり着き、


「どうも。何の用だ? そろそろ出発するってさ。EFFの隊長さんが言っている。民衆を殺すだけの連中だと思いきや、慈善事業をやっているとは思わなかったねェ」


 エイジはシャオイェンに黄ばんだ歯を見せた。

 シャオイェンは笑顔で答えると、真剣な顔をした。視線を横に。思案して、エイジと目と目を合わせる。


「ごめんなさい、もうあなたとの話に付き合ってはいられないわ。お別れを言わなくちゃ。私は私で独自に脱出できるルートを見つけたの」


 エイジは2、3頷くと「そうか」と返事をした。

 これにシャオイェンは首をかしげたが、その方が好都合だから何も言わなかった。


「シャオイェン、いろいろ悪いね。左腕の恩返しをしたいがそうもいかない」

「いいわよ、別に。生きて帰ったら、政府にうんとお金を払ってもらうから。あと、恩義を感じているんだったら、あなたの体を少しいじらせてよ。地球でね」


 中国人は商魂たくましく、がめつい。

 それにあてられ、エイジは困った顔をするのであった。


「それはそうとして、どのルートを使ってここから脱出するんだ? あと、俺が教えた通り、宇宙は針のむしろのような状態だ。スペースコロニー出た瞬間、荷電粒子砲で焼き尽くされるぞ」

「それは――」


 左腕のデバイスを起動、苦りきっているシャオイェンに識別コードを見せた。


「これが識別コードだ。レーダーがデブリに認識してくれる怪電波とコバンザメ――あ~細かいデブリとか、不法侵入してきた小型の宇宙船やらコマンド・モーフを破壊する無人戦闘機の味方機を識別するコード。うまく行けば、これであんたは帰れるはずだ。無事を祈るよ」


 宙に表示されている識別コード。

 エイジは自分の左腕とシャオイェンの通信端末に線をつなぎ、データを転送した。


「ありがとう、優しいのね」

「まぁ、二日前に言った通り――俺は元兵隊さんだからな。非戦闘民には優しいのよ。あとは美人の味方だ」


 バリバリ現役の特殊部隊員であるが、エイジはウソをついた。


「さすがは特殊部隊ね」

「そいつはどうも」


 シャオイェンに助かって欲しいという気持ちがあるが、エイジには別の目論見があった。

 EFFの難民たちに紛れて逃げる予定ではあるが、うまくいかないかもしれない。その時の為に、別の脱出方法を見つける必要がある。シャオイェンという脱出者を見習うことで、エイジもスペースコロニー616『シャングリ・ラ』からより安全に脱出できる。

 もちろん、失敗する場合も考えられる。脱出に失敗した場合、何で失敗したかを洗い出して別の脱出方法を取ることもできる。

 だから、先に脱出してもらうのも手ではある。


「ここでお別れだな。それじゃあ、幸運を――」


 地球で会おうとはエイジは言わなかった。


「えぇ、ありがとう。オジマさん」


 二人は笑顔を交す。しばし見つめ合った後、エイジはガレージを後にした。暗い道を歩き、トラックの荷台に乗った。

 これからエイジはスペースコロニー616『シャングリ・ラ』、最後の宇宙船に乗るために。

 8台もの輸送トラックと前と後ろを守る装甲車。そして、上空の4機のコマンド・モーフ。


「……よし、連中が来たみたいだな。あれが第66歩兵大隊の病巣だな。これがうまく行けば――コンウェイ大佐は喜んでくれるはずだ」


 2人の男が車列をじっと窺っている。

 その傍らには、大きな迫撃砲が鎮座していた。その上向いた砲口から、すべてを燃やし尽くす弾丸が放たれる――。

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