12.狂戦士を煮る血河

12‐1 黒陶の壺中(こちゅう)

 延々と続く、スペースコロニー616『シャングリ・ラ』の茜色の空。

 永遠に沈まない夕日の中で、激しい銃撃戦が行われている。サイファーを研究していた研究所の前で、シャングリ・ラ市民防衛軍とEFF第66歩兵大隊が互いの憎しみをぶつけあっていた。

 人目をはばかるため、エイジは宵に紛れている。

 目指す場所は、今のところはわからない。どこに行けばいいのかわからない。どこにアランがいるのかも。

 頭がおかしくなったジョンはさておき、エイジはアランを探さなくてはいけない。何者かに囚われたアランを救い出すため、行方を調べなければならない。それだけは確かなのだが――そんなことを考える余裕はエイジにはない。

 目の前でいがみ合っている2勢力のどちらかに、アランが囚われている。それは確かだとエイジは目くじらを立てている。

 だが、いかんせん情報が足りない。

 2勢力の本拠地を調べるに当たって、今いる場所は適さない。安全な場所でじっくり調べなければならない。

 落ち着いてアランの所在を調べられる時間と場所が必要だ。

 それらを得るため、エイジはこの場からの脱出をはかるのであった。

 エイジは入口からネズミのようにすばやく出ると、大回りをして戦闘区域外を目指す。腰をなるたけ低くして、障害物と障害物の間を素早く走り抜けた。誰に狙われているかわからない状況で、コマンド・モーフによる空からの攻撃もあった。また、マズルフラッシュが誘蛾灯の役割を、けたたましい銃声が彼らをおびき寄せたらしい。サイファーの感染者もどこからかわんさか湧いてきた。

 四方八方から押し寄せてくる敵、敵、敵。

 独り身だから、エイジは自分のことだけを気にしていればいい。しかし、気を付けるところが多すぎる。どこから何が出てくるか、上から何が降ってくるかわからない。下から何が湧いて出るのかも。

 気が気でなかった。

 そんな訳で冷や汗ばかりかいているからか、エイジの頭は水を被ったかのように濡れている。流れる汗をぬぐうことはできない。ぬぐう暇がないのだ。

 研究所に攻めてきたのはシャングリ・ラ市民防衛軍の素人兵士たち。エイジは気を付けていたのだが、4人の民兵と建物の角で鉢合せになった。彼らはエイジを見るなり、手にしている小銃で、エイジを撃とうとした。エイジも突如現れた敵をとっさに対処しようとしたところ、民兵たちは横から迫りくる存在には気づかなかった。最終段階に入ったサイファーの感染者に襲われ、かみ殺され、あっけなく死んだ。

 現れたタコの化け物と戦わねばと、エイジが覚悟を決めた時、上から荷電粒子が降ってきた。荷電粒子の高熱で、タコは塵になってしまった。それによって、エイジはひとまず事なきを得た。

 しかし、油断はままならない。コマンド・モーフ『ガルーダ』が、エイジの背中をつけ狙う。機関砲による掃射だ。体を弾丸でバラバラにされるわけにはいかない。エイジは全力疾走し、8mm弾という死神の手から何とか逃れる。奇しくも、エイジを狙っていたコマンド・モーフ『ガルーダ』は、シャングリ・ラ市民防衛軍が有しているコマンド・モーフ『ナーガ』のレーザーソードによって胴体を二つに割られてしまった。

 エイジは鉄火場を走る。恐怖という感情を抱き、それを克服すべく。


「ふぬぉ!」


 急停止するエイジ。目の前のアスファルトが弾丸により、めくれた。

 研究所の入り口はすぐそこにある。そこの柵に押し寄せてきているのはサイファーを患ったゾンビども。肩にミサイルを担いだEFFのコマンド・モーフが、ミサイルを6発撃ち込んで、群がる感染者たちを一掃。その隙にエイジは研究所の外へ。

 時たまに、恐怖の声に従って、事なきを得る。危険に身を置き、磨かれた勘は鋭く危機を察知し、回避した。

 こうして研究所の敷地を何とか抜けて、市街地へ。

 障害物は研究所よりも多い。が、隠れる場所が多いということは、いつ敵が現れるかわからないということでもある。

 なんとか、家の中に入るエイジ。だが、エイジの姿をとあるEFFのコマンド・モーフの小隊が目を付けた。エイジが侵入し、身を隠した家へ、荷電粒子銃でハチの巣のように穴だらけにするのであった。

 息をする間もないとはこのことか?

 軽口をたたいたり、卑猥な冗談を言ったりする余裕はない。ただ、ひたすら足を動かし続けるのみ。

 様々な修羅場をエイジはくぐってきたが、今ほど辛い状況はなかった。

 エイジの表情は歪んでいた。強化外骨格のアシストがあるが、それでもキツいものがある。このアシストのおかげでエイジは時速40kmで走ることができている。だが、コマンド・モーフは音速域で飛行可能だ。

 天と地ほどの差がある。

 ここが砂漠のような場所ならばエイジは荷電粒子を浴び、蒸発しているだろう。市街地という立地のおかげで、エイジは事なきを得ていた。

 このまま4機にやられているままではない。

 生き残る策、知恵を絞りたい。しかし、敵はそんな時間を与えてくれはしない。EFFのコマンド・モーフの部隊が、シャングリ・ラ市民防衛軍の部隊に変わってもだ。執拗にエイジを付け狙う。さらに嫌なことに戦闘区域は拡大していっている。

 もうどこに逃げたらいいのやら……途方に暮れたいところではあるが、そういう訳にはいかない。アランを助けるという目的があった。まだ、エイジは死ぬわけにはいかない。

 逃げている最中、EFFと民兵が撃ち合っているところに出くわすこともあった。

 敵はエイジを見るなり一斉に、銃口を突き付ける。サイファーの感染者であれば、問答無用で襲い掛かってくる。

 そこでは味方もクソもない。

 拮抗する2勢力の兵たちはエイジに弾丸を浴びせてきた。目に入った奴は男だろうが、女だろうが関係ない。大人だろうが、子供だろうが構うことはない。片っ端から、エイジは脳天を撃ち抜いてやった。

 敵を見つけては黙らせる。

 逃げながら、嵐のように目まぐるしく変わる戦場を突っ走る。台風の目のように、絶えずエイジは回転し続けていた。

 持ってきた自動小銃の弾はすでにない。

 仕方がないので敵が持っていた武器を奪い、それで戦う。

 2勢力のコマンド・モーフから識別されぬよう、強化外骨格のステレス機能を使っているのだが、故障したらしい。全く意味をなしていない。ヘルメットを壊されたせいか、モジュールがうまく起動していないようだ。

 マックのウェアラブルデバイスを使って、起動させることも可能ではある。しかし、ウェアラブルデバイスを叩く時間が取れない。

 わらわら出てきたシャングリ・ラ市民軍の兵士たち、EFF第66歩兵大隊の兵士たち、サイファーの感染者たち。

 この三つ巴。地獄の窯の底に放り込まれ、あえぐ間もない。

 沈まない夕日に支配されているシャングリ・ラの空。そこに落ちた闇の中は、黒陶の壺中(こちゅう)のように暗沌としていた。



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