14.バリアント

14-1 鉄のゆりかご

 路地は闇で満ちていた。

 その闇の中をエイジは足早に駆けて行く。サイファーの感染者たちに気取られぬよう、細心の注意を払いながら。

 所持している武器は拳銃とナイフ、それと左腕の鋼鉄。失った左腕を義肢で補てんしたものだ。それは硬く、コマンド・モーフという鉄の巨人の肌を凹ませることができる。銃やナイフ以上に頼もしい武器であった。

 それでも心もとない。

 感染者の数が多いのだ。拳銃のマガジンには9発の弾が込められている。その3倍にもなる数の感染者たちと路地で群れと出くわし、何度もエイジはやつらに背を向けた。


「動いているコマンド・モーフを奪い、走りまくったせいかな? 強化外骨格がイカレちまったな……もうダメだ。体がものすごく重たい」


 強化外骨格の重みをエイジは感じていた。

 沈黙した人工筋肉の塊は30キロ、バックパックは5キロほど。総計35キロ、体が重い訳である。

 この強化外骨格は、宇宙服にも防護服にもなるが、動かなくなってしまえばただの重りでしかない。モジュールも何も動いていない状態だ。身軽になった方がいいと思われるが、そういう訳にはいかない。サイファーの感染者から身を守るために、この鎧は着ておかなければならなかった。咬みつかれ、ゾンビみたいになりたくないからだ。


「服屋でも近くにあればいいんだがなぁ」


 羽毛のように軽かったのに、今は鉛のように体が重たい。

 すぐに身軽になりたかった。だが、状況が状況だ。そういう訳にはいかない。裸で暴れ回ったこともあるが、あれは身ぐるみ剥がされた状況だったからやむを得なかった。股の棒と玉二つ、ブラブラさせながら戦うしかないが今は違う。ちゃんと服を着ている。鎧並みに重たいが。

 それでも何とかエイジは走る。体が重いのと、痛いのを我慢して。

 強化外骨格が沈黙したせいで、モジュールが使えない。バックパックは内側に着込んでいるから手が出せない。路地というよりかは、もはや迷宮だった。


「あぁ、そういえば――マックのデッカい腕時計があったなぁ」


 路地を歩き出し、1時間余り。

 やっとエイジは気が付いた。左腕に装着しているウェアラブルデバイスの存在に。それをつつき、何とか服屋の場所を特定した。ナビゲーションに従って、敵の目を避けながら服屋にたどり着く。

 エイジは中に入ると、物色を始める。もちろん、安全確認を終えて、だ。

 当然、ただの服屋である。軍用のものは一切置いていない。あるのはただの服だけ。


「チンチンブラブラさせて戦うよりはマシだ。服をくすねるとしよう」


 店のど真ん中で強化外骨格を脱ぐ、エイジ。Tシャツとロングボクサーパンツ姿になり、服を選ぶ。紺色のシャツに茶のカーゴパンツを着て、黒い靴下をはく。それから靴売り場に行き、新品の運動靴を履いた。

 強化外骨格の中に埋まっていたのは、あからさまな軍用のバックパック。その中身を、くすねた小さなリュックの中に必要なものだけ詰めていく。


「顔は見られていないとは思う――が、念のためだな。次は、顔に包帯を巻かねぇとなぁ。ガーゼもペタペタして民間人を装えるかね?」


 一応、医療キットはある。が、ここはスペースコロニー616『シャングリ・ラ』で売られてあるものが好ましい。

 エイジが所持しているものは、高性能すぎる。絶対に怪しまれるだろう。観光に来て、この紛争に巻き込まれたのだと取り繕うこともできなくはないが、度重なるEFFとの戦闘とサイファーの感染者の襲撃でここの連中は猜疑心が強いと思われる。


「このコロニーにありそうなものか……選ぶのが大変だなぁ」


 なんだかんだ言いながら、最適なものを短い時間で選んで行く。

 そして、準備が終わった。

 拳銃一丁、弾倉二つ。ナイフが二本。たったのそれだけであったが、何もないよりはマシである。それにマックのウェアラブルデバイスと鋼鉄の左腕がある。強化外骨格の加護を失ってしまったが、それでも人間の骨を握り潰すくらいの力は持っている。


「とりあえず、薬局だな――」


 医療キットは使い物にならなくなった強化外骨格とともに始末した。グレネード型のナノマシンで跡形もなく消した。

 腕まくりをした後、エイジは服屋を出て薬局を目指す。服屋から、薬局までは歩いて10分ほどだ。感染者の目を盗み、何とか店の裏口にたどり着く。店内に誰もいないことを確認すると、そっと中に入った。

 店の中は暗い。息が詰まりそうなくらい空気が濃くて、思わずエイジはむせてしまった。

 ナイフ一本だけで、どこまでやれるかわからない。ナイフとライトを持ち、淀む空気の中で医療品を探す。しかし、やはり誰かが中を漁ったらしい。めぼしいものは何もない。


「しょうがない。次へ行くとしよう」


 それからエイジは薬局を巡る。

 きまって店の中はもぬけのから。エイジが欲しいものは、何かのセンサーにでも引っかかったかのように、手に入らなかった。弾丸などはとてもありがたいのだが、ごくまれに手に入る程度。不要なものばかりが目に入る。

 医療品探索にかなりの時間を割いたが、戦果は無し。

 やむを得なかった。エイジは医療品を探すのを諦める。諦めた後、次は安眠ができる場所を探しに行く。

 ここにやって来てからすでに、11時間も経過していた。

 半日近くである。

 ジョンが倉庫の方を見に行きたいなどと言い出さなかったら、火星-木星間にいるであろうEFFの艦隊に拾われていた。偵察結果を報告して、マックは退役するはずだった。なのに――ジョンの独断のせいで死んだ。自分も至らなかった。不死身といわれているはずなのに……目の前で、殺されてしまった。

 悔やむ気持ちでいっぱいだった。

 だがしかし、悔やんでも……どうにもならない。マックが、化け物になってしまったエリーから助けてやれなかったことは。むざむざ死なせてしまった。不死身の舩坂と言われているのに何もできなかった。マックの帰りを待つ、家族の元へ帰してやれなかった。

 悔やみきれなかった。

 そのしがらみにとらわれていた時――。


「動くな! 手を上げろ」


 エイジはEFFの兵士たちに取り囲まれてしまった。


「まいったな……いろいろ感覚が鈍ってるな。これが俺の最後かね?」


 度重なる戦闘で集中力や注意力が削がれてしまっていたらしい。

 ライトがやけに眩しく感じられた。エイジは何もかもを諦めて、自分を取り囲む兵士たちの言いなりになった。


「――民間人を発見した。感染していないか、確認する」


 兵士はエイジに銃を突きつけた。

 エイジはさっさと済ませろと、唇をわずかに動かす。


「……問題なし。データベースとの照合は……サーバーが死んでいるから、無理だったな。屈強な男ではあるが、民間人のなりをしている。服装からしてシャングリ・ラ市民防衛軍でもなさそうだ。体の中も見たが、民兵のチップが体内に入っていない。完全なシロだ。連れて帰ろう」


 HQとのやりとりを終えると、小隊の隊長らしき人物は笑顔を作った。

 柔和な笑顔は人を安心させるものだ。エイジの表情も和らいだ。男の笑顔が、自分の最後に見たものになるとは……味気ないものだなとエイジは思った。


「手を上げて――いるな。そう、いい感じだ。先ほどは失礼。人間だと思えなくてね。ほら、タコの化け物が蠢いているんだ」


 どうやら、民間人だと思われたらしい。兵士たちの銃口が下がる。

 しかし、油断はできない。何をされるか、わかったものではない。


「わかってる。襲われたよ、そいつに友達を食べられちまった」

「それは大変だったしょう? お悔やみ申し上げます」


 兵士は何とも言えない顔をし、追悼を表す。

 それからはにかむと、


「安心してください、私たちはあなたを助けに来ました。それと、武器を持っていますね? それを置いて」


 何も言わず指示に従うエイジ。銃一丁とナイフを兵士の目の前に置いた。


「これでいいかい?」

「協力ありがとう、こちらへ――」


 背に手を回され、エイジは何もかもを諦めた。


「俺もヤキが回ったかな……あいつらみたいに撃ち殺されるのかね?」


 エイジがポツりつぶやくと、兵士の一人が引き笑いした後こう言った。


「あんたはサイファーの感染者じゃあない。クソ民兵共でもない。安心しろ、地球へ帰してやる。国に帰ってゆっくりしろ。いるかどうかはわからないが、家族のもとに帰ってくれ。ここで負った心の傷を癒すといい」


 出くわしたEFFの兵士たち。エイジに対して、バカに親切だった。

 この上なく、優しい言葉だ。体に染み入ってくる。


「そうだな、そうするとしよう」


 急に疲労を感じるエイジ。

 疲れているからか頭がうまく働かない。彼らについて行き、エイジはトラックの荷台に乗せられた。そこには先客がたくさんおり、みんなエイジと同じくサイファーに感染していない人たちであった。


「どうも……」


 エイジは申し訳なさそうに周囲の人たちへ微笑むと、トラックは動き出した。

 運ばれていく仔牛の気持ちはこうなのだろうかと考えながら、ドナドナを口ずさむ。壊れた蓄音機のように同じフレーズを繰り返し続けるうちに、まどろんでしまった。

 どこに向かうかはわからない。

 けれども荷馬車――もとい、トラックの荷台はゆりかごのように揺れていた。

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